道すがら
結局、アンティガブルにはアレリアとジークが行くことになった。ジーク以上に納得させるような理由を、誰も提示できなかったからだ。
「…そんな顔しないで。すぐに終わるよ」
どんな顔だよ。お前がいつも通り過ぎるからこっちが不安なんだろ
穏やかに笑うジークに、ラエルの顔が強張る。こんなに長く離れるのはいつ以来だろうか。
見送りにはいつものメンバーに加えて、公国の二人もいた。
「アンティガブルは入国する者をかなり厳しく審査する。魔法具の持ち込みは怪しまれる為、渡せない。各々の判断で出来るだけ危険は回避してくれ」
そう言いつつジェラルドがジッと見つめるのはアレリアだった。
なんだ?確かにジークと比べりゃアイツの方が頼りないが
何となく違和感を覚えてジェラルドを見るが、それ以上何か言う事はなかった。こういう勘は、戦場を生業とする者独特かもしれない。生死を分ける選択は、一度でも誤るとそこで終わりだ。だからこそ、少しの違和感も決して見逃さないように感覚が鋭くなる。
現にジルの方も何か感じ取っているのか、アレリアではなくジェラルドを注視しているように見える。あながち間違いではなさそうだ。
このまま送り出していいのか…?
「おい」
不安を覚えてアレリアの方に駆け寄ると、呼びかけに振り向いて笑顔で答えられた。
「何?ラエル…あっ約束忘れてると思ってるんでしょ?大丈夫だよ」
呑気すぎる
ぐっと両手の拳に力をいれるポーズが変に苛々して、思わずアレリアの鼻をつまむ。せめて俺が一緒に行ければ両方守ってやれるのに。
「ぎゃっ何すんの!?」
悲鳴をあげたアレリアの鼻から手を放し、彼女の耳元近くに口を近づける。
「気を付けろよ、何か嫌な予感がする」
その言葉に少し気を引き締めたのか、アレリアは真っすぐにラエルを見て頷く。
「まかせて!」
ほんとかよ
そして出発する二人の姿を眉根を寄せながら見送った。
二人が出発して数時間後、扉が勢いよく開いたと思ったらジェラルドが切羽詰まった形相で飛び込んでくる。その後ろから大公の弟だったか、オルビスが慌てた様子で追いかけてきた。
「待ってください、兄上!もう間に合いませんよ」
「うるさい!お前、知ってたなら何で言わなかった!?」
「兄上は知っているものだと思っていたから…」
飛び込んできた兄弟の会話を聞かされながら、ラエルは唖然とする。
「なんだ?」
すると、ジェラルドは視線をラエルの向けて力強く問い正す。
「お前は流石に知ってただろ?何故あいつにアンティガブルに行かせた?」
「何のことだ?」
「あいつが―——」
それは俺が知っている事実と、知らない真実だった。
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アレリアは、ジークと気まずい道中を無言で過ごしていた。ラエル達と一緒に旅をしてきたが、ジークと長期間二人きりというのは初めてではないだろうか。
うーん、ルイやラエルが恋しいと思うとは…
何だかんだあの二人は、くだらない話や突っ込みまで一人で完結してくれるので話題に事欠かなかった。反対にジークは必要以上の会話をアレリアとしない。話せば答えてくれるし、無視したりする事はないのだが、なんといえばいいのだろう。
なんか、上司って感じで友達みたいに気安く話せないというか
ラエル達がいれば少し雰囲気が柔らかくなるので、便乗して気安い会話も出来るのだが、二人きりだと無理だ。どちらかというとアレリアもジークも真面目突っ込み役なので、ボケがいないので始まらないというのが正しい。
うう…目的地までこれなの?
アレリアの疲弊を感じ取ったのか、ジークがふっと笑う気配を感じた。
「表情が目まぐるしいけど、どうしたの?」
「えっそうかな?おかしかった?」
うん、おかしいと笑顔で肯定されて、アレリアは無表情になった。
「冗談だよ。そうだな、ちょっと様子が変だなとは思ったけど…ラエルに何か言われた?」
ぎくりとして目の前のジークを見ると、何もかもわかっているような顔で笑われた。
「別に責めてるわけじゃないよ?むしろラエルが君に相談するなんて大した進歩だと思って。幸先いいね」
なんの話?
不思議そうに首を傾げるアレリアとは違って、ジークはどこか嬉しそうだ。
「ラエルはとても臆病なんだよ。あんなに身体は大きいのにね」
「臆病?」
「ふふっ君は臆病な人って、どういう人だと思ってる?」
え?
いきなり何の話が始まったのかと、アレリアは目を瞬かせる。しかし、道中は長いのだ、時間が会話で潰せるのならとその話に乗る事にした。
「うーん、出来るのに何も行動しようとしない人…とか?でも、ラエルは違うよね?」
「彼はいつもどこか自信に溢れて見えるよね、しかも大体上手くこなしちゃうから。けれど上辺だけを必死に取り繕って、虚勢を張って、そんな風に弱い部分を隠してる人間もいる」
ラエルがそうだと?
「ラエルは言葉遣いも荒いでしょ?けれど成人前は誰よりも礼儀正しい騎士だったんだよ。優等生って言ってもいいくらい、目上の者には必ず敬語を使っていたしね。ラエルの弟はそんな兄をとても尊敬していたよ」
「ええ!?」
ラエルはお兄ちゃんだったの!?まあ、面倒見いい感じだから末っ子ではないなと思ったけど…それにやっぱりラエルは騎士だったのね
あまりに驚いた顔をしていたのか、ジークに顔がおかしいと指摘された。それはちょっと言い方が酷いのではと思ったが、何も言わずに話に聞き入る。
「けれど市井で暮らすとなると、その礼儀正しさは足かせになったりもする。実際になめて見下されると不当な扱いを受ける事だってあるからね。だからラエルはそれを払拭する為に自身を変えたんだ。けれど性根はそう変わらない、言葉ほど強気な行動はできないでしょ彼?僕より随分優しいと思うよ」
確かにラエルはどこか優しい。言葉は乱暴なのに
幾度として感じてきたが、過去を打ち明けられたのは初めてだった。少しは信頼してくれたのだろうか?それとも…?今ここでジークが話すのは何故なんだろう?
「じゃあ市井で暮らす前は、どこに…?」
「どこだと思う?」
それは話す気ないのかな?
「ジークも同じところにいたの?」
「そうだよ。騎士ではないけどね」
騎士は国が抱える正規の軍隊であり、そこは王宮に他ならない。そして専門知識に長けて、おそらく国の中枢に人脈もあるであろうジークの正体もわかる気がした。少なくても高位の貴族ではあるはずなのに、なぜ市井で暮らす事になったのか。それはアセノーの歴史に関わる人物だからではないだろうか?
「ジーク…」
「ん?」
「ジークの本当の名前はなんていうの?」
これにはいつも薄い笑顔のジークも少しだけ動揺した顔をした。アレリアはジークが貴族だとは確信していた。だから貴族なら家名やら領地名やらで、身分を表す長い名前が必ず存在していると思ったからだ。
そしてここまで話すなら積極的に答えてはくれなくても、質問すれば嘘はつかないのではないかと思った。ジークは少し考えて、アレリアを思いのほか長い間無言で見分した後ようやく口を開いた。
「じゃあ少し昔話に付き合ってくれる?アンティガブルまではそう遠くないらしいから」




