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少女の祈り①

 今日は本当に危うかった。魔族の狂信的な意志を舐めてはいけない。

 でも、ズィーちゃんにあんな力があったなんて。


 帝暦9145年 8月19日


 ーーパウルの日記


 


「パウルくん、どう? 似合う?」

 

 降下猟兵の野戦帽をかぶった少女が、舞うようにくるりと体を回した。

 大人の服を仕立て直したと見える、いかにも野暮ったい農民の服だが、ズィーが着ると農家のあまり光が入らない部屋の中であっても、華やかさがにじみ出てくるように見える。


 エルフのひとたちってみんな綺麗だけど、なんかズィーちゃんは別格だな。


 服を身体に馴染ませるかのように動くズィーを見ながら、パウルはぼんやりと思った。


 検問所突破から一夜明けての朝。

 休憩を挟みつつ、魔を統べていた首都から離脱していく途中、かれらは幾年も前に人がいなくなったらしき廃村を見つけた。

 食料をはじめこれからの旅に必要な物資を探し集めるため、シグルドリファは乗員に手分けして家々を巡るように命じていた。


 特にズィーは、持ち物は身にまとっていた薄いローブだけだ。


 夏のさなかである今ならともかく、冬に向かうこれからの旅に、これ一枚では心もとない。


 なので、パウルと一緒に「調達」のために家々を巡っていたとき、ある一軒の農家から彼女の丈に合う服を見つけることができたのだ。


「……でも、勝手に持っていってもいいのかな。この家の人たちが戻ってきたとき、困らない?」


「そうだね、じゃあお金を置いておこう。僕たちがヴェルイーンに帰り着いたらお給料も出るだろうから、あとで戻ってきたときに足りなかったら払おう」


 パウルは財布から1枚の紙幣を取り出し、タンスの中に忍ばせる。


「ありがとうパウルくん! あ、わたしにもお給料は出るのかな」


「出ると思うよ」


「それならいいなあ。貰ったらその時に返すね!」


 無邪気に笑うズィーを見て、パウルも寂しげに見えないよう、感情を押し殺して笑った。


 もう、この村にはかつて住んでいた人々は帰ってこない、という事実を隠すように。


「ところで、何か思い出せることはあった?」


 自分の心の内を見せないように、パウルは話題を変える。


 しかし、返ってきたのはズィーの曇った表情だった。


「まだ何もわからない。ただ覚えているのは、ズィー(彼女たち)という言葉だけ」


 しまったな、とパウルは思う。いささか軽率だった。


 少女は保護されたときから、自らのことは名前ともいえない単語しか、覚えていなかったのだ。


「家や家具を見てみたら、何かを思い出せるかな、とは思ったけど、楽観的だったかな」


「まあ、そのうち思い出せるよ! 手伝ってねパウルくん!」


 笑顔に戻った少女を見て、パウルも笑った。今度は交じり気なしに。




「状況を整理しよう」


 荒れ果てた村を一通り探索したパウルたちは、ほかの隊員と合流し、村長の家らしき大きな家に集まっていた。


「最優先の任務はヴェルイーンへの帰還。道中は可能な限り幹線道路を使うが、魔軍の部隊がいると予測される場所はできるかぎり避ける。が、連続した戦闘のせいでティゲールの燃料がひっ迫しているのが現状だ」


 ティゲールの重要書類などを入れる隠し物入れに入っていた、大陸全体の地図を食卓であっただろうテーブルに広げながら、シグルドリファは皆に告げる。


「これを見てもわかるように、ティゲールの燃料であるエーテル、もしくは魔素を補給できる補給・整備処は、幹線道路沿いにいくつかある。しかし、昨日のコーモゥスの戦いをかえりみると、各補給処には魔軍はまだ、相当な数が生き残っているはずだ」


「やつらは魔素への転換装置を持ち込んでいるでしょうからね」


 ブルグミュラーが補足する。


 異世界由来の魔族にとって、この世界の魔力では体を維持することはできない。


 帝歴9135年の魔族の侵略当初、かれらはコーモゥスから出てくることがなく、当初は首都奪還計画が立てられていた。


 しかし、ほどなくして魔族は侵攻を開始した。


 かれらは大陸各地にあるマナポイントと呼ばれる、自動車や飛行船に補給する魔力を物質化した液体、エーテル補給処を最優先に狙っていった。


 そこから湧き出る魔力を、大地に張り巡らされている魔力の路、通称レイ・ラインを通じてコーモゥスの異界に通じる「魔力門」からあふれ出る魔力を流し込み、かれらに適合するように「精製」し「魔素」と呼ばれる危険な物質に仕上げた。


 そして、捕らえたり恭順してきた人間や亜人を、かれらの魔力で変化させ、尖兵へと仕立てあげたのだ。 


「ティゲールの航続距離を考えると、ヴェルイーンに到着するまで、補給処には最低でも4カ所、戦闘を考えると5カ所は立ち寄る必要がある。さらに残燃料も厳しいことを鑑みると、第一の候補地点はここだ」 


 シグルドリファが指さした地図の一点を見て、戦車兵のふたりは眉をひそめた。 


「どうした、食った肉がのどにつかえたような顔して」


 と、いかにもなオーガらしい言い回しでシノがからかうが、ブルグミュラーは苦い顔をして言った。 


「ここは1年半前の冬期攻勢のとき、コーモゥスに一番近づいた我々の最後の補給地点だよ。あの時、街に立ち並ぶ尖塔まで見えたんだ」

 次回予告


 シグルドリファたちは敵の補給基地へと向かう。

 ティゲールは損傷のため、無理はできない。

 偵察に出たシノとズィー。敵基地の前で、ズィーに異変が起きる。


 次回「少女の祈り②」

 霧の中の過去が、少女を見据える。

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― 新着の感想 ―
愛国心がないのかこの重戦車には!(定番の罵倒) 整備補修の他に燃料ですよね、戦車の問題は。種類がなんであれアホみたいな分量の燃料を搭載して、500キロも走れたら燃費に優れると評価される奇妙な工業製品で…
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