自由への突破②
「被害は少ないですがこれは……」
十分に離脱した、と判断し、森の空き地にシグルドリファは、不快な振動が続くティゲールを停車させた。
降車し、被弾個所の点検に入ったブルグミュラーの顔が曇る。
「魔術障壁と吊り下げ式装甲のおかげで被害はだいぶ軽減されましたが、一部の転輪とその支柱に歪みが出ています」
「修理は可能か」
「現在の状況では、すぐには無理です。時間をかければ自己修復機能である程度治りますが、この状態で速度を出すと悪化しますね。最悪、振動で魔動機まで故障します」
ブルグミュラーからの報告に、黒衣の指揮官はその整った眉を寄せる。
「まず確実に、あの検問所から敵本体に連絡が行われている。可能な限りの速度で離脱したかったが、それはもうかなわないか」
エルフの指揮官は左手をあげ、軍用の無骨な腕時計を確認する。
「日没まで3時間。しばらく行ったところで森がまばらになる箇所がある。そこでコーモゥスから来る敵を迎撃するぞ」
「夜戦かよ。難しい戦いになるな」
狭い車内を嫌って、ハッチから上半身を出していたシノがぼやいた。それにシグルドリファが応える。
「少なくとも有利な点がひとつある。ここはコーモゥス。わたしはこのあたりの地形を隅から隅まで知り尽くしていることだ」
かつてこの地を支配していた支配階級の重みをもって、永きを生きるエルフは言い放った。
森が切れて丘陵地帯に入る地形、そこがシグルドリファの選んだ迎撃場所だった。
到着してすぐ、ティゲールのクルーは待ち伏せの準備にかかる。
ズィーも手伝い、あちこちから切り出した木の枝を戦車の車体にくくりつけ、工業製品につきものの直線のシルエットを崩し、偽装効果を高めていく。
その間、シグルドリファは地形を確認し、ぬかるみがないかを確認し、車体が隠れるほどの傾斜がある場所を選定していく。
作業が終わると、800mほど離れた低木の茂みに車体を移動させ、森から出た直後の敵からはとっさに視認できないような位置取りをしてから、魔動機を切る。
そして、ティゲールは肉食獣が獲物を待ち伏せするかのようにうずくまった。
午前4時。
夜の闇が、あたりを覆いつくしている。
雲がないおかげで星明りが地を照らしているのがまだありがたい点だろうか。
満天の星空の下、ティゲールは森の入り口を睨んでいた。
室内灯も消された闇の中、パウルは眠気覚ましとして配布されていた、強化カフェイン入りの缶入りチョコレートを手探りで取り出し、ひとかけら割り、かじる。
苦味のあとにくるほんのりとした甘みは心を和ませてくれる。
その小さな幸せを噛みしめていたとき。
「来たぞ、戦闘準備!」
叱咤するような指揮官の声がヘッドホンから響き、たちまち心が引き締まる。
だが、距離測定用などの各種目盛りが魔力光で強調された照準器には、夜の闇に沈んだぼんやりとした森からの入り口しか映っていない。
「隊長殿、こちらは視認できず!」
「待機せよ。じきに見えてくる」
上半身を司令塔から出し、首を左右に動かし周辺を見つめながらシグルドリファは返す。
右目を覆っていた眼帯ははずされ、暗闇の中、こうこうと蒼く光る瞳がさらけだされていた。
まるで鬼火のように。
「強化兵の数は15、内訳は先頭に小型が2頭、中型が12に大型が1、大蜘蛛にオルグにトロル、といったところか。随伴歩兵はいないようだ」
「15!? いくら何でも多すぎるんじゃねェか」
即座に装填できるよう、徹甲弾を股に挟むように抱えていたシノがおもわず言葉を漏らすが、パウルは安心させるように落ち着いた声で返した。
「大丈夫ですシノ軍曹。われわれはもっと押し寄せた強化兵どもを撃退したこともありますから」
「……信じてるぜ、戦車屋さんよ」
その言葉の余韻が消えないうちに、パウルが鋭く叫ぶ。
「見えた!」
彼がのぞき込む照準器には、森の切れ目から這い出る1頭の大蜘蛛のシルエットを捕らえていた。
続けて2頭目が出てきた。
「まずは足の速い大蜘蛛から狙っていく。右から狙え。砲手、外すな」
「了解」
乾いた唇を無意識に舐め、手元の砲角度を操作するハンドルを慎重に回し、狙いを定める。
ティゲールは魔動機から供給される魔力を使い、砲塔を動かせるが、活性化した魔力や音で感知をされないように魔動機を止めているいま、人力での旋回になっている。
2頭の大蜘蛛は、後続を待つつもりか足を止める。
それを熟練の砲手は見逃すことはなかった。
「撃て!」
シグルドリファからの号令とほぼ同時に、パウルは発砲する。
