少女の祈り③
「深すぎた。過度に『同調』しすぎた」
シノとズィーを拾い、補給処へ続く街道を走るティゲールの車内で、シグルドリファがぼそり、とつぶやく。
「念話……、はわかります。しかし、同調、というのは?」
マイクが拾ったそのつぶやきにブルグミュラーが運転の手を休めることなく聞く。
「知る必要はない」
と、無感情な言葉が帰ってくるが、そこに少女の声がさしはさまれた。
「わたしも知りたい。集中したら、ぼんやりとした感じで、ブルグミュラーさんとパウルくんが見えたの。あれはなに?」
その真剣な声に、シグルドリファはかすかにため息をつく。やがて、不承不承ながらも説明をはじめる。
「……エルフは木々を通して、魂を同調させ、同族と交信する。それゆえに、魂の波長が噛み合い過ぎると、相手の視界や聴覚が見えてしまうときがある」
「おう、それでちびっ子の目を使って基地を直接叩けたのか。便利だなエルフって」
呑気なシノの声に、シグルドリファは黙って首を振る。
「だが、それはふたつの魂が交わるということだ。ミルクとコーヒーは混じりあったら元に戻せない。だから区切る必要がある。わたしのミスだ」
「そのようなリスクがあるなら、念話はもう使えないのでしょうか」
「必要なときは使う。だが、より慎重に運用しなければいけない」
パウルの問いに、銀の髪のエルフはそう答えた。
(そっか、そうだよね。でも、あの懐かしい声、あれは誰なんだろう……)
そうつぶやいたズィーの声は、誰にも届くことなく車内の騒音にかき消されていった。
「急げ、生き残った魔軍の連中が戻ってくる前に済ませるぞ」
夕闇が迫る中、事前の砲撃が功を奏し、ティゲールは抵抗もなく補給処に入った。
中央の広場にある機械、魔族がこの世界の機械の燃料、エーテルを魔素に転換するために据え付けた、魔素供給機の前に停車した。
即座にパウルとブルグミュラーが下車し、補給作業にかかる。ブルグミュラーの手には筆箱ほどの大きさの機械が握られていた。
「魔量計の数値から目を離すな。魔素が漏れ出していたらすぐに戦車内に退避だ」
「了解!」
安全手順を念押しするような隊長の声に、ふたりは応える。
ティゲールの備品の中から見つかった、ブルグミュラーの持つ魔量計はいまのところ反応はしていない。
ティゲールの燃料である異世界由来の魔素は、この世界の魔力を物質化し、燃料とした「エーテル」よりもはるかに上回る効率と出力を叩きだすが、代償として世界に深刻な汚染を引き起こしていた。
それは無作為にばらまかれると、生物の体を蝕み、命をたやすく奪う。
さらに運が悪いと、生物を異世界の理に作り変えた怪物にしてしまう。
約200年前、ひとりのエルフの技術者が開発したヴェルイーンの車両の魔動機は、魔力を精製した燃料、エーテルで稼働する。
魔族侵攻後、大地が深刻な魔素汚染にさらされていくことを知った技術者はそれに対応して魔動機を改良し、ティゲールから採用された魔動機は魔素を高濃度のエーテルに転換することにより、いままでの魔動機より高出力を出せるようになった。
副次的な効果だが、魔素分解効果もあり、ティゲール以降の車両は、汚染されたこの世界の魔力を浄化する役目も担っていた。
砲弾を撃ち込まれた建物からの、何かが焼けた匂いが辺りを包む中、2人の戦車兵は機械からノズルを引き出し、ティゲールの後部にある注入口に接続した。
シグルドリファとシノはティゲールの上で短機関銃を手に取り、あたりに動きがないか警戒している。
周辺は夕日で紅く染まり、影が長く伸びている。忍び寄る何者かを隠すように。
ゆっくりと辺りを見回している顔がふ、と止まった。
「来た!」
即座にシグルドリファは短機関銃を構え、発砲した。
銃口の跳ね上がりを抑えるための短い連射は、いままさに駆け寄ろうとしていたオークの胸を的確に撃ち抜いていた。
「敵襲!」
シグルドリファの警告に、素早く隊員たちはティゲールの陰に隠れる。
