依存
走っていくアレリアを城で働く者達が、何事かと目を瞬かせる。城はどこも似たような構造をしており、以前来たこともあって特に迷いなく進んでいく。階段を駆け上り、頂上にある城壁に辿り着いた。
どこ…!?
ようやく見つけたラエルは一人で城壁の端に立っていた。遠くを見つめ、夕日に照らされた姿はどこか儚げだ。
「ラエル、そこ足場が不安定だから危ないよ?」
おそるおそる近づいて話しかけると、ラエルはゆっくりとした動作でアレリアを見つめ、起きたかとどこか覇気のない笑顔で笑いかけた。
「もう大丈夫なのか?あの時ジークを助けようとして無茶したんだろ?ジルがものすごく心配してたぞ」
「ジルは弟みたいなものだからね」
「弟か…」
その言葉がとても不安に感じて、思わず何か言いかけるがやめる。
アレリアは何も声を発さずラエルを見つめるが、彼は目線を逸らしてこちらを見ようとしない。ひとり何か物思いにふけっているようだ。しばらく二人の間に無言の時間が過ぎて、ラエルが口を開いた。
「俺にも弟いたんだよ。俺は護衛みたいな上品なやつじゃなくて前線でひたすら命かけるような騎士だったけど、弟はその反対でな」
ラエルが騎士なのは知っている。話からすると戦闘向きなタイプだったのだろうか。
「だからジークの護衛騎士に選ばれた時は、さすがに一日中突っ立ってるだけとか無理だと思ったから断ったんだ。そして代わりに弟を推薦した。俺が言うのも何だが、結構才能ある奴だったんだが気が弱くてな、目立つ手柄をたてるような事出来なくて、ずっと下っ端だったんだ。それでも贔屓目じゃなく、俺よりもあいつの方が向いてると思ったから推薦した。事実忠実に仕事をこなして評判もよかったんだ」
安心したというような兄の顔で語るラエルが、一度言葉を区切り顔を伏せる。そして次に顔を上げた時はとても暗い表情で一点を見つめていた。
「だから、あんな事になるとわかってたら、弟を推薦なんか絶対にしなかった」
その話は以前ジークから聞いた話に繋がる。王子の代わりに亡くなった護衛騎士とその兄の話を思い出す。あれはやっぱりラエルだったのか。
ラエルはアレリアがこの話を知っていると確信しているのか、明確な言葉で続きを話す事はしなかった。あまり口に出したくないのかもしれない。
「主君の為に命を懸けるのは珍しい事じゃない。けれど、俺が承諾していれば弟は生きていたんじゃないかと思わずにいられなかった。だから、今度こそ弟の守った主君の騎士として生きたかった」
これがラエルの後悔なのだろうか。ならば、今そのジークを失った後に続く言葉は何なのだろう。
不穏な気配を感じると、ラエルがそのまま立ち上がって剣を抜いた。
「ラエル!?」
「お前も騎士ならわかるだろ」
悪い予感が当たった事に顔を歪める。主君を守れなかった忠実な騎士は、共に後を追う事もあるのは知っている。ただ、ラエルにとってはこれは騎士としての忠誠だけではない気がした。
ジークが自身の死に方を求めて生きていたならば、ラエルは誰かの為に生きていた。それはどこか執着とも依存とも言える。多分、そう思わないと生きられなかったからだ。弟が死んだ事も、ただ主に尽くす事で彼もまた正当化して生きてきたのだろう。
故人を悼み、思い出を偲び、涙する事は死んだ者ではなく、生きている者に必要な別れの儀式だ。
きっと彼はそれが出来なかった、だから過去の象徴であるジークに固執し共に暗闇を彷徨っているのだろう。
でもラエルはジークとは違う
ジークは救いの終着点に全ての終わりを目指していたが、ラエルは死ぬために主の側にいたわけではないはずだ。それは拠り所を探してでも生きたかったのではないだろうか。どうしても無念の内に亡くなった弟と、同じ道を辿る事がラエルの本意には思えなかった。
けれど、今ラエルの決心を留まらせる言葉を私は持っていない
きっとそれは長年一緒に居た、ラエルが希望と言ったジークだけのものだ。
アレリアには短くは感じなかったこの旅の時間も、ラエル達にとっては一瞬の出会いかもしれない。だからラエルがジークを敬愛するような絆はまだ二人にはなかった。
ラエルをこの世界に留まらせるためにどうしたらいい?
アレリアは必死で考えて、そして一筋の希望を見つける。それは悲しい選択だとしても。
ないなら作ればいい。
「私がジークを助けたように、本当に感じたの?」
「え?」
予想外の言葉だったと言うように、こちらを振り返って怪訝な顔をするラエルと目が合った。本当は言いたくなかった、彼にこんな言葉を投げかけたくはない。
「私は貴方の守ってくれという願いは最初から無視するつもりだった。だから、故意にジークを見捨てたの」
今度こそ、ラエルの瞳に怒りのような感情が湧き上がるのが見える。これは半分本当の事だから。アレリアはジークがどんな選択をしようと邪魔するつもりはなかった。例え死ぬことになっても、それが彼に残された唯一の救いになると思ったなら、きっと止めなかった。
「…何故だ?」
今までのアレリアの言動からは程遠い言葉に、ラエルは少し動揺してるようだった。けれどアレリアも当然という表情で言葉を続ける。
「忘れたの?私は帝国の騎士だった。こちらが先に命の危機に晒されたんだから、敵国側の者を助ける義理はないでしょう」
本当はそんな事思っていない。
旅の思い出は新鮮で楽しいものばかりだったし、彼らを仲間だと思いはすれど、敵だとはもう思えなかった。だから辛い、こんな言葉でしかラエルの関心を奪えないのが。
ジークのような絆は長い間の信頼がないと成り立たない。これは徐々に積み重なっていくもので一朝一夕では到底無理だが、反対に最初から一番強烈な感情を残すものがある。
それは憎しみだ。
ならば恨まれれば、憎まれればいいと思った。
執着は愛だけでなく、憎しみでも成立するものだから。
「だから…ジークの仇を討ちたいなら、私を殺せば、いい…」
ジークが生きていることは、ラエルには特に言ってはいけないと思った。
明確に言葉では伝えてもらってはないが、ジークはラエルの為に自身を隠したかったのではないかと思ったからだ。時折、アレリアをラエルと共に行動させようとしたのも、依存の相手を自分からアレリアにしかったのではないだろうか。消えてしまう自分より、誰かと共に生きていて欲しいから。
それに彼の生きる執着がアレリアになるのだとしたら、簡単に殺されるわけにはいかない。
「はっ…お前を?相手にもならねえだろ」
「私は魔法も少しは使えるの、帝国に感知されるからあえて使わなかっただけ」
じっと真意を探ろうと見つめるラエルの瞳が怖い。
彼にこんな風に敵対視された事があっただろうか?いつも陽気に笑って話しかけてくれたラエルに憎まれるのは、心が痛い。
ラエルが自分の持っている剣を少し持ち直し、こちらを直視しようとした時、アレリアの後ろから突風が吹いた。ラエルが目を見開いて構えるが、持ちこたえられずにそのまま壁に激突する。
「がっ」
「ラエル!?」
思わず駆けだそうすると、後ろから手を掴まれる。
「どこに行くの?」
懐かしい声に、今度はアレリアが驚いて振り向く。そこには長年見てきた幼馴染の顔があった。
「ミア…」
「自由はもうおしまい。帰りましょうリア、十分楽しんだでしょう?」




