第十三章 -A hard day's night- 『スズ』
「……さぁ、皆……。後は思う存分やっちゃっていいよ!」
『……』
ようやく立ち上がった3人だったが、ティアレはともかく、残る2人はまだプルプルと震えている。
(ちょっとやりすぎたかもしれない……。)
「……やっちゃって、と言われても……」
「……既に、全員のびているでござるが……」
「さすがにこれに追い打ちを掛けるのは、どうかと思うのニャ~」
3人共ドン引きだった……。
「……しかし……、これは一体何が起こったのでござるか……?」
未だ兎耳をペタリと伏せたままのセツカが、涙目でティアレにそう尋ねる。
「わ、わ、私じゃないです! 私じゃ! ……多分、イッチーさんじゃないかと……」
「イッチー殿が? 一体何をどうすればこんな事になるのでござる……」
「……アタシは、土龍様でも目覚めたのかと思ったのニャ~」
遠慮をするつもりは更々無かったとはいえ、ここまでの惨事になるとは思ってなかったのも確かだ。
連中を全員、音の反射板で囲んだ上で、ずらりと並べた特大のアンプの数は50。
その音の密閉空間の中を、音量ディストーション最大に、強制ハウリングのオマケを付けた爆音でこれでもかと掻き回してやった、という訳である。
実は音によるストレスというのは想像以上に大きい。
向こうの世界では、音による拷問、『音責め』なんて物もある。
結果はご覧の通りだ……。
200人以上いた集団の9割方は、既に気を失っているのかピクリとも動かない。
残りの1割にしても、時々ピクピクと体を震わせるか、仮面を外して絶賛戻し中の有様である。
(と言うか、その仮面そんな簡単に外していいのか……)
ただでさえ耐性の無いこの世界の住人だ。
良くても最悪レベルの音酔いか、悪ければ軽い脳震盪か、鼓膜ぐらいは破れているだろうけど、それは自業自得だろう。
僕は平和主義ではあるけど、別に無抵抗主義でも何でもない。
降り掛かる火の粉なら払うし、ましてやそれが大切な人を傷付けようとするなら尚の事だ。
一応掻い摘んで事情を説明してみたものの、恐らく理解出来たのはティアレだけだったと思う。
「……音? でこんな事が可能なのでござるか……。拙者にはさっぱりでござるよ……」
まるで珍しい生き物でも見るような目で、僕と周囲に広がる惨状とを交互に眺めながら、不思議そうに首を傾げるセツカ。
「なんか良く分からニャいけど、イッチー凄いのニャ! カッコイイのニャ!」
そして即考える事を放棄して、突然僕の腕に抱きついてくるお姫様。
喉をゴロゴロ鳴らしながら擦り寄っている辺りは、完全に猫そのものだった。
(……しかし歳の割には発育が良いと言うか……、小柄な割にしっかりしていると言うか……)
「ひ、姫様っ!? と、と、殿方に、そ、そんな、はしたないでござるよっ!」
「ちょ、ちょっとイッチーさんっ!?」
(いや、これどう考えても僕悪くないでしょ……。不可抗力だよ不可抗力……)
「だってイッチーは命の恩人なのニャ。あのままだったら今頃アタシ達、どうなってたか分からニャいのニャ」
「う……、それは、確かに……その通りなのでござるが……。いや……確かに姫様の仰る通りです……。……手前が姫様をお守りしなければならないのに、面目ござらん……。本当にかたじけない」
そう言って、深々と頭を下げてくるセツカ。
「いやいや、止めようよそういうの……。そもそも皆がいなかったら、僕1人じゃこんなとこまで来れてないんだから……」
実際今回のは、この限定的な状況下で、相手が調子に乗った無能集団だったからこそ、たまたまうまくいっただけの話だ。
もし向こうに、セツカやお姫様、ティアレみたいな相手が1人でも混ざっていたら、僕なんて瞬殺されて終わりだっただろう。
