潜入
夜会当日、公国の騎士とも連絡を取ってそれぞれの持ち場につく。
アレリアとラエルは潜入組だ。
「侍女とか給仕側で潜入すると思ってたけど」
そう言いながら、自分の着ているドレスを翻す。まさか他国で正装する事になるとは思いもしなかった。
「ばーか。城の給仕ってのはその日限りの雇われじゃねえんだぞ。洗練されたプロなんだからみんな顔見知りに決まってる。それぞれの持ち場もあるから、怪しい人物が紛れ込んでたら一発でバレるんだよ」
「招待客は大丈夫なの?」
「まあ有名所のお偉いさんくらいは把握してるだろうが、下級貴族なんてわからねえよ。毎年違う愛人を伴う奴だっているんだから。招待状さえあればそうそう疑われないだろ」
そんなもんなのか
「招待状なんてないよね?」
「奪う」
ああ、そう…
呆れて見返すが、いつもと違う雰囲気のラエルに目を奪われる。前髪をあげて騎士らしい服装に身を包んだ様は、いつもより大人っぽく見えた。
「なんだ?」
「いや、老けて見えるなって」
「お前ほんと…」
上手く褒めれずに目線を逸らすと、黒い服に身を包んだジルが近づいてくる。
「リア可愛い」
「あはは…。ジルも協力してもらってごめんね」
反対に素直な言葉をくれるジルを羨ましく思いつつ、彼を労う。帝国人であるジルは元々アセノーの問題に関係ない。ただ、アレリアの意志を尊重してくれているだけだ。
「危険だと思ったら必ず俺の名前を呼んで。絶対助けるから」
「ありがとうジル」
「おい、俺の前でいちゃつくんじゃねえよ」
ラエルが苛々しながら口を挟んでくると、ジルが無言で睨み返す。これはヤバい。
「ほらっ二人とも時間ないから!ラエルは服を汚すような事はしないでね」
急いで引き離すと、アレリアはラエルと一緒に会場近くに身を潜める。流石にすぐに奪える状況ではないので、休憩などで出てきた貴族を狙う予定だそうだ。
「裏庭に行くか。夜会の様子が窓から少しは見えるだろ。木にのぼれば確実だが、見つかった時言い訳できねえからな」
「うん、のぼらないで…」
ちなみにアレリアは木登りはできない。置いて行かれたら困る。
夜会が始まったようで、音楽が聞こえてくる。その内中央が開けて、男性と女性が進み出てくるのが見える。多分あれが国王陛下、ジェラルドの兄弟なのだろう。中年のイメージだったが、細身で思ったよりも老けて見える。
「あっ」
「ジーク…」
アレリアとラエルの声が重なった。国王に近づいていく人物が二人が良く知る人物だったからだ。そんなに離れて長くないのに、とても遠い場所にいるように感じた。何を話しているかまでは流石にわからないが、国王と親しい様にも見える。
「あっくそ!よりによってバルコニーに行くんかよ」
国王とジークが反対側のバルコニーに移るのを見て、ラエルが舌打ちした。
「あっちに行くとまずいの?」
「でかい川があってな、ちょっと侵入が面倒なんだよ」
マジ?行くの?
裏に回ると絶壁と言っていい場所が見えて、アレリアはひゅっと息が止まりそうになった。まだ木登りの方が何倍もマシだった。
「時間かけりゃ登れそうだが…とりあえずバルコニーの下まで行くか。会話が拾えるかもしれねえ」
「あばばば」
「おい、わかる言葉で言え」
高所恐怖症ではないのだが、こんな場所では何かやらかさない自信はない。しかも動きにくいドレスを着ている。元々実働部隊ではなかったので、実戦経験はあまりない。
「じゃあ足場が安定するところまで背負ってやるから捕まれ。落ちても助けんからな」
「大丈夫?私そんな軽くないけど」
「たわけ。俺はジークを負ぶって走るくらいはできるわ」
それを聞いて、二人が長い間一緒に過ごしてきたのがわかる気がした。そういえば、ジークはいまいちよくわからないが、ラエルは帝国人の事をどう思っていたんだろうか?
