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別離

アレリアが目を開けるとそこは満天の星空だった。寝ぼけつつ起き上がり、状況を把握しようと周りを見渡すと、少し離れた場所に誰かが座っている。


「誰…?」


尋ねたが答えが返ってこない。しばらく待ったが無言が続いたので、少しの気まずさと気味悪さを感じつつ、アレリアはもう一度天を仰いで星を見つめた。


「綺麗でしょう」

「!?」


聞き覚えのある声に思わず振り返って手をついた。するとただの草原だと思っていたのに、違和感を感じて手を見つめる。


感覚がない…?


声の主は同じように空を見上げて話を続ける。


「幼い頃、眠れない時はよくこうやって夜空を見てたんだ。ずっと見ていると、目を閉じているのか開いているのかわからなくなって、いつの間にか寝れていた」


ああ、これは夢なんだなと思った。自分が見ているのか、それとも目の前の人物ジークが見ているものか。


「…私達死んだの?」


だんだんと記憶が蘇ってくる。魔晶石の暴走を止めようとして、確か失敗したのだ。


「まさか、一時的に僕と君の魔力が混じって意識を共有してるだけだと思うよ。今、周辺には僕の魔力の残滓が残っているのもあるだろうね。本当に無茶するよね君は」

「それはジークの方でしょ?!勝手にアンティガブルの取引材料にしたあげく、魔晶石で危険な事するし…!魔法を使えるのも隠してたよね!もしかして私の命を狙ってたのもジークかもってショックだったんだから」


むっとして言い返すと、あははと笑い声が返って来た。欲しい返答はそうじゃない。そしてしばらく笑った後に、少し真面目な顔をしてジークが言った。


「君の命を狙ってたのは僕じゃない。信じてもらえるかはわからないけどね。僕の目的は君を取引材料にする事だって、今君が言ったじゃないか。殺してしまって何か僕に利がある?」


確かにそうだなとアレリアは黙った。


「僕が言えた義理じゃないけど、気を付けた方がいいよ」


本当に心配してくれてるような声に少し戸惑った。そして間誤付きながら話を変える。


「ジークはアンティガブルに復讐したかったの?長い間入念に準備するほど?」

「恨みはないと言ったら嘘になるけど、復讐したかったのかと聞かれればそれはいいえだね。以前、君は僕の本当の願いを言い当てたじゃないか」


“正当化したいから、死に理由を求めるんだね”


「けれど単純に死にたかったわけでもないよ?死ぬための高尚な理由が欲しかった。家族は皆、国の為に命を投げ出したけれど、僕は生き延びた裏切り者だ。けれどそれに見合うような終焉を演じ切れば僕もアセノーの王族として誇れるだろう」

「演じ…?」


アレリアは怪訝な表情をしながら、ジークの言葉に耳を傾ける。彼の言葉はどこか芝居がかっているように感じたからだ。


「建前はね。本音は君の云った通り、全て正当化したかっただけだ。僕は国の為に死ぬ事も出来なければ、ラエルのように人の為に生きる事も出来ない。自分の為に生きて、自分の為に死ぬ事しか考えてない自分勝手な卑怯者なんだよ」


弱い部分をさらけ出してくれるのは、ここが夢の中だからだろうか。彼はどうして、独りで複雑に考え、悲しい生き方をするのだろう。


けれど人を許すのと同じくらい、自身を許すのは難しいのかもしれない。なぜなら自分には嘘はつけないから。どれほど辛いかなんてものは結局本人にしか真実わからない。だから他人の生死にアレリアは口を出せない。彼の人生に責任を負う事はできないから。けれどこれだけは言える。


「自分の為に生きる事は卑怯じゃない。そして自分らしく死にたいと思うのも」


ジークが自分の欲の為に誰かを故意的に殺したというなら、それは罪であり命で償う必要もあるかもしれない。けれど彼はそうじゃないだろう。


少し悩んで、アレリアは自分の話をする事にした。少しでも彼の心が救われるのならと。


「私も…私のせいで犠牲になった人がいる。その人は頭の良い人だったから、生きているうちに言葉を伝えてくれたの。だから私は今もその言葉を真実として生きていける。そうでなかったら、あの人は私を恨んでいたかもしれないと、自身の想像で苦悩しながら死を選んでいたかもしれない。人の心は孤独で、いつだって不安定だから」


