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昔話

ジークが最後に話してからしばらく経ったが、何故か無言のまま道中を進む。アレリアは口を挟む事も出来ずに、ただ彼の一挙一動を見守った。


どう話そうか考えているのかな?


じっとジークを見ていると、ふと目が合って手を差し出された。反射的にアレリアも片手を伸ばすと、手のひらにころんと何かが落ちてくる。


飴?


「お腹すかない?朝早かったからね」

「う、うん」


せっかくもらったものだが食べる気にはなれずに手の中で弄んでいると、ジークが口を開いた。


「昔々、何不自由なく育った王子がいました。親である優しい王と王妃、頼りになる姉である王女、まだ幼い弟の第二王子と平凡ながらも穏やかな日々を過ごしていました。この幸せが壊れるとは思いもせずに」


唐突に始まった昔話に少し動揺しつつ、アレリアは無言で聞き入る。


「けれど、ある日臣下の裏切りにより、国が窮地に立たされます。代償は大事な家族の命」


ああ、これは…


ハルに教えてもらったアセノーの歴史の事だとすぐにわかった。けれど裏切り者…?犯人は特定できなかったはずではなかっただろうか?やはり他国の記録よりも、当事者たちは詳細な情報を持っているのだろう。彼らの戦いは今も続いているのかもしれない、恨みや怒り、後悔は昇華されることなく。それはとても悲しい事のように感じた。


「国民の命を預かる者として王は王女と一緒に処刑台に、残りの王族は毒杯を飲むことを勧められます。けれど姉程大人でもなく、弟ほどものも分からない歳でもなかった王子には覚悟が出来ませんでした。絶望の中気を失い、目覚めたら地獄が待っていました」


聞いているだけで痛々しかった。大人だからって恐怖を感じないわけでもなく、泣かないわけでもない。反対に子供だからと何も感じないわけでもない。簡潔に話しているが、きっともっと色んな葛藤があっただろう。


「目が覚めると全ての刑が執行され終わっていました。けれど王子は生きていました、そして王子と同い年の護衛騎士が亡くなったのです。自分の代わりに…。自分が死を受け入れられなかった弱さのせいで、死ぬ必要のない人間を犠牲にしてしまいました。そしてその護衛騎士の兄にもまた、抱えきれないトラウマを植え付けてしまったのです」


王子と同じ年という事はかなり幼いはずだが、護衛騎士になれたのはそれだけ優秀だったのだろう。今も生きていれば、名のある騎士として栄光を掴んでいたかもしれない。そして優秀な騎士ほど、主を守れなかった時に共に死ぬという。


帝国にはあまり流行らなかったけどね


なぜなら優秀な者ほど使い道があるという、軍事国家ならではの考えがあったから、女王は共死にを禁止した。死んだ者よりも生きている者の方が価値があるのは当たり前だ。


「王子は身分を隠し、護衛騎士の兄もまた王子と一緒に復讐を果たします。けれど王子の心はずっと晴れません。家族と同じく、王族として意味のある死を遂げられた時、救われるのかもしれません」


おしまいと言ったジークはいつも通りの表情だった。悲しむでも泣くわけでもなく、ただ薄い笑みを浮かべていた。それが何かを隠すような仮面のように見えたのは初めてだった。ゆっくりこちらを見たジークが少し怪訝そうな顔をした。


「どうして君がそんな顔をするの?」

「ジークが泣かないから…」


どうしてなんてこちらが聞きたい。どうしてそんな風に平気で語れるのか、それはきっと貴方が体験した一番暗い記憶でしょう?人生を左右してしまうくらい、辛く悲しい思いをしたはずなのに。


「貴方の、ジークの本当の名前は?」


これは先ほどした質問と一緒だったが、含まれる意味は違っていた。


「……ジークファルト…、アズ・アセノー」


ゆっくりと答えたジークがどんな表情をしていたのかはわからなかった。アレリアも視線をはずしていたから。


ならば、先ほど言っていた護衛騎士の兄と言うのは、きっとラエルの事だろう。二人はずっとどんな思いで、お互いの側にいたのだろう。けれどジークを希望だと言ったラエルは、彼の事を恨んでいないのはわかった。


「ラエルはジークを希望だと言っていたよ」

「そう…。けれどそれはあまりいい意味ではないんだよ」


え?


