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ラエルの願い

アレリアは少年の手を引っぱりながら、元居た場所から出来るだけ離れる為必死で足を動かす。途中少年が痺れを切らして声を張り上げた。


「放せよ!誰だお前!」

「あっ」


手を乱暴に振りほどかれて後ろを振り向くと、少年の青い瞳と視線が交差した。

そしてこちらに気付いたのか、困惑したような表情をする。


「私を覚えてる?」

「…外で会う人間なんかそういない。覚えてるに決まってる」


まるで警戒心の強い猫のようだと思った。懐かないけれど、何か気になっているという所だろうか。


「おい、まずは助けてくれてありがとーだろうが。お礼言ったか?」


アレリアの後ろからぬっと現れた男に、少年がわかりやすくびくっと身体を揺らす。怖がらせないように、気持ちラエルを引き離す。前に会った時も思ったが、あまり人と話す事に慣れていないようだ。


私は大丈夫なのかな?


「ちょっと聞きたいことがあって、貴方と話したかったの」

「むしろこちらの方が聞きたい、なぜシーラの者がこんな所にいる?」


まただ、なぜこの人は私をシーラだと言うのだろう?


「私は帝国人、シーラ教には属してないよ?」

「は?そんな事は聞いていないが…帝国、は西大陸だったか」


少し間があいて会話が途切れる。なんだろう?なんか会話が嚙み合ってないような?

アレリアが首を傾げていると、ラエルがにゅっと会話に割り込んでくる。


「なあ、こいつなんて言ってるんだ?たまに聞き取れる単語もあるんだが」

「え?ラエル言葉わかるの?」


少年は古語を使っているはずだが、なぜ知らないはずのラエルがわかるのだろうか?よく聞いてみると、少年の言葉は古語と共通語が入り混じった言葉だと気付いた。


「貴方…共通語も使えるの?」

「?」


少年がよくわからないというような表情をするが、これが少年の育った環境の言葉なのだろう。元々共通語は多種族の言葉が入り混じって、長い年月をかけて変化してきたものだ。古くから存在している言葉が受け継がれてきたとしたら、そこまでおかしな話でもない。


「貴方はどこから来たの?」

「お前こそ…」


また話が戻りそうな時に、背後でざわざわした人の声が聞こえた。先ほどの騒ぎで警備の者達が駆けつけて、怪しい人物に事情聴取してるらしい。


やば、大事になった


ここで捕まったりしたらジークの特大の雷が落ちてしまう。それはどうしても避けたい。


「おい、逃げるぞ」


真っ先に反応したラエルに頷くと、そのまま駆けだそうとしたが何故か腕を掴まれた。


「待て、事情はわからんがお前は結局、助けてくれたんだろう?」

「え?まあ、うん」


話したかったのが一番の理由だけど…


こちらをじっと見てくる少年に、急いでるんだけどという表情で訴えると、掴まれていた手の方に何が落ちた。


「シーラは恩義を忘れない、こちらもお前を助けてやる一度だけ」


手の中には光沢のある鈴のような物が紐で括りつけられているが、どんなに揺らしても音は鳴らない。


「助けが欲しい時はそれに血を付けろ」

「血ぃ!?ええ!?やだよ!」


文句言うなと苛々した様子で少年はフードを被り、そのままどこかに走って行く。彼もあまり目立ちたくはないのだろう。


「ほら、ぼーっとすんな」

「うっ!?」


そのままラエルに荷物のように持ち上げられて、さらに宿から随分離れただろう場所で降ろされた。

市場もないのであまり人通りはない。じっとこちらを疑わし気に見てくるラエルが口を開いた。


「なあ、あいつ知り合いなのか?」

「ううん…名前も知らない。ちょっと聞きたいことがあっただけ」


お前は見ず知らずの奴の為にあんな大騒動を…?という文句を目で語っているのがわかる。ごめんて。


「はあ、もういいわ。お前が面倒事起こすのは毎回の事だしな」


それ以上ラエルは追及しなかった。あまり深く踏み込まないうえ、あとで掘り返したりもしないのは彼の長所だと思う。


「ラエルは?」

「え?」

「私に何か言いたいことがあったんじゃないの?」


はっとしてこちらを見てくるラエルから目を逸らさずに、その動向を見守る。しばらく視線を彷徨わせていたラエルは決心したのか、アレリアにやや近づいて肩を掴んだ。


「ジークを…ジークを守ってくれ」


あまりにも真剣に言うので、少し驚いて目を瞬いた。多分自分とジークがアンティガブルに行く時の事を言っているのだろうが…。


「え、と…?守れって言われても、ジークはそれなりに強いし…むしろ私が守られる側だと思うの」

「そうじゃなくて…」


しばらく離れるのが不安でしょうがないと言う幼い子供のような主張に、アレリアは変な想像をする。


「ラエルはどれだけジークが好きなの…?もしかして、その…二人は…」


言いにくそうに言葉を濁すと、ラエルがぽかんとした後に、唐突に気付いたようにアレリアの額をデコピンした。


「いたっ」

「ふざけんな!俺もジークもノーマルだ!変な疑いをかけるんじゃねえ」


あ、そうなんですか


少し場の雰囲気が緩んだと思ったら、ラエルがため息を吐いて続けた。


「そうじゃなくて、なんつーか…。ジークはどこか死を望んでるように感じるんだ」

「え…?」


まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかったので、言葉が見つからずにアレリアは眉根を寄せる。確かにジークは思考が読めない人だが、積極的に死ぬような行動をとっていたようにも思えない。


「いや、俺もあいつの考えを全てわかってるわけじゃないし、明確に言われたわけじゃないんだが…。よくわからないから怖さもある、いつかすっと消えてしまうんじゃないかって」


ラエルはジークと一番長く共にしてきた人間だろう。そんな彼がそう言うなら、その勘はきっと正しい。アレリアは多くの騎士達を見て来たので、生に執着しない人間、死に魅せられた人間と言うのも知っている。けれどジークはそのどれにも当てはまらない気がした。


「でもジークは国の為に目的をもって、今苦労してこんな場所まで来てるんじゃない?そんな人間が死にたいと思ってるとは思えないけど」


ただし、死にたいと思っているのではなく、死んでもいいと思っているなら別だ。そういう人は至極わかりにくい。


「そ、うなんだが」


今日のラエルは親から捨てられた子供のように見える。ラエルにとってジークの存在はとても大きいのだと改めて思った。


「ジークはラエルの希望だものね」


いつかの二人の会話でそんなことを話した。嫌わないでほしい、と自分の大切なものを自慢するかのように。


「ああ、俺だけの生きる希望なんだ。多分あいつにとっては…」


後者は呟く程度の声量で聞こえなかったが、ラエルが自分に言い聞かせているように感じた。アレリアは出来るだけ優しく彼に話しかける。


「わかった、出来る限りジークを守ってあげる。まあ、その前に私がやられないように頑張るよ」


なんとも頼りない言葉だったが、ぱっと明るい顔でラエルがこちらを見るので、少し気まずくて苦笑いする。


「お前があいつを守ってくれるなら、俺がお前を守ってやる必ず」

「え?」

「ありがとう」


そう言って手を取られて、手の甲に口づけをされる。それがいつか見た騎士の誓いのようで、アレリアは頬が熱くなるのを感じた。

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