「で、でも、イッチーさんに、だ、抱きつく必要はないんじゃないですかね~。ね~?」
(僕に言われても困るのだが……)
「ん? 嫉妬かニャ? イッチー浮気はダメニャ」
「誰が浮気だっ」
思わず反射的に突っ込んでしまった。
「ん~、まぁアタシ達バルハイド族は、一夫多妻制ニャ。ティアレなら、二号さんに認めてあげてもいいのニャ」
「誰が二号さんですかっ!」
「正妻じゃニャいと嫌なんて、ティアレはワガママなのニャ~」
頭が痛くなってきた……。
「ひ、姫様……、お戯れも大概に……。それよりも子供達を……」
「あ……」
「あっ……」
「ニャ……」
どうやら、忘れていたのは僕だけではなかった様だ……。
崩れ落ちた中二階の瓦礫を乗り越えて、ホール奥の通路へと走る。
お姫様の囚われていた部屋とは違って、こっちには護衛の姿も無かった。
もしかしたら、ホールの方に全員駆り出されていたのかもしれない。
鍵が掛かっていない代わりに、扉には逃げ出せない様に術が施されているらしく、ティアレが素早く解除した。
「皆無事でござるかっ!?」
セツカが真っ先に部屋に飛び込む。
鉄格子の嵌った小さな窓以外、ろくに光も差し込まない薄暗い部屋。
決して広いとも言えない、石造りの寒々しい部屋の片隅に、一塊りになって震えている十数人の子供達の背中が見えた。
セツカの声を聞いて、その内の数人が顔を上げる。
長い間泣いていたのか、赤く腫れぼったい瞼と、頬に残る涙の跡。
(……なんて事を……)
改めて自分の胸の真ん中に、どす黒い感情が煮え立つのを感じた。
「……ひ、ひめさま……?」
子供達の中の一人がそう呟いたのに釣られて、他の数人も揃って顔を上げる。
「ひめさま!」
「ひめさまだっ!」
「ひ、ひめさまあ~、わぁあああああん」
何人かの子供達が、僕の隣に立つお姫様の胸に飛び込むと、大声で泣き始めた。
「姫様を慕う獣人は多いのでござるよ……。特に、猫耳族の子供達の間では大人気なのでござる……」
とても優しげな顔で、セツカが僕にそう教えてくれる。
他の子供達もようやく状況を理解し始めたのか、その瞳に希望の光が宿る。
「これで全員でござるか? 皆無事でござるか?」
「怪我をしてる子はいませんか?」
一番年長らしき子から、連れて来られたのはこの場に全員揃っている事、軽い擦り傷や切り傷以外、大きな怪我などをしてる子は一人もいない事が伝えられた。
ティアレが素早く術で治療を始める。
(良かった……。本当に良かった……)
「あっ! お兄ちゃん!」
「えっ?」
まだ部屋の隅にいた子供達の中から一人が顔を上げると、そのまま凄い勢いで僕の足に飛びついて来た。
「君は……」
しゃがみ込んで顔を覗くと、それはラントルムの中央広場で、最後に僕の頬にキスをくれたあの猫耳の女の子だった。
という事は、あの時ラントルムにいたのはたまたま家族で立ち寄っただけだったのかもしれない。
「そうか……、君もいたんだね……。良かった……」
「く、くるしいよお~、お兄ちゃん」
「あ、ごめんごめん。ハハッ……」
色々な想いが込み上げてきたせいで、思わずキツく抱きしめてしまった。
「ま、まさかイッチーは、小さい子の方が好みなのかニャ!?」
「やかましいわっ!」
その後現場に到着したエリオと、エリオが依頼してくれた数十人に上る冒険者、街の衛兵達は、ホールの惨状を見て度肝を抜かれる事となる。
イルミドナ教団の連中は当然全員捕獲。
問答無用で相当に重い罰が待っているそうだ。
リーダー格の男に至っては、情状酌量の余地無しで処刑が決まったと後から聞いた。
ただしあの男は所詮末端の一人だった事、事件の根が深い事などから、当分は厳しい取り調べが続くらしい。
その後のティアレの話によれば、連中が使ったのは『昇華魔法』と呼ばれる古代禁呪の一種だそうだ。
