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ご注意ください。酒カス聖女のバリアは最弱です〜なお、圧殺性能は最強の模様〜  作者: うさぎのみんと
第一話『ご注意ください。わたくしのバリアは脆いです』
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一話三節『百目死す! デュエルスタンバイ!』

 アリアと名乗ったシスターと、無数の目を持つ異形――通称・百目。


 向かい合う両者の間に、山風が吹き抜ける。灰になった落ち葉が舞い上がり、アリアの羽織る白いポンチョの裾をふわりと持ち上げた。

 スリットから、黒いタイツを穿いた太ももが覗く。左太ももに巻かれた革のポーチは口が開いていて、そこから金色の輝きが微かに覗いている。


 百目は焼き切られた触手を胴の天辺に引っ込めると、ずるり、と新たな触手を生やした。しかし今度のそれは、先端が鎌のように薄く、鋭く研がれている。

 あの金色の欠片さえ切り落としてしまえば、壁は張れない。怖くない。そう言わんばかりの適応だ。

 だが、警戒心は消えないのか、今度の触手には口も目もない。ただの刃だ。先ほどのは、余程痛かったらしい。


 その様子を見て、アリアの目が一瞬、二瞬、愉しげに弓なりになる。まるで、嫌いな教師の弱点を見た不良の様な目つきだ。


「ドケ」


 アリアのバリアの源を見抜いた気でいるのか、百目は刃の触手をヒュンヒュンと振り回し、威嚇する。そのたびに、周囲の枝が音もなく切り落とされ、パラパラと地面に散った。

 しかし、アリアは冷静そのもので、笑みひとつ崩さない。


「致しません」


 一言。即答である。


「ソノモノヲ ヨコセ」

「致しません」

「イマスグ ココカラ――」

「お酒にならないことは、一切、いたしませーん!」


 百目との問答に、アリアは全て即答、笑顔で返した。一見、見蕩れる顔だ。

 しかし、『致しません』と返す声は、氷のように冷たかった。そして最後の一言だけが、相手を小馬鹿にするように、ひどく明るい。


「ア、アリアさん……」


 ティアは近くの木の陰まで逃げると、幹にしがみつくようにして、不安そうにアリアの背中を見ていた。

 腕にはアリアへの報酬――霊酒エリクシールをしっかりと抱え、ゴクリと唾を飲む。

 赤いプリーツスカートが、風に揺れた。


「シネッ!」


 先に仕掛けたのは百目だ。刃の触手を高く振り上げ、アリアの頭頂部目掛けて、上から一直線に振り下ろす。間合いも角度も完璧である。

 もしこれが直撃すれば、間違いなく命はない。脳天から股下まで、綺麗に真っ二つだ。

 だが、アリアは避けない。いや――


「バリア」


 アリアは右手に持ったバッヂを、そのまま右斜め上へ、ひょいと放る。

 手を離れたその刹那、バリアは横長の長方形に展開し、振り下ろされた刃の触手を、その根元近くから断ち切った。

 投げたバッヂを空中で切り落とす――その暇すら与えない、手元での即時展開。


「ご注意ください。わたくしのバリアは、オールレンジです」


 アリアは百目の浅はかさを読んでいた。その上で、その浅知恵ごと触手を切り裂き、丁寧に付け足したのだ。


 オールレンジ――あらゆる方向、あらゆる距離から展開出来る、と。


「グギュゥルゥゥッ!」

「あらぁ、いい声で鳴きますね」


 いくつかの目をぎゅっと閉じて痛がる百目を嘲笑うように、アリアは目を糸のように細め、口の前でパチパチと小さく拍手をする。


 切り落とされた触手は地面で軽くバウンドすると、ぶわりと黒いモヤになってほどけた。

 アリアは一瞬、そのモヤを目で追ったが、それはすぐに空気に溶け込み、見えなくなった。


(……あまり下手に千切らない方が良さそうですね)


 百目――異形の本質を、アリアはモヤだと見当をつけた。


(肌から黒いモヤ……あれは瘴気でしょうか)


 注意深く見ると、肌の表面から薄黒い煙が絶えず立ち昇っている。切り離された部分は空気に溶けた。


(吸い込むと厄介そうですね)


 ならばと、アリアは戦法を捻る。


(……アレですね♡)


