第十三章 -A hard day's night- 遭遇
「……近いのニャ」
猫耳のお姫様を新たに仲間に加えた僕ら4人は、不気味な回廊をひた走る。
「それにしても、凄い術なのニャ。セツカが来るまで分からなかったのも、この術のお陰なのかニャ?」
「はい、拙者も初めて見る術でござる。さすがはルスクを継ぐお方、ミルレーシャ導師のお孫さんという事なのでござろうな」
「さっきも言いましたけど、元はおばあちゃんの作った術なんです。私はそれにちょっと手を加えただけで……」
改めて掛け直してもらった、ティアレの結界術を絶賛する2人。
そしてそれに対して、恥ずかしそうに謙遜するティアレ。
あれから結構な距離を、それなりの速度で移動してきているというのに、3人共顔色一つ変えずに平然と会話している。
僕はといえば、そんな3人に置いていかれない様について行くだけで精一杯だった。
(せめて足でまといにはならない様にしないとな……)
この世界の基準は分からないけど、さっきのセツカの動きを見る限り、10や20頭数を揃えたところで話にならない気がする。
しかも今は、実質それが2人になった訳だ
そこにティアレの術や弓も加わるとなれば、こちらの戦力は計り知れないだろう。
それだけに、お姫様の囚われていた部屋の前にいた2人以外、護衛らしい護衛の姿すら見えないこの状況に、妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった……。
再び先頭を走るセツカが立ち止まり、右手で僕ら全員を制す。
――そこは、これまでずっと代わり映えのしなかった、狭く、天井も低い回廊とは打って変わって、場違いな程唐突に視界の開けた空間だった。
重々しい石造りの床や壁と、どんよりと澱んだ空気は相変わらずだったが、久しぶりに陽の光を見た気がする。
ドーム型の高い天井はどうやら天窓になっているらしく、そこから寒々とした巨大なホールにぼんやりとした光が差し込む。
ホール中央には幅の広い緩やかな階段状の積み石が連なり、一体何を祀っているのか、薄気味の悪い祭壇へと続いていた。
円形のホールには中二階部分もあり、ぐるりとホール全体を取り囲むように観客席の様になっている。
センスが最悪な事だけを除けば、規模や造りは、それなりに立派な聖堂と呼んでも差し支えない物だろう。
「多分、向こう側の通路の先ニャ……」
「はい……、ここまで来れば拙者にも分かるでござる……」
小声で話す2人の猫耳と兎耳が、ピクンピクンと気忙しく動いている。
「しかし……、嫌な空気でござるな……」
「……はい。何も反応は無いんですけど……、オドの流れが不自然と言うか、今まで経験した事の無い感覚です……」
僕にとってはただ重苦しい空気としか感じられない物からも、3人は別の何かを鋭敏に感じ取っている様だった。
「何にせよここまで来たら、行くしかないでござるか」
「そうニャ」
腹を決めた先頭の2人が、ゆっくりと、野生動物の様な慎重さで歩みを進める。
その後にティアレ、最後に僕という順番で、シンと水底の様に静まり返ったホールへを足を踏み入れた。
ようやくホールの中央を過ぎようかというその時――
ずっと薄暗い空間に目が慣らされていた僕らが、暫く視界を失うには充分な程の眩い光が、一瞬にしてホール全体を浮き彫りにする。
ティアレが使う魔術の灯りを何倍にもした、強烈な光がスポットライトの様に僕ら4人に降り掛かった。
「イヤイヤイヤぁあ~、随分とォお待ちしましたよォオ~」
それだけである程度人間性を測れるぐらい、嫌悪感と不快感を与えるねちっこい声が、中央の祭壇の方から流れて来る。
どこから湧いて来たのか、今やホールを囲む中二階にずらりと並んだ人影も、気味の悪い声の主も、全員頭の天辺から爪先まで見事に統一された衣装を着込んでいた。
この建物自体のセンスも正気を疑うには充分だと思うが、そこの住人達もまた、ある意味この建物に相応しい、勝るとも劣らない醜悪な趣味だと言えた。
頭まですっぽりと覆った漆黒の全身ローブ。