最初に帝国が攻めてくると言ってた時、一番敵意を感じたのはラエルだった気がする
じっとラエルの後ろ頭を見ながら、彼もまた恨んでいたのかなと考える。けれどそれを口に出して聞く事は、今はなんとなく出来なかった。
バルコニーに近づいて耳を澄ますと、誰かが話しているのが聞こえた。ジーク達だろうか?ラエルが口元に人差し指を当てて、声を出すなと指示してくる。
「……調に進んでいる様で何よりです。ですが帝国に宣戦布告するにはまだ危ういのでは?」
「だからお前が帝国人を献上したのだろう?捕らえてくるくらいだから、利用価値はあるのだろうな」
ジークともう一人の声がきっと国王だと思うけど…あれ?
会話からジークはアレリアの正体を知っているはずなのに、明かしてないように聞こえる。
「先に明かしてしまうと、貴方はすぐに殺してしまうかもしれませんから。せっかく苦労して連れて来たのに、それはないでしょう?」
「お前の腹の内はいつまでたってもわからん、先代アセノーはかなりわかりやすい男だったが」
アレリア達はよいしょと少しずつ姿が見える場所まであがってくると、足場が出来たので下ろしてもらう。下は絶対に見ないようにする。
「これ以上はあがるな草木に隠れろ。あっちの姿が見えるって事はあちらからも見えるって事だからな」
無言で頷いて、そのまま近くにいるジーク達を見守る。
「特に親交はなかったな、こちらがいくら言っても帝国との衝突を恐れて中立を崩さなかった」
「…だから目障りだったのですか」
空気が冷たさを帯びて張り詰めた気がした。アレリアがぐっと手を握りしめると、ラエルが無言で変に力を入れるなと手を緩く解いた。
「まさか、今更恨んではいないだろう?」
「ええ、もう過ぎた事です。そんな気持ちがあれば貴方に信書を送ったりしませんよ」
今ジークはどんな顔をしているんだろう?
なぜかアレリアの方が落ち着かなくなって、やや身を乗り出して二人を見つめる。
「それにもうひとつ献上品を持ってきたのですよ。西で発掘された魔晶石です」
「魔晶石程度ならこちらでも採れるがな。公国程必要もないが…まあ、ある分には困らんか」
ジークが布に包まれた魔晶石らしきものを取り出す。持ってきた中でもかなり大きめの物で、それなりに値打ちがつくだろうなと思った。
「これを貴方に見せたかったのです。長い、とても長い道中でした」
そう言いながら、ジークが布をとって素手で魔晶石を握った。その瞬間ものすごい光が石から放たれる。
「えっ!?」
「おい、どうなってんだ?」
アレリアは目を疑ってジークの持っている魔晶石を見つめる。あれは魔力だ、それもとてもつもない量の。
「ラエル!ジークって魔力を使えたの?」
「知らねえよ、少なくても俺の前で使ってるの何て見たことない」
元々皆魔力を持っているが、才能を持っている者は極僅かしかいない。それを制御するために魔法使いとして帝国の機関に拾われるのだが、帝国以外では野良魔法使いもいるらしい。
そういえば魔晶石の発掘もラエルと私に任せてたし、知らなかったはずないよね
それでも魔法使いの訓練は受けていないと、魔力はあっても魔法は使えない。魔法は正当な魔法使いが後世に教える知識だからだ。
ただ、魔晶石は別だ
誰でも使え魔力に反応して光る性質がある、そして光るという事は魔力を溜めこむ性質があるという事だ。あの量を溜め込めばいずれ暴発するし、それ程の魔力を使った術者も後遺症が残るかもしれない。訓練を受けた魔法使いは決してそんな無謀な事はしないが、魔力を扱いなれていない者はたまに事故を起こす。
あれが暴発すれば、ジークも国王もただじゃ済まないのに。自爆でもする気!?
帝国では見習いの側には必ず熟練の魔法使いがつく。暴走を起こした時、制御できるものが必要だからだ。
アレリアはぐっと足に力入れて、出来るだけ急いでジーク達に近づいた。魔力は少ないがミルゼベルクの家門として魔力の訓練は受けているので制御くらいはできるかもしれない。
光が目くらましになったのか、アレリアはジークの後ろに飛び降りて魔晶石に触れる。魔力が混じる感覚を感じた瞬間、それは衝撃と共に砕けた。




