第十三章 -A hard day's night- ニャ?
「なるほど……。この術で、気配を消していたのでござるな。しかしティアレーシャ殿はお若いのに凄いでござるな」
「いえいえ、そんな……。この結界術も、元々はおばあちゃんのオリジナルで、私はそれにちょっと手を加えただけなんですよ。それと、……ティアレでいいですよ」
ティアレの術を頼りに、3人で地下道の先を目指してから、既に結構な時間が経っていた。
いくら薄暗い中を慎重に進んでるとは言っても、距離的に考えたらそろそろ街の外に出てしまっていてもおかしくない。
「……? 行き止まり、でござるか?」
先頭を歩いていたセツカが、丁度ティアレの示す角を曲がった所で声を上げた。
ティアレと2人で後に続いて角を曲がると、確かにそこは鉄格子で塞がれ、これ以上先には進めそうになかった。
鉄格子も細かく、無理をしても通り抜けられそうには見えない。
「……いえ、違いますね……。右側に横道か何かありませんか?」
「いや……、横道など見えないでござるが……、あっ」
「どうしました?」
「確かに横道でござる。光の加減でうまい具合に隠れていた訳でござるな……」
ティアレの灯りが横道の最奥を照らし出す。
その人一人がやっと通れる程度の幅しかない、細い横道の突き当たりには、上へと続く金属製の梯子が見えた。
「痕跡が濃くなってきてます……。気を付けてください」
「拙者が先に登るでござる」
一瞬の躊躇いも戸惑いも見せずに梯子に手を掛けると、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「……問題無いでござる」
数秒を置いて、上からセツカの小声が聞こえてきた。
こういった行動一つ取っても、僕はもちろんの事ティアレと比べても、根本的な心持ちと言うか、背負っている重さの違いみたいな物を痛感してしまう。
一応この中で唯一の男である事を考えて、ティアレを先に行かせて殿をつとめると提案する。
が、普通に怒られた……。
(ああ……、そうだね……。梯子だったね……。確かに僕が悪かったけど、ホントに他意は無かったんだよ?)
梯子を登ったにも関わらず、なぜかその先の風景も、それまでとほとんど変わらない。
下水道だった地下が、薄暗く湿っぽい空間だったのはまぁ当然だろう。
しかし、おかしな高低差が無い限りは地上に出ているはずのこの場所も、壁に並ぶ蝋燭の灯り以外は日も差し込まない、どんよりと濁った空間だった。
べっとりと纏わり付いてくる様な、単純な湿気とは違うじめじめとした空気も、下水道の方がまだマシだったと思うレベルの不快感だ。
ただ一つだけ明らかに先程までと違うのは、どう見てもこの建造物が、地下道に比べて真新しい事だった。
「うまく言えないんですけど……、嫌な空気ですね……」
「……ティアレ殿もでござるか……」
(どうやら僕の気のせいという訳でもなく、何かそういった奇妙な感覚を生み出している原因があるみたいだ)
「それに……、人の気配が全く無いでござる……」
「……罠、ですかね……」
「……だとしても、進むしかないでござるな……」
ここで一度エリオの援軍を信じて待つ、という手もあるが、問題はそれがいつになるか分からない事だ。
僕のギターはともかく、お姫様と子供達の命が掛かっている今、セツカがこのまま大人しく引き下がるとも思えない。
それならばいっそ、ここで可能な限り情報を集めるというのも、選択肢の一つとしては考えるべきなのかもしれなかった。
「お姫様の痕跡は辿れますけど、どうしますか……?」
「そうか……、子供達も探さなきゃいけないのか……」
「……」
決して天秤に掛けられる様な選択ではないとはいえ、全員が同じ場所に囚われているとは限らない。
簡単に提案を口に出せる類の物でもなかったが、どう動くにしても優先順位は決めなければいけなかった。
「……、姫様を先に助けるべきでござる……」
言葉にしてしまう事への葛藤を含んだ、重々しい口調ではあった。
が、その表情は、個人的感情ではないと思わせるに足る、確固たる決意が見られた。
僕にもティアレにも、それに対して『子供達を優先すべきだ』と声を上げる程の、決定的な理由や指針がある訳じゃない。
「何か考えがあるんですね」
確認と言うよりは、肯定の返事としてセツカに先を促す。
「ああ……、姫様が加われば、こちらの戦力は一気に上がる。その後子供達を助ける事を考えても、確実にその方が有利に立ち回れるでござる」
「なるほど、確かに」
セツカに匹敵するという程の実力者が加われば、それ程心強い助っ人もいないだろう。
僕が役に立たない以上、今は戦力は一人でも多い方がいい。
顔を見合わせて頷くと、すぐに行動に移す。
迷路の様な通路を先へ先へと足早に移動するが、かなり大きな建物の割に、ここまで誰一人として姿が見えない。
少なくともセツカとティアレがいる以上、敵と鉢合わせなんて事はないだろうけど、それだけにかえって不気味さを感じてしまう。
一体いくつの角を曲がっただろうか。
風景が変わらないので、本当に進んでいるのか感覚がおかしくなってきそうだ。
ティアレの誘導無しでは、とてもじゃないけどまともに進めそうにない。
急に通路の幅が拡がり、視界が開けた所で初めてセツカが足を止めた。
僕ら2人を手で制し、人差し指を唇に当てる。
角からそっと向こうを覗くと、重厚な金属製の扉の前に立つ2人の人影が見えた。
思わずゴクリと喉が鳴る。
訳も分からなかったスライムの時とは違い、この世界に来てから初めて明確に、『敵』という存在を強く意識してしまう。
セツカが手振りで、『2人はここで待て、自分が一人で行く』と、ハンドサインなんて知らなくても間違えようが無いぐらいシンプルに意思を伝えてくる。
それに対して何かを考える間も、返事をする間も無かった。
目の前から消えた、と錯覚した直後――
通路の向こうから『ドスッ』っという鈍い音が1回だけ聞こえた後、人が床に崩れ落ちた音が2回聞こえてきた。
恐る恐る扉の前を覗くと
「もう出てきても大丈夫でござるよ」
と顔色一つ変えずに、刀を鞘ごと腰に戻すセツカの姿が見えた。
この期に及んで、ではあるが、(殺したのか)という思いが一瞬頭を過ぎる。
そんな僕の気持ちを表情から察したのか
「殺してはいないでござるよ」
そう呟いたセツカの口調は、優しげでありながらも、どこか少し寂しそうにも聞こえた。
ティアレと2人で扉の前まで行くと、どうやら幸いにも鍵などは掛けられてないみたいだった。
「……間違いないです。お姫様はこの部屋の中にいます。イッチーさんのギターも。……それ以外に……人の気配はないですね」
「姫様!」
それを聞いたセツカは、体ごと叩きつける様にして重い扉に飛び込む。
扉の向こうは直接部屋になっている訳ではなく、鉄格子が嵌められた狭い部屋がいくつも並ぶ、牢獄の様な空間だった。
「姫様! どこでござるか!? セツカでござる!」
「……、……セツカ? どうしてニャ……、全然気配なんて感じニャかったのに……」
「姫様! 姫様!」
(ニャ?)