 ここでアリアは、ニヤリと悪魔のように微笑んだ。

 百目とアリア、もはやどちらが悪なのかわからないほどの悪役面だ。木の陰のティアが、思わず一歩後ずさるほどに。


「では次は……」


 ここで初めて、アリアは動作を溜めた。

 これまでアリアは速戦即決を貫いていた。それが、ポーチからバッヂを補充すると、後ろ手を組み、バッヂを百目から見えないように隠したのだ。


 百目は、アリアの一挙手一投足を見逃すまいと、胴をぐるりと捻り、身体中の目をギョロギョロと動かして、あらゆる角度からアリアを観察する。


「これですよ」


 笑顔を崩さぬまま、アリアはバックパスでもするかのように、後ろ手のままバッヂを上空へ放った。

 金色の弧を描くその角度は丁度、百目の胴を真っ二つにできる位置だ。

 百目はすかさず触手をバッヂへ伸ばし、叩き落とそうとする。だが――それこそが、アリアの罠だった。


「残念」


 アリアは楽しげに一言発すると、落ち葉を蹴り、一息に百目との間合いを詰めた。

 意表を突かれた百目は、尖った腕を振るってアリアに襲いかかる。だが、四瞬、いや、五瞬ほど遅い。


「バリア」


 アリアは百目の胴に、もう一枚隠し持っていたバッヂを押し当てると、半月状のバリアを展開した。

 一瞬、それは百目の胴を抉る。だが、展開時の凄まじいエネルギーを受け、百目は風穴が空くより先に、後方へ激しく吹っ飛んだ。抉られた胴から漏れた黒いモヤは、刹那にも満たない時間で熱に焼かれて消失する。

 それを、アリアは見逃さなかった。


 熱で焼けば、モヤは残らない――


「ご注意ください」


 アリアは再度、様式美のように言った。聖女のような笑顔のまま、柔らかい声で。

 百目が吹き飛ぶ軌道上、その終点には、樹齢数百年はあろうかという巨木がある。


 ドシィィィ!


 百目は巨木に背中から激しく打ちつけられ、剥がれた木肌が周囲に飛び散る。枝が大きく揺れ、色づいた葉がばらばらと降り注いだ。


「ガウゥルァァ!!」


 百目は声にならない奇声を発し、いくつかの目が衝撃で潰れるように閉じる。

 その瞬間、百目は残った目で、アリアの姿を捉えた。彼女は、アリアは――


 バッヂを握り、嗤っていた。


「バリア」


 アリアはバッヂを放り投げ、そう唱えた。

 瞬間、キィィィィンという耳を劈く音とともに、百目を覆うように高さ三メートル程のドーム状のバリアが展開する。

 そのドームの壁は、二〇センチ程のヘックス状のパネルがいくつも合わさったような構成をしており、やはり、先が透けて見えるほどに薄い。


「ご注意ください。そのバリアは物理ですので」


 脆い。そう、確かにアリアのバリアは、結界強度だけを見れば脆い。

 しかし、触れれば火傷し、割れた破片が刺されば地獄のような痛みを与える。そして――


 追い込まれたら、逃げられない。


「ギィシャァァァァッ!!」


 百目は断末魔の叫びを上げる。背には巨木、前には薄緑色のドーム。逃げ場はない。

 ドームはじわりと膨張し、百目の身体を巨木へと押し付けていく。黒い胴がひしゃげ、尖った腕がありえない方向へ折れ曲がる。巨木の幹がミシミシと悲鳴を上げる。


 ドームは、百目と巨木に挟まれ、耐えかねるように、ヘックスパネルの一枚一枚が、徐々にパリパリと音を立て、脆くも割れていく。

 だが、そんなことさえ計算済みかのように、破片が百目の目という目に突き刺さり、熱と物理の苦しみを与えていく。


 ジジジジジ……!!


 轟音を立てながら押し潰された身体は、乾いた薄紙を焼いたかのように端から灰になり、虫を焼いたような嫌な臭いと脂を出す。灰と脂は最後の足掻きのようにモヤを吐くが、それすらすぐに焼き消える。

 百目の身体中の目が、端から一つ、また一つと潰れていく。

 最後に、ただ一つだけ残った赤い目が、ドーム越しにアリアを見据えた。


「オボエタ……ぞ」


 最後の一言は、もうカタコトではなかった。人の声に、ひどく近かった。

 次の瞬間、最後の目も灰になって崩れ、ついには巨木の根ごと大地を抉る。その向こう一帯を文字通り吹き飛ばして――異形・百目は消滅した。

 轟音が山彦となって何度も返り、やがて、静寂が戻る。

 アリアの白いポンチョが、遅れて届いた風に、ふわりと揺れた。


「凄い……」


 その一部始終、アリアの計算された戦いを、ティアは木の陰から、ただただ見守っていた。

 前方では、アリアの後ろ三つ編みが静かに揺れ、ベージュの髪が木漏れ日を反射して、まるで天使の後光のように輝いて見えた。

 そして、キラキラと輝く薄緑色の粒子が、まるで紙吹雪のように舞い、ティアの目を奪っていった。



 ─────────



 続く……

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