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少女の祈り②

 1日後。

 

 日が西に傾く中、補給処から少し離れた森の中で、鋼鉄の虎とそのクルーたちは息を潜めていた。

 夏の太陽がじりじりと照り付け、ハッチを開けていても車内の温度は快適とは言い難いほど上がっていた。


「やはり、ここの魔族の活動は停止していないな」


 キューポラから上半身を晒しながら、眼帯を引き上げ、蒼く光る右目……、魔眼で観察しつつ、シグルドリファはつぶやいた。


 彼女の瞳は相当に離れたこの場所であっても、基地の方向で魔力の塊があちこちに動く様子を感知していた。


「不用意に近づくと感知されますね。森の中でも魔動機(エンジン)の音は通ります。平地よりマシですが」


 操縦席真上のハッチから顔を出したブルグミュラーは、指揮官の思考を補足するように言った。季節は夏の盛りであり、その額には汗がにじんでいる。


 対照的にどういうわけか、シグルドリファは汗ひとつかかず、冷厳とした態度を崩さない。


 これだからエルフの将校サマは、と車内で折りたたみ式の装填手用の席を出し、どんと座っているシノはその背中を見ながら、心の中でつぶやいた。


 シノの心中のつぶやきを聞きつけたかのように、不意にシグルドリファは彼女の方を向いた。


「可能なら先手を取りたい。シノ軍曹、偵察を命ずる」


 それを受けてシノはふん、と不敵に鼻を鳴らした。


「まあ、こんな狭い場所で日がな一日座りっぱなしじゃ体がなまる。だいたいの建物の位置だけ確認すればいいか?」


「構わない。最優先事項は貴官の身の安全だ」


「お優しいこって。だが、連絡はどうする? 無線機が無いから即応性に欠けるぞ」


「問題ない。ズィーを連れていけ」


 その言葉に、車内の全員の顔がシグルドリファ、次いでティーゲルの前部右側にある無線手席に座っている少女の方を向いた。


「え、わたし?」



 

「ふええ、せっかくの服が汚れちゃう」


「黙ってろ新兵。歩兵っていうのは泥だらけになってナンボだ。それにおしゃべりは遠くまで届くぞ」


 シノの脅すような言葉に、ズィーは慌てて手のひらで口をふさいだ。


 道路からやや外れた下草が生い茂る雑木林を、シノを先頭にしてふたりは腰を落とし、ときには這いつくばって進んでいく。ズィーの目立つ金髪はまとめて野戦帽に押し込んである。