停車しているおかげで車体が安定し、十分に照準時間があったティゲールの一撃は、夜間にもかかわらず初弾で大蜘蛛を爆散させた。
「次、左の大蜘蛛、撃て!」
戸惑ったように体を傾けた大蜘蛛を、ティゲールの2撃目が貫く。
奇襲を受けた、ということすら理解できないまま、もう1頭の大蜘蛛も魔素を噴き出しながら炎上する。
「後続が散開した。森の中から強引に出てくるぞ。3発射撃したら陣地転換する。各員用意!」
「「了解!」」
まるで見えているかのように命令を下す黒衣の指揮官に応え、パウルとブルグミュラーの声がヘッドセットから響く。
ティゲールはそのまま3度射撃し、2頭のオルグを仕留めることに成功した。
発砲炎を目ざとく見つけた他のオルグ、そしてオルグをさらに強化したとされるトロルがティゲールの潜む方向に魔力弾を撃ち出した。
しかし、完全に位置を把握したわけではないらしく、その弾道は高く、当てずっぽうの方向に飛んで行く。
「陣地転換だ! ポイントBに向かえ!」
ハッチを閉めながら車内に入ったシグルドリファの号令に従い、ブルグミュラーは魔動機を始動、後退し方向転換すると、あらかじめ決めておいた次の地点に向かう。
いま隠れている茂みは見つけられにくくはあるが、発見されると車体が露出していることもあり、比較的装甲の薄い車体下部に敵弾が命中する可能性もある。
完全に見つけられる前に、車体を隠せる場所に移動するのが防衛戦のセオリーであった。
シグルドリファに誘導されつつ、こんもりと前方が盛り上がった傾斜地、すなわち車体が隠れ、相手からは砲塔しか見えない場所にティゲールは停車する。
後方に車体が傾斜しているので、パウルは砲を俯角、つまり下向きに角度をつける。
その間にもシノは暗い車内の中、床の弾庫から主砲弾を出していく。
闇に紛れつつ地形を利用することで、見つかることなく先ほどまでいた地点と道路を挟むようにしてほぼ反対側の地点まで移動できていた。
おかげで森に隠れているオルグたちは気づいていない。最初の茂みの付近を、やみくもに射撃している。
「砲手! 2時方向、目標、トロル! 距離900m!」
黒衣の指揮官の声が、戦乙女の激励のように響いてくる。
それに導かれるように、パウルはレバーを押し込む。
勘か、何かを感じ取ったのか、トロルは振り向きかけた。
だがすでに遅かった。正面からならティゲールの砲撃にも耐えられる魔術障壁、その切れ目を縫うように命中した徹甲弾は、その体をやすやすと貫く。
巨木が倒れるかのごとく、ゆっくりと力を失ったトロルはあおむけに斃れ、直後に爆発した。
その爆発を見た生き残りの強化兵たちは露骨に浮足立つ。
腕にはめた時計をちらりと確認し、夜光塗料が塗られた針の指す時刻を確認したシグルドリファは命じる。
「魔術障壁展開! 射撃戦に入るぞ!」
「了解!」
魔術障壁を展開すると、防御力は跳ね上がるがその代償として燃費の悪化、魔力弾の形成が不可能になる。
さらに夜間では、青白く光る障壁は容易に視認される。
それらのデメリットを打ち消す何かがあるのだろうか、と思いながら、魔術障壁を展開するダイヤルをブルグミュラーは回していく。
はたして蒼い発光を見つけたのか、敵弾がこちらを向きだした。
しかし、その狙いは明らかに乱れている。そしてシグルトリファの指示のもと、オルグたちは手もなく爆散していく。
その理由を、ブルグミュラーは操縦席の窓から見える、徐々に輪郭をはっきりさせていく敵影で悟った。
夜明けだ。
30分後。
がちゃり、と音を立てロックが外され、ハッチが水平に回ると、ティゲールの司令塔からシグルドリファが上半身を現す。
昇る太陽を背にして、戦場を見渡すその目の前には、倒れ伏し体のあちこちが吹き飛んだ魔族の強化兵が累々と横たわっていた。
「残存の敵追撃部隊は撤退した。これより行程を再開する」
彼女の声に、クルーたちは息を吐いて座席にもたれかかった。
ふと、シグルドリファは背後を仰ぎ見た。
彼女の背中を、昇っていく太陽が照らし出している。
「黄金の流れか」
日が昇り、丘の稜線を太陽の光が満たしていく様子をたとえた言い回しをつぶやく。
それを見れたものは幸運がやってくる、とも伝えられている。
黒衣の指揮官は祈るように頭を下げると、将校帽をかぶりなおした。
そして、喉に巻いたマイクに手を当てると叫ぶ。
「戦車前進!」
次回予告
旅を続けるため、かれらは廃村へと入る。
物資、それに燃料をどう調達するか。
積み重なる難題を前に、シグルドリファの手が地図の一点を指し示す。
次回、「少女の祈り①」
つのるは過去の後悔。




