自由への突破①
「砲手! 2時方向、目標、トロル! 距離700m!」
シグルドリファの美しい声がヘッドホンを通して聞こえてくる。
まるで戦乙女のささやきのようだ、とパウルは一瞬思った。
しかし、魔族の特級強化兵……、トロルが凶暴さをあらわにした形相で振り向く様子が、照準器いっぱいに映し出され、雑念は一気に押し流される。
恐怖に蹴落とされぬように歯を食いしばり、パウルは悪鬼に向けて主砲発射レバーを押し込んだ。
時計を1日、巻き戻す。
「まず、状況を整理しよう」
コーモゥス奇襲後、森で一夜を過ごしてから朝日とともに隊員は行動を開始した。
森に流れている小川で水筒を満たし、各自が携行していた特殊行糧と呼ばれる薄焼きのパンを食べてから、シグルドリファは寝ているズィーを除く乗員を集める。
彼女は地面に木の棒を使い、周辺の大雑把な地形を書いていく。
「コーモゥスへの奇襲が成功し、門が破壊され魔素を大量に必要としていた上級魔族がのきなみ消えたことにより、魔軍は混乱状態に陥っている、と推察される」
そこまで説明すると、黒衣の指揮官は各自の顔を見回す。
「しかし、すでに一日が経過しているとなると、少なくともある程度は混乱は回復しているはずだ。その前提をもとに各自、意見を出してくれ」
「魔軍の混乱が部分的にも回復しているのなら、我々の捜索に兵力を集中すると考えられるわけでしょうか」
ブルグミュラーの問いに、シグルドリファは首を振った。
「我々の作戦は極秘で進められていた。なので相手はどれだけの兵力がどこに潜んでいるのかまったくわからない。さらに『偉大なる指導者』を自称する魔軍の首領、ファフニールがヴェルイーン周辺で確認されている」
指揮官は棒を、地面に描いたコーモゥスを現す丸に指す。
「ならば、敵の主力もすべて前線に投入されていることになる。そうなると、留守部隊は我々が何らかの方法で大部隊を展開してきたのではないか、という疑問を捨てきれず、まず守りを固めることを優先する」
「くわえて魔素の供給が断たれたのなら、大規模な作戦行動もできなくなり、守りに徹することしかできなくなるということですね」
「そういうことだ」
パウルの言葉に、シグルドリファはうなずく。
「しかしまァ、相手にとってはメンツを潰されたわけだから何がなんでも潰しに来ないか? しかもメシの源を切られたわけだし」
「いい疑問だ。態勢が整ったら確実に我々を殲滅しにくるだろう。その前に我々はコーモゥス周辺を突破し、離脱しなければならない。やつらは我々の規模を把握していないが、内実が知れたら確実に我々を狙ってくる」
シノの言葉にそこまで答えると、指揮官は顔をあげ、改めてクルーたちの顔を見回した。
ちらり、と左腕にはめた軍用時計を確認する。
「これからは時間との戦いになる。各自、十分な覚悟をもって動くように」
がたがたと音を立てながら、森の中の曲がりくねる砂利道をティゲールは走っている。
街道は確実に大規模な検問所があるので、遠回りになるのを覚悟のうえで支道を行くことにシグルドリファは決定したのだ。
コーモゥスの戦いで魔力弾を使用したため、目に見えて減った燃料計をにらみつつ、可能な限り燃費の良い運転をブルグミュラーは心がけていた。
単調な運転がゆえに、思考は運転とは別の方向に向く。
いつしか彼は、今回の作戦がいかに綱渡りな作戦だったかを思い起こしていた。
大嵐と名付けられた今作戦は、あまりにも未成熟かつ、大規模部隊の展開など不可能なほどわずかな容量しか転移できない、怪しげな転移門なる新開発のテクノロジーに頼ることから始まった。
投入できる兵力は、装甲車両5両を含め、完全武装をさせた人数が300名程度。
コーモゥスに開き、異界から魔力を流し込んでくる通称「魔力門」の場所は明白であり、かつ移動などはさせられないということを差し引いても奇襲にすべてを賭けるしかない。
失敗したら兵士の命を無駄に失う作戦をするくらいなら、可能なら転移門を海などにつなげて洪水を起こしてしまえばいい、とも考えてしまう。
だが、すぐに2つの問題点があることに思い至る。
まず第一に、たかだか2個中隊程度しか送り込めない転移門で、魔力門を押し流せる量の水を転移させられるのか。
第二に、それだけの量を転移できるにしても、コーモゥスを「聖都」とするエルフたち上層部、とりわけ女王陛下が絶対に反対する
なにしろ女王とその重臣という名の取り巻きは、コーモゥスからヴェルイーンへいわば「疎開」しているようなものだ。
そんな「西方の守護騎士」の居城を間借りしている状態なのに、自分たちの最重要な領地を破壊することなど耐えられないだろう。
