第十四章 -Beat the soul- 真名
――明けて翌日、『トッド・ムーシカ』前
昨夜あれから三毛猫亭に戻った僕らは、エリオの計らいにより、本来ならもう閉店してるはずの酒場を貸し切らせてもらった。
宣言通り、これでもかというぐらいのご馳走で出迎えてくれたエリオに感謝しつつ、僕ら4人は丸半日以上何も口にできなかった鬱憤を晴らすかの如く食べまくった。
その後部屋で気を失うようにして泥のように眠り、一番最後の僕がようやく目覚めたのは、もうお昼近くになってからだった。
そして現在の僕はと言えば……。
「ここがイッチーが言ってた楽器屋さんかニャ。こうしてると、まるでデートみたいなのニャ、ニャハハハハ」
僕の右腕にべったりと抱きついている、お姫様、改め『スズ』。
「な、何を言ってるんですかぁ~、スズさん。それよりも、ちょっとくっつきすぎなんじゃないですか?」
空いている僕の左手を繋ぐティアレ。
(……どうしてこうなった……? そしてなぜ恋人繋ぎ……?)
そしてそんな僕ら3人から少し距離を取り、後ろからハラハラと心配そうに事態を見守るセツカ。
当然こんな状態の僕ら4人が、三毛猫亭からここに辿り着くまで、すれ違う街の人達からは相当に奇異の目で見られていた……。
その中には、単に面白がっているのが半分。
恐らくもう半分は、僕に対する殺意の篭った視線だった様な気がする。
チリン、チリーンというベルを響かせて、店のドアを開ける。
「こんちは~、親方」
「あ、イッチーに、ティアレ……こんにち……は……でしゅ……」
すぐに僕に気付いたミンクが、連行された宇宙人状態の姿に気付いて青ざめる。
そのままダッシュで奥の工房へと駆け込むと
「お、親方! 大変でしゅ! 修羅場でしゅ!」
(おい……、誰が修羅場だ……)
「おうおう、街の英雄のご帰還かぁ? って、どうしたあんちゃん!?」
「いや、どうしたって言われても、僕が聞きたいですよ……」
続けて工房から現れた親方も、僕の姿を見て目を白黒させている。
「あっ、凄いのニャ! こんな綺麗な『ドンゴ』初めて見るのニャ、セツカセツカ!」
「へぇ……、これは本当に見事な逸品でござるな……」
スズは店に入るとすぐに興味が移ったみたいで、飾られた打楽器の方にセツカを呼び寄せ、何やら熱い眼差しであれこれと語っている。
(向こうだとコンガやボンゴだけど、どうやらこっちでは『ドンゴ』と呼ぶのか。何となく語感が似ているのは興味深い)
「まぁ確かに昔から、英雄色を好む、とは言うが、一晩明けたら両手に華たぁ、あんちゃんも隅に置けねぇな~」
「いや、勘弁して下さいよ……。それに大体――」
「経緯はどうあれ、だ」
右手で僕の言葉を制すると、親方が続ける。
「結果的にあんちゃんが、ノーベンレーンの子供達も、バルハイドの姫さんも救った。それは事実だ。今や街中その話題で持ちきりだぜ」
「確かに結果的にはそうなんですけど……」
「まぁ、あんちゃんが弱い事ぐれぇ俺だって分からぁ。けどそんなのは些細な問題だ。胸を張っていいと思うぜ」
そう言うと親方は、ハンマーの様な右拳で、僕の胸をドンと一つだけ叩くのだった。
「それはそうと……、いったいぜんたいどういう訳で、こんな事になってんだ?」
「え~と、それはですね……」
僕は昨夜のあの詰所を出てから起こった事、そしてその後の顛末を語り始めた。
バルハイド族の中では、産まれた時に親から授かる名前は、あくまで仮の名前らしい。
そしてその後『戦士』を志す者が15歳を迎えた時、成人の儀と併せて、『真名の儀』という物が執り行われる。
誰も彼もが戦士を目指す訳でもない今となっては、産まれた時に付けてもらった名前をそのまま使い続ける事が多いそうだ。
しかしスズは、仮にも次期頭首候補筆頭。
本当ならば今頃は故郷に戻り、現当主から真名を授かっている予定だったらしい。
ところがノーベンレーンから続く例の事件のせいで、結局成人の儀には間に合わなくなってしまった。
ここまではまだ良かった。
明日になるか、明後日になるか、スズの故郷まで何日掛かるのかは知らないが、戻ってから儀を執り行えばそれで済む話だった。
問題はここからだ。
真名を授ける事が出来るのは、基本的に現当主のみ。
ただし一つだけ例外があって、両者の信頼関係に基づく、両者の合意の上でならば、『番となる男女の間でのみ』、真名の儀は可能となる。
つまりは結婚を約束した婚約者、もしくは既に婚姻関係にある夫婦の間でなら、新しい名前を付ける事が許されている、という訳だ。
「……するってぇと……」
「……はい。僕が何気なく言った『スズ』という名前が、そのまま姫様の真名になってしまった、って事です……」
「いやいやいや! しかしそんなガバガバじゃ、狙ってる子が成人迎えた時にでも、即適当な名前付けちまえば、強引にでも自分の嫁にできちまうじゃねぇか」
(そう……、確かに僕も、今の親方と全く同じ事を考えたのだった……)
「それは違うニャ」
