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その旅路は長く遠く③

 そして時計の針は、現在に戻る。


戦車前進(パンツァー・フォー)!」


 号令とともに、ティゲールは履帯をきしらせながら、機材の搬入に使われていたであろう広い扉に突入する。


 大音響とともに、扉が弾け飛んだ。


「『緑の広場』までは約8km、速度を優先する。ベルスカリタ大通りを行くぞ」

 

 かつてここがエルフと人間の都だったときの通りの名を、シグルドリファは言う。

 扉の残骸を踏みにじりながら出てきたティゲールは、魔力障壁を切ると石畳が敷き詰められた通りを猛進と言えるスピードで飛ばしていく。


 その姿に展開していたゴブリンやオークを主体とした兵士たちは仰天するが、車体に描かれたドラゴンを見て、自軍と勘違いしたのか銃を振り上げ歓声を上げるものもいる。


「シノ軍曹、大砲はわかるか?」


 その問いに戦車の乗員たちとはまた違った、細かくパターンが刻まれた迷彩服をまとった女オーガは不遜な笑みを浮かべる。


「降下猟兵を舐めるなよ。たいていの火器は使い方は知ってる」


「では、装填手を命じる」


「言うと思った。だから乗りたくなかったんだ」


 肩をすくめるシノに構わず、シグルドリファは説明を続ける。


「弾頭が黒なのは徹甲弾。黄色が榴弾だ。差し当たってそれだけ覚えろ。装填する弾種の指示はこちらで出す。装填するとそばのスイッチが点灯するので、それを押したら安全装置解除だ」


