少年と邂逅
ジークの言葉に、アレリアだけではなくラエルやルイも唖然とした表情をする。薄く笑みを浮かべたジークに思わず問いかける。
「待って、どうして私なの?」
「そ、そうだ。流石にないだろ」
ラエルの援護を聞いているのかいないのか、アレリアから目を逸らさずにジークが口を開く。
「僕はそれなりに理由があって君を選んだんだけど?まず女性であること。男二人組で行動するより、男女で動いた方が不審に思われる可能性は減るだろう?」
それなら俺かルイが女装でもすればいいだろとラエルが怖い反論をし、絶対嫌ですと悲鳴のような声をルイがあげる。私もラエルの女装は無理があると思う。
そんなやり取りを無視してさらにジークが続ける。
「あとは…【この部屋には今、何人いる?】」
その言葉に、ジェラルドとオリバーが少しだけ反応した気がした。ラエル達は怪訝な表情でこちらを見ている。
「簡単でしょ?答えなさい」
「え」
急に何を言い出すのかとアレリアは困惑した。この部屋にいるのは、ジーク達一行と公国の二人だけである。しかしそんな事は見れば誰でもわかるのに、何故こんな事を聞くのだろう?ジークの思惑はわからないが、アレリアは恐る恐る口を開いた。
「七…人?」
「うん、よく出来たね」
満足そうに頷くジークの他に、何か言いたげな視線を感じて周りを見る。
「お前、アンティガブル語がわかるのか」
ジェラルドの言葉に、今初めて気づいた。ジークが質問した言語はアンティガブル語だったと。
幼い頃から王族の近くにいたアレリアは同じような教育を受けて、帝国語、共通語、東の大国の言語、そして古語がわかる。基本的に帝国人であり、首都圏内から出たことないアレリアの言語は帝国語だった。しかし、商人など行き交う街々の言葉の多くは、共通語だという事も知っているので帝国を出てからはそれを使っている。
けれどアレリアにとっては、幼い頃から使っている帝国語以外は外国語で、唐突に使われると意味はわかるがどの言語か判別できなかったりする。
「ね、アレリアは東の国の言葉がわかるから潜入向きなんだよ。無理に話す必要はないけれど、アンティガブルに入国するのだから理解できるに越したことはない。危険を回避する事も出来るだろうしね」
ラエルが悔しそうに黙るのが見えたが、誰でも話せるものではないのだろうか?それを察したようにジークが教えてくれる。
「普通は母国語と共通語の一部だけだ。それ以上は高等教育になるから、王族、外交貴族などが専門として学ぶものなんだよ」
「でも私達帝国人は…ジルだってわかるよね?」
ジルの方を見ると、肯定するように頷く。けれど敵国の言葉を解せる程度で、話すのは得意ではないと付け加える。
「俺は城よりも戦場にいた時期が長いから、座学は中途半端なんだ」
ラエルとルイは全く知らないそうだ。アレリアの正体を知っているジークが、話せるだろうと予測をつけたのはわかった。ではジークが話せるのは何故なんだろうか?
「ジークも貴族だったの?だから話せるの?」
「昔、とても幼い頃に習ったんだ。覚えるの大変だったよ」
ふふっと笑ったジークは、いつもの穏やかな顔だった。
それまで黙って聞いていたジェラルドが、私的な会話が長くなると感じたのか口を挟む。
「あ~、まあ選抜はそちらが勝手に決めてくれ。こちらも準備があるので出発は三日後にする。それまではそれぞれ街を散策するなり自由にしてくれ」
そして話し合いは終わった。
ジルが少し反対していたが、結局このままアレリアとジークに決まりそうだ。
宿に戻る前に、アレリアはラエルから呼び止められる。
「…ちょっと付き合えよ。おい、嫌そうな顔すんな」
だって表情がやばそうなんだもの
憤りを抑え込み、何か言わなければいけないような複雑そうな顔をしている。ラエルがジークと離れたくなさそうなのは最初からわかっていた。
「なら二人で買い物も頼むよ。ああ、くれぐれも問題起こさないように。何かしでかしたら怒るからね?二人とも?」
ジークが語尾を強調しながら、手を振って促す。ジルが付いてきたがったが、公国程大きな国なら帝国の間者も多いだろう。目立つジルとは日中は一緒に行動しない方がいいと思い断った。忘れがちだが、アレリアは手配中の身なのだ。
二人きりになるとどう言い出そうか考えているのか、珍しくラエルが無言だった。
何なの?
暫く待ったがなかなか口を開かないラエルは、二回柱にぶつかった。上の空も大概である。
そうして歩いていると、前方から怒鳴り声が聞こえた。
「おい!ぶつかったのに謝りもしないのかよ」
「知らぬ。当たって来たのはお前だろう」
「あ?どこの言葉だよ通じねーよ」
小柄な少年が絡まれているように見えるが、アレリアはその少年に見覚えがあった。
いつかの船の上で見た薄い白金に青い目の彼だった。
「あっ」
それに…
公国では多民族国家な為、様々な言語が入り乱れているが、アレリアは少年の言語に覚えがあった。
あの時はよくわからなかったけど、あれは古語よね
古語を使っている人間を初めて見た。元々使っている人間はほぼいない言語で、主に王族、神殿関係者や研究者などの一部の人間が古い書を解読するために学ぶ。古語は難しくて、アレリアも女王と一緒に弱音を吐きながら学んだ。彼がシーラの教徒なら知っていてもおかしくはないのだろうか…?
「おい」
ラエルに肩を掴まれてハッとして振り向いた。
「まさか助けようとしてねえだろうな?ジークに面倒起こすなって言われただろうが」
ちょっとした言い争いは街では日常茶飯事だ。確かにそれだけならこちらから話しかける必要はないが、アレリアはあの少年に聞きたいことがあった。
「つまり、直接関わらなければいいんだよね…?」
「何を考えてる?」
嫌な予感に顔を歪めるラエルに、心の中でそれは正解だと言っておく。
アレリアは人目の少ない所に移動して、後ろにある弓を構える。
「お、おい!まさか射るんじゃないだろな?ただの町人だぞ」
アレリアは自身の鞄から特殊な袋を取り出して、中に空気と材料をいれて片手で持てるくらいの玉を作る。それをラエルに渡す。
「出来るだけ高く投げ上げてくれる?」
意味の分からない行動にラエルが首を傾げると、アレリアはにこっと笑った。
「弓は人を射るだけじゃないんだよ」
ラエルがゆっくりと高くあげた球を目で追いながら、標的を定めて矢を指から離す。人じゃないものを狙うのは心を荒立てないで済むので、まず外さない。
高い位置で矢が球を貫くと、それは瞬時に大きい音と何か粉末のような物を頭上からまき散らしながら落ちる。
「な、なんだ!?」
「!?」
少年が粉末を吸わないように咄嗟に口に布を巻き付けた瞬間、片手をアレリアが力強く引っぱる。
「こっちだよ!」
「なっ…?!」
そのまま人々が音に驚き視界を遮られている間に、ひたすら少年を引き連れて走った。




