牢の中で
アレリアが目を覚ますと、そこは冷たい床と静かすぎる暗闇の空間だった。
「え?どこ?」
室内が見渡せないのは寝ぼけているからかと思ったが、明かりが殆どないせいだと気付いた。高い窓越しから洩れる月の光程度で、目が慣れてくるとようやく少し見えてくる。ここは鉄格子に閉ざされた牢屋だと把握した。
私どうしたんだっけ?確かジークと話してて…
はっとしてあの時の状況を思い出す。ジークに何か飲まされて、それで意識を失ったのだ。その間にどこかに運び込まれたのだろうが、あまりよい場所ではない事だけはわかる。
まあ、捕虜として連れて来てたのだから、いつかこんな目にあう可能性も感じてたけど
それでもやはりある程度の時間を共有すれば情は湧くし、こんな風に騙されるのは残念だった。ジークの言動から帝国を恨んでいるような気持ちはあまり感じられなかったが、やはり何かしら復讐したかったのだろうか?
でも、どうして行動を起こしたのがあの時だったの?
ある意味敵国と言ってもいい場所に潜入する直前だった、何か仕掛けるならせめて邪魔が入らない公国で、腹心のラエルと結託して行うべきだろう。成功率は全く変わってくるだろうから。
もしかして、ラエルは知らない?
出発直前のアレリアを心配してくれるような所作から見ても、あれが演技だとは思えない。だとすると、これはジークが考えた単独行動という事になる。
そもそもここはどこなの?
予定通りならアンティガブルに着いているはずだ…?あれ?
「私どこのくらい寝てたんだろ!?」
月明かりを見れば今は夜だとわかるが、あれから何時間気を失っていたのか。ある程度薬には抵抗があったはずだが、かなりぐっすり寝ていたらしい。
目の前にある格子に手をかけて、出来るだけ顔を出すと遠くに灯りに照らされた階段が見える。ここは牢屋の中でも奥まった場所なのだと思った。耳を傾けるとかすかに人の言葉が聞こえてくるが、やはり何を言っているかわからない。
せめて言語がわかれば…時間的にまだ東の領土だろうけど
「はあ、ここはどこなのよ…」
「ここはアンティガブル城の地下牢よ」
独り言のつもりで呟いた言葉だったが、それを拾う主がいた事に思わず悲鳴をあげそうになった。声の響いた場所を振り返ると、同じ地下牢の隅に誰か座っていることに初めて気づいた。
「え?人がいたの!?どなたでしょうか…?」
暗い視界のせいもあるだろうが、気配が全く感じられなかった。しかし、地下に捕らえられているという事は犯罪者の可能性が高い。危険な人物だったらどうしようという気持ちが襲ってくる。
「警戒しなくても大丈夫よ。私はここから動かないから」
離れているため姿はよく見えないが、声の高さから女性のようだ。まあ、流石に捕らえるにしても男の囚人の檻に女は放り込まないよね。
「でも話くらいはしてもいいかしら?ずっと一人で暇だったのよね。ああ、私はそんなに悪いことしてないから安心して。私の大切なものを盗んでいったから、盗み返そうとして忍び込んだだけ」
うーん、ギリアウトなような…
「貴方は?何をしてここに放り込まれたの?」
「何もしてないと思うんですけど、強いて言えば騙されたの近いのかなあと」
扱いはともかく表向きは捕虜だったので、適切ではあるのだが何も説明せずに眠らせるのはおかしいだろう。結局ジークが何を考えているのか聞き出せなかった。
あんな話をしてくれたから、少しは信用してくれたのかと思ったけど…あれは最後の餞別みたいなものだったのかな
死んでしまえば何を知られてもどうでもいいのだ。そう考えると、アレリアは背筋が寒くなるのを感じた。掻い摘んで説明すると、顔の見えない女性はそうなのねと特に何の驚きも見せなかった。
「そうなの。まあ、裏切りなんて日常茶飯事ですものね」
「え?日常茶飯事…?」
そうなの…?
帝国時代では確かに珍しい事でもなかったが、一般の市民の間でもそうなのだろうか?世知辛い世の中だ。
「ジー…相手は私を殺したい程嫌いだったんでしょうか…」
ここはアンティガブルであり、帝国人のアレリアからしたら敵国だ。ジークが引き渡したとしたら、それを理由に入国でもしないと今ここに捕らえられている説明にならない。
「気の毒だとは思うけど、私は貴方達の関係も相手の人物もよく知らないからね。そうかもしれないし、違うかもしれないわ」
「え?」
まさか違うという返答が返ってくるとは思わず、アレリアは目を瞬いた。
「別に相手が貴方を好いていようと嫌っていようと、そうせざるを得ない理由があったかもしれない。もしくは好いていたけど、貴方を見捨ててもそれ以上に達成しないといけない理由があったか。人には優先順位があるから」
そうせざるを得ない理由?そういえばジークは目的があったとするなら、何をしにアンティガブルに来たのだろう?最初から積極的に名乗り出て、ここに来たはずだ。
なんか、嫌な予感がする
ラエルの言葉ではないが、アレリアも不穏な気配を感じ取る。そうなると、ジークがアレリアをどう思っているかなんて今はどうでもいい。むしろジークの行動の方が重要だ。
ラエルにも守ってくれと言われたし
「貴方のおかげで少し前向きになりました。私をどう思っているかなんて考えてもわからないし、本人に聞きたいと思います」
「そうね。相手との関係が切れそうな時、それは正解よ。他人の気持ちなんて完璧になんてわかりようがないんだもの、結局自分がするべき事はひとつなの。そこで関係を断ち切るか、足掻いても知ろうとするか」
知りたいと思うのは、その関係が自分にとって失くしたくないものだからだ。もしもジークがアレリアを嫌いだろうと、こちらが嫌い返す義理はない。
ジークが望んでいることは何なのだろう?それを知らなくちゃ
よしっと立ち上がったが、ここは地下牢だ。まずここから出られないと意味はない。
「あの、ここから出れる方法とかご存じありません?」
「もし知っていたら、私は今ここにいないと思うわ」
ですよねーどうしよう…
目的が出来たが出られない事には何も出来ない。時間は刻一刻と過ぎていく。
深夜を回ったと思う時間に、何か外で葉を擦るような物音が聞こえた。
なんだろう?野生の生物かな?
じっと高い窓を見上げていると、何か人の声がする。
「おい、待てって、一人でいくなアホ!」
「ちっだから俺一人でいいって言ったのに」
何だか聞き覚えがあるような気がする?この声はまさか
それからしばらく無言が続いたと思ったら、何か刃物を抜くような音がした。
ちょっ!?
「こんな所で何するつもり!?やめなさいってば」
声を張り上げたが、ここは地下牢で聞こえる範囲で看守は居ない。外はわからないが、中の囚人が何を言っても問題はないだろう。そう判断した結果、声は外の二人には聞こえたようで、ものすごい勢いで窓に近づいてくる。
「リア!」
「お前、こんな所でなにやってんだ」
やっぱりジルとラエル…。それはわたしの台詞なんだけど
まさかアンティガブルに二人が来てるとは思わず、幻聴かなと思ってたら実態だった。
聞きたいことは色々あるが、アレリアはとりあえず二人に助けて欲しいと願い出る事にした。