軍事的合理性と政治はしばしば相反するが、その典型例が今回の作戦だったのかもしれない。
などと、とりとめもなく考えているブルグミュラーの耳に、
「操縦手、全速!」
という命令が響いた。
一瞬で帝国学院の研究者の思考から兵士に戻った操縦手は、体に染みついた動きでクラッチを踏み込み、エンジンの回転に合わせ変速機を「高速」へと切り替えていく。
車内にんぎゃ、とどこか可愛い悲鳴が響き、車体の前方に位置する通信席に座っていたズィーが、驚いたように外部監視装置越しにあたりを見まわす。
「何事ですか、隊長殿!」
その問いには答えず、黒衣の指揮官は司令塔から上半身を乗り出し、あたりを見回した。
速度を出しているため、ごうごうと鳴り響く風に負けじと声を張り上げる。
「これから約2km先、検問所が設置されている。強化兵が1頭いるぞ。総員、戦闘準備!」
「は? こんな森ン中なのにわかるのかよ」
その大柄な体ゆえに、いきなりの急加速で頭をぶつけ頭を片手で押さえていたシノが、信じられないような声で聞いてくる。
「隊長殿は負傷されてから勘が鋭いんです。しばしば敵の先手を取っていくんですよ」
「すぐにわかる。装填手、黄色、榴弾込め。物見櫓をまず狙うぞ」
パウルの言葉に信じがたいように首を振りつつも、シノは半信半疑ながら壁面に取り付けられたラックから榴弾を手に取り、装填する。
曲がりくねっている道ゆえに、最高速度である時速60kmまでは出せないまでも、砂埃を盛大にあげながらティゲールは道を猛進していく。
「見えた! 砲手、10時方向、目標、物見櫓! 用意!」
周辺を監視するために造られ、森の木々より頭一つ抜けた高さを持つ物見櫓を視認した指揮官の叫びとともに、走っていたティゲールにブレーキがかかる。
履帯が砂利を滑るほどの急制動に耐えながら、パウルは車体が完全に止まるのを待つ。
完全に停止してからほんの1、2秒で砲の揺れは止まった。ティゲールに装備されている優秀な砲安定装置のおかげだ。
照準を気持ち程度、上に向ける。
発砲前の砲身、特にそれが長砲身ならば、その長さゆえに自重で垂れ下がり、砲弾がやや下方に着弾するからだ。
「撃て!」
シグルドリファの号令とともに、パウルはレバーを押し込む。
蒼い光を曳きながら飛んでいった砲弾は、パウルの狙いよりややずれて、物見櫓の右の柱に炸裂した。
「もう一発だ、撃て!」
素早く照準を修正する。左右の修正とは別に、今回は初撃とは逆に、照準を下げる。
射撃したことにより熱で砲身が膨張し垂れ下がりが弱まり、弾道が上を向くからだ。
2射目は狙いあやまたず、櫓を中心に配置してある柱の中程を深くえぐりとった。
ゴブリンらしき兵の絶叫とともに櫓が倒壊していく。
司令塔から出していた身体を車内に引っ込めハッチを閉めつつ、シグルドリファは矢継ぎ早に命令を下していく。
「操縦手、発進せよ! 同時に魔術障壁を展開! 装填手、黒、徹甲弾!」
停止していたティゲールが、再度砂利を巻き上げ猛烈な勢いで発進した。
みるみるうちにテントや丸太小屋などしかない簡易的な検問所が見えてくる。
その中にあるもっとも脅威度が高い敵を見定め、シグルドリファは叫んだ。
「砲手! 1時方向、目標大蜘蛛! 撃て!」
大きさは5mはあるだろうか、道をふさぐように横たわっている魔素によって肥大化させられた巨大な蜘蛛が、慌てるようにティゲールの方向を向こうとしていた。
敵に魔力弾や酸を浴びせかける、口腔にある発射口がこちらを向く直前、ティゲールは停止する。
放たれた徹甲弾が体を貫き、蜘蛛は爆発した。
丸太小屋やテントを砲塔同軸機銃で掃射しつつ、前面が蒼い光に包まれた重戦車は、丸太を積んだ車両用バリケードを弾き飛ばし、強引に検問所を抜けていく。
そのときだった。
鋼鉄の暴風に見舞われた検問所の生き残りであるゴブリンが、森の中から使い捨ての魔法杖を取り出した。
抱き抱えるようにして構えると、ティゲールの側面に向けて発射する。
杖から放たれた魔力弾は吸い込まれるようにティゲールの車体側面に飛んでいく。
ティゲールの車内に衝撃が走った。
同時に、車内の振動がさらに激しくなっていく。
「止まるな! 離脱を優先しろ!」
黒衣の指揮官に叱咤され、ティゲールは検問所から離脱していった。
次回予告
検問所は突破できたが、ティゲールは足回りに傷を負ってしまった。
無理な突破は不可能と判断したシグルドリファは、追撃部隊を待ち伏せを行う。
次回「自由への突破②」
闇中の戦い、結果は吉か凶か。