靴やグローブまで黒で統一されていて、向こうの世界の某団体の黒バージョン、と言ってもいいかもしれない。
そして極めつけなのが、そこまで病的に黒で固めてる割には、組み合わせ的にも物理的にも浮いて見える純白の仮面。
空いているのは、せいぜい目の部分の二つの穴ぐらいで、何も描かれていない能面にも見える。
しかしのっぺりとした無味な仮面の上部には、鬼の様な二本角が禍々しい自己主張をしていた。
「……貴様らでござるな……。今回の全ての元凶は……」
半ばパニック状態の僕とティアレとは対照的に、噴き出す怒りを必死に抑える声でそう呟いたセツカは、既に臨戦体勢で腰の刀に手を置いていた。
そしてそのすぐ隣には、いつの間にか両手の手甲から凶悪な爪を伸ばしたお姫様が、獲物に飛び掛かる豹の如く身を縮めている。
「おやおやァ、せっかくご招待したというのにィ、酷い言い草ですなァ~」
「……招待、だと?」
「ハイハイぃ、上からはあまり派手に動くなァ、と言われてましてネェ~。本来の目的はァ、そちらの猫のお姫様だけェ、攫えば良かったんでぇスガね」
「……本来の目的とやらは、おおよそ見当が付くでござる」
恐らくは僕らに話してくれた、バルハイド族に関する事だろう。
いつ切れてもおかしくない緊張の糸を限界まで張ったまま、情報を引き出す為なのか震える声でセツカが会話を続ける。
「ええまァ、何と言いますかァ、せっかく美味しそうな兎さんもォオ、ご一緒でしたのでェ……イッヒャひゃひゃ……。こちらから手を出す訳にもォ参りませんのでェねぇ~、お持ち帰りぃして、お楽しみぃする為にヒィ、そちらからお越し頂いたァという訳でェすねぇ。イひゃひゃひゃヒヒヒ……」
「……下衆が」
聞くに耐えないといった様子で、セツカが一言だけ吐き捨てる。
「しぃかもォ、何やらオマケで、上玉ァのエルフまァで付いてきてるじゃないでェスカぁ……。うヒッ! まだ随分とガキっぽいでェスガ、まぁそれはそぉれで~、需要があるでショウ。ヒひゃ! 余計なのもォ混ざってるようでスガ、あれは殺してェいいでショウ」
「ガ、ガキって……!」
僕も随分な言われようだが、一瞬で混乱から立ち直ったのか、聞き捨てならない一言にティアレが鋭く反応する。
「言いたい事はそれだけでござるか……」
もうこれ以上聞く必要は無いと判断したのか、もしくは単に我慢の限界なのか、セツカが音も無く腰を落とした。
それに合わせてお姫様も、引き絞った弓の様に両足に力を込めるのが分かった。
「オヤオヤぁ~、あなた方はァ、何やら勘違いをなさってェるようでェスネ」
「……勘違い、だと?」
「ハイハイぃ。我々が何の準備ぃも無しにィ、あなた方を迎えるとでもォ?? それ以前にィ、そこの猫や向こうのガキどもォが、どうやって攫われたのかもォ、分かっていないのォデハ?」
「……」
確かにそれはその通りだった。
僕のギターにしても、一体いつどうやって盗み出されたのか見当も付かない。
そしてそれ以上に、ノーベンレーンで子供達を何人も攫い、更にあのセツカと一緒に寝ていたお姫様を攫うなんて芸当は、控え目に言っても尋常じゃない。
「……それは、貴様らを斬り伏せてから、後でゆっくり聞けばいい事でござる」
「なるほどォ! しかしィ、それは困りますねェ」
祭壇の男がスゥっと右手を上げると、周囲を取り囲む200人近い集団が、一斉に何かをブツブツと唱え始めた。
次の瞬間――
「ぐぅっ!? ……何でござるか……」
「ニャニャ!?」
「体が……」
一瞬にして重苦しい泥沼に落とされた様な空気に包まれ、運動の後の疲労感にも似ただるさが体に伸し掛かる。
しかし僕の前に立つ3人へと目を上げた時、その程度で済んでいるのが僕だけだったと気付く。
苦しげに床に片膝を突くセツカ。
お姫様に至っては、完全に床にへたり込んでしまっている。
ティアレだけはまだ自分の両足で立っていたが、それも立っているのがやっという状態だった。
そしてそんな中で、僕1人だけが、軽い疲労を感じる程度で平然と立っていた……。