いつの間に来たのか、店の隅でコソコソと話す僕らのすぐ傍にいたスズが、再び僕の右腕を取るとこう言った。
「両者の信頼関係に基づく、両者の合意の上でなら、ニャ」
「……? どういう意味だい?」
「要するに、僕が一方的にスズと名付けても、それを姫様が受け入れなければ、真名の儀は成立しなかったんですよ……」
ようやく話が飲み込めたのか、親方がお手上げといった様子で、実際に両手を挙げてみせる。
「で、でもっ、イッチーさんはそんな事知らなかった訳でっ! そんなの不公平じゃないですか! それにセツカさんも言ってたじゃないですか」
「そ、そうでござるよ……。そ、そもそも真名の儀とは、バルハイド族固有のしきたりでござる。本来バルハイド族以外の者には、無関係なのでござるよ」
必死に否定するティアレと、それに助け舟を出してくれるセツカ。
でも実は、このやり取りを目にするのも、これが初めてではなかったりする……。
「でもスズはもうスズニャ。イッチーがどう思ってても、スズが認めたから、スズはスズになったのニャ」
「う……」
「それにティアレだって、スズの事をもうスズって呼んでるのニャ」
「だってそれは……、ひめ……、スズさんが……」
昨夜の一件の後、「もういい加減、姫様姫様と呼ぶのは禁止ニャあああああああああ」と叫ぶスズを宥める為、セツカを除く僕ら2人は半ば強制的に、今後『スズ』と呼ぶ事を約束させられた。
「ガッハッハッハ! そういう事ならもう諦めな、あんちゃん。男がこの期に及んで見苦しいぜ。……それともあれか? あんちゃんは、そっちの兎の姉ちゃんみたいな方が好みかい?」
「なっ! せ、せ、せ、拙者は……、け、け、剣に生きる身ゆえ……、その、あの……」
真っ赤になった顔を伏せ、しどろもどろになりながら意味不明な言葉を呟くセツカが、時々チラッチラッと上目遣いに僕の顔を伺っている。
「ニャハハハハ。セツカならアタシは大歓迎なのニャ。正妻はもちろん譲らないけどニャ」
「な、何を勝手な事を言ってるんですかっ!」
「はわわわわわ……。しゅ、しゅごい修羅場でしゅ……。こ、このままだと、多分私もイッチーに手篭めにされてしまうでしゅ……。あわわわわ……」
(もう本当に、これ以上話をややこしくするのは勘弁してくれ……。って言うか誰が手篭めだ)
それと誤解の無いようにハッキリ言っておくが、僕は別に鈍感でもなければ、難聴でもない。
いや、難聴の可能性は否定しきれないけど……。(主に職業病的な意味で)
「いやぁ~笑った笑った……。まぁそれはともかく、だ。あんちゃん、わざわざうちに来たって事ぁ、何か用事でもあったのか?」
「もう勘弁して下さいよ……、他人事だと思って。……まぁ今の話も無関係じゃないんですけど」
「それは手前から説明させていただくでござるよ」
ようやく立ち直ったのか、セツカが真剣な表情で説明を買って出る。
「姫様の名前の件はもちろんでござるが、それ以上に、此度のイッチー殿とティアレ殿のご助力。特に姫様と子供達の命を救って頂いた恩義に、何も報いないとあっては、戦士長として立つ瀬がござらぬ」
「僕はそんな事気にしなくていいって言ったんですけど」
これも昨夜から何度も繰り広げている押し問答だった。
「そういう訳には……。とにかく一度拙者達と一緒に、バルハイドの村『バルハルド』までお越し願えないかと、お頼み申しているのでござる」
「なるほどな、大体の事情は分かった。要するに暫く街を離れるから、それを伝えに来た。そういうこったろ?」
「はい。と言うか、要しなくても、僕はそれを伝えに来ただけなんですけどね」
一言で終わる話1割の為に、9割の余計な話で掻き回された気がする。
「まぁ別に俺がとやかく言う様な事でもねぇしな。そういう事なら、うちの荷馬車持ってけよ。どうせアンクーロへの引越しまで用はねぇし、馬は持ってるんだろ?」
「馬は私のココルがいますけど。でもいいんですか?」
「言ったろ、特に使う用事もねぇって。それに4人で移動するならあった方がいいだろ」
そこまで考えてなかったけど、確かに4人での移動となると、馬車があるのは非常に心強い。
それにセツカからは、南の大陸『ロドンゴ』の玄関口である港街『チコッタ』から、バルハイド族の村『バルハルド』までは、結構険しい道のりになると聞いている。
その点でも馬車を借りられるのは、願ったり叶ったりだった。
「まぁさすがに4人一緒に組んず解れつって訳にはいかねぇが、それなりにデカイ荷馬車だ。好きに使ってくれて構わねぇぜ。ガッハッハッハッハ」
(ガッハッハじゃねーよ……)
「く、くんず、ほぐれつって……」
「せ、せ、拙者はぁあ! け、決してその様な!」
「ニャハハハ! なら2人は外で寝るといいのニャ。アタシとイッチーは馬車で寝るのニャ」
「はわわわわ……。しゅ、しゅごいでしゅ……。しゅちにくりんでしゅ……」
(……もう好きにしてくれ……)
完全に思考停止した僕は、ただ力無く、ガックリと肩を落とすのだった……。