銃弾に撃ち抜かれ、魔素の暴走で塵になる仲間をものともせず、建物を遮蔽物にしながらオークたちは激しく射撃してくる。
ティゲールの装甲板に弾が次々と命中し、火花を散らす。
「3.2……、ほらよ!」
射撃のさなか、シノは携行していた「じゃがいも潰し」とあだ名される柄つき手榴弾を投げ込んだ。
爆発するタイミングを巧みに計って投げ込まれた手榴弾は、投げ返すいとまも与えずに炸裂し、密集していたオークたちをなぎ倒す。
「みんな、針がFのところまで来たよ!」
車内で燃料計を見ているように、と言われていたズィーが、ハッチから顔を出して叫んだ。
彼女の声を聞き、魔素のバルブを閉めるために装置に駆け寄ったパウルの目が、驚愕のあまりに見開かれる。
視線の先には建物の影から、手榴弾を両手に持ち、不気味な笑顔とともに走り込んでくる1匹のオークがいた。
とっさにパウルは拳銃を抜くと、自殺的突撃をしてくるオークに腰だめで発砲した。
こもった銃声とともに発射された弾丸の1発がオークの足を貫き、怪物は転倒する。その手から手榴弾がこぼれ落ちたのをパウルは見逃さなかった。
「手榴弾!」
絶叫をあげ伏せるのとほぼ同時に、オークを道連れに手榴弾が爆ぜた。
その破片が、魔素を汲み出している供給機のタンクを切り裂く。
黄緑色に光る魔素が辺りにまき散らされるのと同時に、ブルグミュラーの手の中にある魔量計のゲージがあっという間に振り切り、がりがりがりという不快な警告音が鳴り響き出した。
「パウルくん!」
ハッチから顔を出していたズィーの悲鳴が響いた。
パウルは魔素を直接浴びることはなかったものの、まき散らされた魔素は辺りの生命を急速に侵していく。
倒れているパウルを助けようとブルグミュラーが駆け出そうとするが、その肩に細い腕が伸ばされ、ぐいと引き戻される。
「馬鹿者。あそこまで魔素がまき散らされた場所に行ってみろ、お前も汚染死する」
引き戻したシグルドリファの手を振り払い、ブルグミュラーは指揮官に食ってかかった。
「しかし、パウルは戦友なんですよ!」
「ティゲールの中に入れ。ここから離脱する」
冷徹な指揮官の判断に、理性は賛同するが体が動かない。
それがおぼろげに見えたのか、パウルは必死に叫んだ。
「ダメだ……、みんな、逃げて……」
彼の露出している皮膚が、魔素と同じ黄緑色に染まっていく。
「だめ、だめだめだめぇっ!」
ズィーは絶叫した。せっかくできた友達がいなくなってしまう。その恐怖が彼女の体を貫いた。
『……浄化の巫女の準備はできたか』
『はい。この呪を施すことにより、彼女たちは祈ることしか考えられなくなります。これを埋め込むことにより、『門』より来る疫病を浄化させます。『彼女たち』の祈りは、必ずや帝国の礎に』
また、ズィーの瞳の中に、幻視が映し出された。
そして同時に、あの女性の声も。
『「□□□」、あなたには古き浄化の力があるの。集中し、この世界の流れを把握して、絡まった糸をほどく力を固定化させるのよ。さあ、唱えてみて……』
「うわあああああっ!!!!!」
ズィーの身体から、青い光がほとばしった。身体に刻まれた紋様が、青く光り輝いている。
あたりを、青い光が満たしていく。
「なんだこの光は……、そんな馬鹿な! 魔素が消失していってる!?」
手にした魔量計のゲージがぐんぐんと下がっていくのを見て、ブルグミュラーは驚愕の叫びをあげた。
ズィーの身体から放たれた光は、触れた魔素を青く染め上げ、無害化していく。そして、光に包まれたパウルの身体も魔素が消失し、皮膚の色も白く戻っていく。
『どうか、良き未来が訪れますように』
幻視の中で、自分の声で紡がれる祈りを他人ごとのように聞きながら、ズィーは意識をゆっくりと手放していった。
次回予告
危機を脱した隊員たちは、遺棄された司令部に到着する。
そこでようやく温かい食事がとる一行。
しかし、寄り合い所帯ゆえのあつれきが表面化する。
シグルドリファの下した決断とは。
次回「少女の祈り④」
将校は、どす黒い孤独の中に立っている。