多分、ジークと自分は考え方は違えど、どこか似ていた。自分は運よく他人に救われたが、彼には救い上げてくれる人は誰もいなかった。だからこそ、今も暗い迷路を彷徨っているのではないだろうか。


ジークはじっとこちらを見ながら黙っている。何を考えているかはやはりよくわからない。


「だからね、私はジークがどんな選択をしても止めない。けれど、願わくば今よりも楽になれるような、幸せだと思う方を選んで。誰かのせいにして生きるわけでも死ぬわけでもなく、ただ自分で選ぶ事を許してあげて欲しいと思う」


やはりジークは答えずに無言のままだ。アレリアは自分の言葉は何も届かなかったのだろうかと、少し落胆した。


「…く」

「え?」


彼が何か発した声はか細く、よく聞こえなかった。アレリアはそれでも根気強く待つと、ジークが口を開いた。


「神殿で、神託を聞いたの覚えてる?僕はね、二つの道があると言われたんだ。ひとつは短く、己の欲望に忠実な人生、もうひとつは長く、険しくも自由な人生。僕は今まで自由と言うものを知らなかったから、そう言われてもあの時は理解できなかった。けれど、何となくわかった気がするよ」


何をいっているのだろうと思ったが、そのままジークの声に耳を傾ける。


「僕は多分苦しかったんだと思う。贖罪を背負う自身そのものは、生きている限り付きまとう。どんなに償っても忘れようとしても、誰から許されようと、過去はなくならないから。きっと、ずっと逃げたかったんだ。…やっと、弱い自分と向き合える」


そう言ったジークの顔はとても穏やかに見えた。そして笑ってアレリアの方に視線を向けて続けた。


「だから僕は、生きる為に死のうと思う」

「え?」


言っている意味が理解できずに、困惑しながらジークを見つめると彼は笑った。


「ジークファルトとしての人生を終えるよ。もうアセノーにも帰らないし、ラエルとも…自分を知っている人間には会わない。何よりアンティガブルに敵対して生きていると、アセノーに戦争を仕掛ける口実を与えてしまうからね。アセノーの最後の王族は実質死んだんだ。最後まで僕らしい自分勝手な選択だと思う。軽蔑してくれてもいい」


ふふっと笑ったジークのこんな笑顔は初めて見た。少し幼く見える、これが彼の本当の素顔なのだ。


「…ラエルが泣くよ」


それでもアレリアはジークが死を選ばなくて良かったと思った。もう二度と会えなくても、彼が彼らしく、この世界のどこかに存在してくれているというのは嬉しかったから。


「うん、ラエルも僕の大切な存在だけれど、だからこそ僕が側にいてはいけないと思うんだ」

「どういう意味?」


何度か、そんな意味合いの言葉をジークにされたのを思い出した。ラエルにとっても、ジークは特別な存在のはずだ。


「ラエルもまた、あの断罪の被害者でずっと暗い闇の中にいる。それを救い出せるのは僕じゃない。僕は一緒に闇の中に落ちてあげる事は出来ても、光ある方へ導いてあげる事は出来ない。だから、君に頼むよ、アレリア」

「え、私?!」

「強制じゃない。けれど出来れば君の見てきたラエルを理解してあげて」


そしてぱっと夜空の風景から、少しずつ周りが明るくなっていく。


「ジーク、待っ…」

「ありがとう、アレリア。君は僕の奇跡だった」


目が覚めると、今度こそ柔らかな寝台の上で周りに人気はない。アレリアは夢の中に何か大切なものを落としてしまったような喪失感と少しの憤りを感じながら、もう一度目を伏せて願った。


自分勝手なあの人が、初めての自身の人生に苦労して…そして優しい人と出会える事を。

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