 森の中は路上のように日も差さないため、戦車の中よりまだ涼しく、あちこちで小鳥や虫の鳴き声が聞こえる。


 どうせなら戦争なんかするよりピクニックのほうがよかったな、とつぶやきつつ、彼女はシノが切り開いた道をたどってゆく。


 出発時になぜ足手まといを、と言いかけたシノの抗議は、新兵の育成だと思え、と却下され、彼女は苦々しく受け入れた。

 さらに言えばシグルドリファにとって、偵察にズィーを同行させるべき理由があったのだ。


 やがて彼女たちは、森の切れ目に到着した。そこからはやや遠いながら、魔素補給処の全容が見渡せる。


 大きさは学校の敷地くらいだろうか、全周に金網が張られ、中心には目を引く大きな機械設備が据え付けられていた。

 エーテルを汲み出し魔素に転換する装置だ。


 その周辺に司令部と整備工場らしきコンクリート構造の建物、宿舎とおもえる木造の建物、そして監視塔が2つほどある。


 道路につながる入口周辺では、人の体に豚のような頭を乗せた種族、オークがひとり見張りをしていた。


 15年前に当時のエルフィラント首都、コーモゥスに巨大な白銀のドラゴンが現れ、「偉大なる指導者」ファフニールを名乗った。


 その竜はすべての種族を統合し平等な社会をつくる、と宣言したとき、オークは真っ先にその宣言に賛同し、部族を挙げて魔軍へと参画した。


 最初期に魔軍へ加わったために、その後にエルフィラント帝国の統制を離れて加わったゴブリンらなどを指揮する立場となっている。


「おとなしくしてろよ。あいつらは匂いに敏感だから、アタシたちの匂いを嗅ぎつけられるとまずい」


 流れるような動きで伏せると、肩にかついでいた短機関銃を手に持ちかえ、風向きを確認しながらシノは言う。


 低木の枝の隙間からのぞき込むように顔を出し、まだ口を手で押さえていたズィーはこくこくとうなずいた。


「手早く済まそう。ちびっ子、この距離で、戦車の指揮官サマと念話とやらはやれるか?」


「やってみる」


 そっと手を口から離し、ズィーは応えた。


 そう、リスクを承知で彼女が同行したのは、コーモゥスでも使ったエルフ同士が可能な念話により、ティゲール側に基地の様子を伝えるためだった。


 検問所で負った損傷個所の修理もままならなく、ティゲールは無理押しができない。

 だからこそ基地の構造を把握し、それを元に突入地点を定め、後退してきた2人を拾ったあとに攻撃する。


 それがシグルドリファたちの作戦だった。


 呼吸を整える。出発する前にシグルドリファに教えてもらった念話のつなぎ方を試すために、ズィーは目を閉じた。


 森の木々を通して、心と心を結びつける。それから考えを相手に送る……。


『……さわさわとそよぐ枝、その揺らす風に乗せて想いを届けるのよ、『□□□』。大丈夫、あなたとわたしならもっと強くつながれるのだから』


「……え」


 突如として、ズィーは自分が抱きしめられるのを感じた。

 その女性は優しい声で語りかけてくる。 

 長い金髪がさらさらと眼前で揺れていた。

 さながら幻燈(ファンタズマゴリア)のように。


 いや、これはいつか見たことがある「現実」……?


「(……ズィー、ズィー。聞こえるか。こちらシグルドリファ……、これ……は……)」



 

 一方、ティゲール側では。


指揮官殿(コマンダント)!?」


 ぎし、という音とともに車長用椅子にもたれかかったシグルドリファに、パウルとブルグミュラーは驚いて振り向く。


「だ、いじょうぶ……だ。問題はない」


 シグルドリファは、何でもないように答えた。


 が、ただでさえ白いその顔は、早朝の雪のように蒼白くなり、荒い息が口から漏れている。


「しかし」


「問題はない。それより作戦を変更する。砲手、主砲を間接射撃に切り替えよ」


 その声に、2人はぎょっとした顔をする。


「待ってください、間接射撃は観測所からの照準があってこその射撃です。ここからは直接には基地が見えないのですから、漫然と撃っても当たりません」


 作戦中は士官の命令に反駁しない、という不文律を破り、いまのエルフィラント軍にとって、宝石のように貴重な、正規の砲術学校アルティレリスシューレで教育を受けているパウルが進言する。 


「問題はない」


 が、シグルドリファは断固として命じた。


 彼女の指は、車長用の操縦パネルに計算式らしき物をなぞっている。


「見えているのだ、わたしには」



 

「おい、ちびっ子、大丈夫か!?」


 いきなり瞳の焦点が合わなくなったズィーの異変を感じ取り、シノは身を寄せ、小声で呼びかける。


「だ、いじょうぶ。それよりふせて……、いまから、ティゲールの、砲撃を、かいしするって」


「おいマジかよ」


 虚ろな声で剣呑なことを聞かされ、シノは慌てて伏せた姿勢からさらに頭を下げる。


「クソっ、あの指揮官サマ無茶しやがる!」


 ほどなくして、シノにとって聞き慣れた音……、砲弾が大気を切り裂く音が聞こえてくる。それは頭上を飛び越し、彼女たちから離れたところにある監視塔のひとつを吹き飛ばした。




「初弾命中。距離3800、榴弾39、左2度修正、3度下げ。司令部を狙う」


 ティゲールではブルグミュラーが装填役を務める中、パウルは感情を排し、ひとつの機械(マン・マシーン)と化してハンドルを回し、指示通りに計器の数値を合わせていた。


 信頼する上官が、偵察に出ているふたりを誤射しないように祈りながら。



 

「すげェ……」


 シノが呆然と見つめている中、また一発、建物に命中した。


 ティゲールの位置からはまったく見えないはずの基地の建物が、砲弾が着弾するたびに破壊されていった。


 建物の中にいた魔族たちも、外に逃げ出したはいいが、どこから砲弾が飛んでくるのかすらわからないまま吹き飛ばされ、塵と化していく。


 先ほどまでいた見張りのオークは逃げたのか、いつの間にか姿を消していた。


「ん、わかった……、シノさん、シグルドリファさんが戻ってきてくれ、だって」


「お、おう」


 こちらを見たズィーの顔に、歴戦の降下猟兵はほんの少し頬が引きつるのを感じた。


 いつもは若葉が萌えるような緑に輝いている瞳は、まるで彼女たちの指揮官の右目のようにほの蒼く発光していた。

 次回予告


 敵基地を破壊したティゲール。

 燃料を補給すべく破壊された基地に侵入するが、生き残った魔軍の襲撃を受けてしまう。

 応戦中、汚染物質である魔素が漏れ出してしまう。パウルの運命やいかに。


 次回「少女の祈り③」

 無垢なる祈りが、奇跡を起こす。

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― 新着の感想 ―
エルフってのはこういう事が出来るんですか…互いに遠距離で意思疎通できるなら、確かに弾着観測も可能ですね。少なくとも正面から突入するよりは余程楽です。ただ二人の負担の大きさなどを含めると…どこかの世界の…
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