複合術式という本来の形を捻じ曲げた、集団による術式を無理矢理繋ぎ合わせた、非常に危険な代物だという事。
一歩間違えばマナの暴走により、術者の命を奪うだけでなく、そのまま周囲一帯を巻き込む自爆魔法と化す事。
その絶大な効果で大戦時に乱用され、今では新神議会で使用は固く禁じられている事などが伝えられた。
あの時ティアレがあれほど怒っていたのはこの為だった。
そして今回の一連の騒動に、ノーベンレーンの集団失踪事件も絡んでいる点、被害者の中にバルハイド族のお姫様も混ざっていた点、
極めつけが、教団の連中を壊滅した一番の功労者が、昨夜の三毛猫亭での演奏を披露した楽士であった点。
これら全ての事情説明を終え、ようやく僕ら4人が詰所から解放されたのは、もうそろそろ日付も変わろうかという時間になってからだった……。
「……疲れた……、って言うかお腹空いた……」
「ふふふっ、やっぱりイッチーさんはそれなんですね。でも本当に大変でしたね……」
よくよく考えてみれば、僕らは早朝からずっと駆けずり回ってた訳で、半日以上何も口にしていない事になる。
(そりゃお腹も空くよ……)
「エリオ殿が、今日はご馳走を用意して、酒場を開けておいてくれるそうでござるよ」
「アタシもお腹すいたのニャ~……」
――丁度その時
詰所の見張り台の上から、12時を告げる鐘が一つだけ鳴った。
さすがに夜は気を使っているのか、鐘は一度鳴っただけですぐに止んだ。
「ああ……、……分かっていた事とはいえ……、本当に日を跨いでしまったでござる……。……何はともあれ、姫様、成人おめでとうございます」
(確かに、明けたらお姫様の誕生日だって言ってたもんな……)
『おめでとうございます、姫様』
僕とティアレがハモる。
「皆ありがとうなのニャ。これで大人の仲間入りなのニャ~」
「あっ、そう言えば……」
一つだけずっと気になっていた事を思い出した。
「なんニャ?」
「姫様のお名前を、まだ伺ってなかったなぁと思って……」
「それはでござるな――」
「イッチーが付けてくれればいいのニャ」
何か説明しかけたセツカの言葉を遮って、お姫様が冗談めかした口調でそう言う。
「なっ! 姫様!?」
別段深い考えがあった訳でもない。
と言うより、疲労と空腹で頭もろくに回っていなかった。
なんとなく視線を向けたお姫様の首元で、大きな鈴を模したチョーカーが目に止まる。
ぼんやりと、昔実家で飼っていた茶トラの猫を思い出した。
(そう言えばあの猫は、名前を付けたから鈴を付けたのか、鈴を付けたから名前を付けたのか、どっちが先だったんだっけな……?)
「『スズ』……、なんてどうかな?」
僕がそう呟いた直後――
突然お姫様のチョーカーの鈴が、眩い光を放つ。
その光はすぐに収まったが、代わりにお姫様が、太陽の様な笑顔で僕の首に飛びついて来た。
「ありがとうニャ! これで今からスズはスズニャ! 末永くよろしくお願いするのニャ、ご主人様」
「あ……、あ、あ、ああああああああああああああああああ!!!!!!」
「えっ、えっ……? な、何? 何を言ってるんですか?」
ニッコニコで僕に抱きついている、『スズ』と名乗るお姫様。
さっきの鐘の音以上の雄叫びを上げるセツカ。
錯乱状態でアワアワ言っているティアレ。
そして、疲労と空腹のピークにあった僕が、
朦朧とする頭でようやく口に出せたのは、たった一言だけだった……。
「……はい?」
今回のお話も、同じくずっと温めていたネタだったりします。
13章は本当に書いてるのが楽しくて楽しくて、当初の予定より随分長くなってしまいました。
これで本当に13章は終わり!
次回からは新章です。
第二部も終わりが近付いてきましたが、これからもよろしくお願いします。
海凪美波流