希望は悪い意味ではないと思うのだが、それに含まれる意味をアレリアはわからなかった。

考え込むアレリアに、ジークが落ち着かせようとしたのか水を差しだしてくる。ずっと緊張して聞いていたのか喉が渇いていたのに気付いた。


「ありがとう。ジークは周りをよく見てるよね。ラエルなんて絶対気付かないよ」

「ラエルは僕とは違うからね」


それはむしろ、ジークが自身を卑下しているように聞こえた。その言葉に、何故かあの時ラエルが言った言葉を思い出した。


“ジークはどこか死を望んでるように感じるんだ”


先ほどの昔話にも最後に言った言葉に重なるのが不穏だった。何故そうなるんだろう、裏切り者に対する強い気持ちの他に何があるんだろうか。


「王子は、もしかして帝国をずっと恨んでいるのかな。ハ…知り合いがね、恨みや憎しみは理屈じゃないんだって」


ぼそりとした呟きはジークに聞こえていたようで、じっとこちらを見つめてきた。あえて王子としたのは、これは昔話の事であってジークに直接聞いているわけではないと印象付けたかった為だ。憎んでるにしろ、きっとそう言った方が正直に答えやすいと思ったからだ。それが分かっている様子で、ジークは一度ふっと笑った。


「そうだね、けれど恨みつらみは長くは続かないんだ。人間は慣れる生き物だから。人生で独りではないなら、それだけを思っては生きられない。けれど決して忘れているわけではなくて、ふっと思い出しては感情が溢れてくる、みんなそんなものだろうね」

「そう…」


それは肯定に近い言葉ではないだろうか。ジークはずっとそんな帝国人の自分を見て、どう思っていたのだろう?理不尽に感情をぶつけられたことはないが、恨む気持ちが全くなかったわけではないだろう。あのアセノーの市民たちのように。恨みは時に強い原動力にもなるけれど、そんな気持ちをずっと抱えて生きるのはやはりとても不幸な事ではないだろうか。


「何て顔してるの。いつか言ったでしょ?君を嫌いではないって。そして一番嫌いなのは自分だって」


あ 


そうかと納得した。あの時ジークが言っていた言葉が繋がった気がしたからだ。だから…


「王子は、自分の弱さに絶望して、けれどそれを正当化したいから、死に理由を求めるんだね」


まるで懺悔のようだと思った。


ジークは少しだけ驚いてアレリアを見た後に、しばらく反芻するように茫然としていた。そして突如笑い出したジークに、気味の悪さが先立つ。


「ははは」

「ジ、ジーク?」

「ねえ、アセノーにはリアディトレーゼっていう幻の魚がいるって言ったのを覚えてる?」


またいきなり何を言い出すのかと思ったら、突然アレリアの腕の力が抜けた。


え?


「めったにお目に書かれないから、その意味は不可思議、奇跡とも言われている」


がくんと上半身が倒れて、ぐぐっと顔を横に向けるとジークが覗き込んできた。


「君、飴食べてくれないんだもの」


もしかして、あの水…!?何か入ってたの…?


けれど、どうしてジークがこんな事をするのだろう?アレリアを同行するのは何か目的があるのではと思っていたが。


もしかして、私の命を狙ってたのは…ジークなの?


身体の力が抜けて、瞼まで重くなってくる。視界が暗くなると、意識が徐々に遠のいていく感覚に恐怖を覚えた。そして暗い闇に落ちる瞬間、最後に耳元でジークの声が聞こえた。


「ねえアレリア、僕の奇跡になってよ」

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