こんな時に不謹慎ではあるが、まさか本当に語尾がニャの猫耳に会えるとは、夢にも思わなかった……。
「当然と言えば当然だけど、こっちは鍵が掛かってるね……。ティアレ、魔術で開錠とかは出来る?」
「あるにはあるんですけど……、私は使えないんですよね……。……どうしましょうか……」
「心配には及ばないでござるよ」
セツカがそう言った直後に、『キーンッ』という甲高い金属音が室内に響く。
まさかと思ったら、本当にそのまさかだった……。
ゴトゴトという重い音を立てて、鉄パイプぐらいある金属棒が床に転がる。
(ニャの猫耳の後は、リアル斬鉄剣か……)
とてもじゃないけど、僕の理解が及ぶ様な領域じゃない。
そして目の前のこの猫耳の少女が、たった今当然の様に鉄格子を斬ってみせた、セツカに匹敵する実力者だという事が更に恐ろしい……。
「セツカ! 絶対助けに来てくれると思ってたニャ!」
「姫様……、遅くなって申し訳ありません」
きつく抱き合う2人を見て、僕とティアレも思わず胸が熱くなる。
「良かった……」
「はい……、無事で良かったです……。あっ、イッチーさんのギター」
そうだった。
衝撃の連続ですっかり忘れていた。
(確かティアレは、ギターもこの部屋の中にあるって言ってたけど)
素早く他の部屋を見回すと、意外にあっさりと僕のギターは見つかった。
と言うか、ギターは鍵が掛かった牢獄どころか、部屋に入ってすぐの所にある待機所の様な場所に、無造作にそのまま置かれていた。
念の為中を確認すると、ギターも収納スペースの中も、全て昨夜最後に見た時のままだった。
(確かにギターは自分で逃げたりする訳じゃないけど、だったら何でわざわざ盗んでいくんだよ……)
「ところでその2人は誰ニャ?」
「あっ、そうだったでござる……」
僕が理不尽な怒りを感じていると、我に返ったセツカがお姫様と一緒に戻って来た。
「お二方共拙者の協力者でござるよ。こちらは楽士様のイッチー殿、そしてこちらがティアレ殿。ティアレ殿は、なんとあのミルレーシャ導師のお孫さんでござるよ」
「えっ? ミルレーばあちゃんの孫なのかニャ?」
「はい、お初にお目にかかります、姫様。ティアレーシャといいます。ティアレ、とお呼び下さい」
片膝を突き頭を下げるティアレを見て、僕も慌ててそれに倣おうとする。
こういった儀礼や作法には、残念ながら当然縁が無い。
「あ~あ~、そういう堅苦しいのはいらないのニャ。アタシには関係ないし、興味も無いのニャ」
膝を突こうとした僕を止めると、やれやれといった感じに肩をすくめる。
一応セツカの方を確認すると、うんうんと頷いていた。
「僕はイッチーといいます。音楽家をしています」
「本当に楽士なのかニャ!? それは是非一度聴いてみたいものなのニャ~」
「姫様。話したい事は山程あるのでござるが、今はまずここを出ることを考えましょう。話はその後でも遅くないでござる」
確かに、今はここで話し込んでいる場合じゃない。
それに僕らには他にもやらなきゃいけない事があった。
「了解ニャ」
セツカから鉤手甲を受け取ると、慣れた手つきで素早くそれを両手に装備する。
「姫様……。子供達の居場所は分かるでござるか?」
「それなら任せておくニャ。かなり離れてるけど、そんなんじゃアタシの鼻は誤魔化せないのニャ」
フフンと胸を張るお姫様を見て、セツカに安堵の表情が浮かんだ。
ティアレに手伝ってもらって、僕も手早くケースを背負う。
「……子供達を、救い出すでござる……」
全員の目的が一つになった事で、それぞれ決意の想いを胸に力強く頷く。
新たな仲間を得た僕ら4人は、子供達を助ける為、
迷宮の様にうねる薄暗い通路へと、再び足を踏み出したのだった。