「へいへい。装填する時は拳固でってね。開いてると指を食いちぎられちまう」


 その間にもパウルは主砲照準の調整を行っていた。

 できうることなら停止した状態で調整したいが、そのような暇がないのは痛いほど理解している。

 なので、市街地戦であることも考えて500m先の幅4m、高さ3mほどの物体に砲弾が当たるように調整していく。


「パウルくん」


 騒音に満ちている車内の中、ふと何故か、ズィーの声が聞こえた。


 声の方向を向くと、所在なげに前方の通信員席に座り、こちらを向いているズィーの姿が見えた。その頭にはいつの間にか、あの降下猟兵の野戦帽が乗っている。


 安心させるように、パウルはにっこりと微笑んだ。それに応えて彼女も小さく手を振る。



「あと1分で『緑の広場』に到着します!」


 道路標識を読み取ったブルグミュラーの警告の声に、パウルは気を引き締めなおす。


「右手の路地に入れ。状況を確認する」


了解しました(ヤヴォール)!」


 巨体とは思えないほど滑らかにティゲールは路地に入り込み、その中にあった空き地に停車する。

 そこからは1本の道が伸び、「緑の広場」と呼ばれていた、かつては市民が憩う公園であり、あるときは軍隊のパレードが行われていた広場の全体が見渡せた。


 あたりに敵歩兵の姿がないのを確認し、シグルドリファは上半身を乗り出した。右目を覆う眼帯をめくり上げる。


 異形の眼だった。


 左目が深い緑に対し、右の瞳は蒼く輝き、瞳孔は獣のそれのように縦に伸びている。


 魔眼、と称される眼であった。


「状況は悪いな」


 驚異的な視力で「緑の広場」の現況を見て取ったシグルドリファはつぶやいた。


 撤退してきた挺身隊は停止した転移門(ポータル)の周りであちこちにバリケードを築き、円を描くように陣をしき防御を行っている。


 皮肉にもその門は、「偉大なる指導者」を自称する魔族の始祖、ファフニールを象った高さ27mはある巨大なドラゴンの像の基礎に生成されていた。


 挺身隊の攻撃開始時、場所が場所であったため魔軍は「偉大なる指導者の像を傷つけるおそれがある攻撃をするべきか」の判断がつけられず、混乱が起きた。


 その隙を突き、戦力を展開できた挺身隊は魔力門を破壊、作戦を成功させたのだ。

 しかし、もう奇襲効果は失われている。加えて、戦争は撤退戦こそ最高に難しい。


 上級指揮官を丸ごと失いつつも、それでも圧倒的兵力を持つ魔軍は挺身隊を完全に包囲していた。


 まるで彼らを石臼で磨り潰すかように、魔軍は包囲を狭めていく。その動きは勝利を確信した軍のそれだった。



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「連中、もう勝ったと思っていますね」


 照準器越しに同じく観察していたパウルがつぶやく。それにシグルドリファは、不敵な言葉で返した。


「では、教育してやろう。戦闘準備」




「装填手、黄色、榴弾装填」


 声を聞こえやすくするために、喉に巻きつけているマイクを片手で押さえつつ、シグルドリファは対人や建物用に使う、弾頭が破裂し破片をばらまく砲弾を装填するよう指定した。


「おらよ、っと!」


 拳で殴りつけるように、シノが砲尾から大人の太ももはあろうかという大きさの砲弾を込める。

 がしゃん、という凶暴な金属音とともに尾栓が下り、弾を砲内に密閉した。

 同時にシノは脇に体をずらし、安全装置解除のボタンを押す。


 直後、パウルの目の前にある、主砲発射可能を表すランプが点いた。


「砲手、11時方向、弾種榴弾、目標、敵前線司令。距離、600m、撃ち方はじめ」


用意!(アハトゥンク)


 号令がかかるのと同時に、パウルは足元のペダルを踏んだ。

 戦車の真正面を時計の文字盤の12時として、11時の短針の位置に合わせるかのように、砲塔を旋回させていく。

 やがて照準器越しの拡大された視界に、旗印が見えた。

 間違いない。魔軍の中隊長クラスの旗印だ。


 微調整を加える。風にはためく旗印、その根元より少し上に狙いをつけた。


「発射します!」


撃て(フォイアー)!」


 射撃命令とともに、パウルは発射レバーを押し込んだ。

 轟音とともに主砲が火を噴き、砲の後部が反動吸収のために後ろにスライドし、中からはじき出された空薬莢が備え付けのキャンバスの袋の中に落ちる。


 青い軌跡を残しながら発射された砲弾はあやまたず、旗印の根元に命中、炸裂した。

 車内にも聞こえてくるほどの爆発音とともに、旗印が空に舞い、くるくると回りながら落ちてくる。


「初弾命中。照準このまま、続けて黄色、榴弾装填」


 轟音が石造りの家々に木霊していく。

 ティゲールの砲弾が炸裂するたびに、破片を食らったオークが吹き飛ばされ、強化のために体に充填された魔素が暴走するとともに爆発し、塵となっていった。


 後方から隊列に榴弾を撃ち込まれ続け、指揮官を失った魔軍は完全にパニックに陥った。


 先ほどまでの攻勢の勢いが削がれ、統制が取れなくなってきているのが見て取れた。


戦車前進(パンツァー・フォー) 征くぞ。やつらに楔を打ち込め!」


了解です!(ヤボール)


 アイドリング状態に落としていた魔動機(エンジン)の出力を上げ、ギアを切り替えブルグミュラーは鋼鉄の車体を急発進させた。


 魔術障壁(マナ・シールド)の蒼い光をまといながら、石畳を踏み砕き走り出てきたティゲールの姿に、かろうじて持ちこたえていた魔軍の士気は完全に崩壊した。兵士たちは散り散りばらばらになりながら逃げようとする。


 小隊長らしきオークが空に拳銃を乱射し、パニックを食い止めようとしたが、挺身隊の狙撃により頭を吹き飛ばされた。


 そのまま広場を突っ切ると、ティゲールは尾部を滑らせながら反転、蒼い光を伴う魔術障壁(マナ・シールド)を展開し、門の盾になるかのように魔軍の前に立ちはだかった。


 まだ辛うじて戦意のある部隊からの射撃が集中するが、装甲はびくともしない。


 逆に、ティゲールの砲と平行に設置されている主砲同軸機銃の連射を浴びて沈黙する。


『こちら落葉、こちら落葉。指揮官は誰か』


 シグルドリファは目を瞑ると集中し、エルフという種族の持つ能力である念話を試みる。


 森の中ならば、言葉を使わずともその森全てに伝わる念話だが、木がほとんどない都市ではごく短い距離しか届かない。


『こちら樫、こちら樫、その戦車に乗っておられるのは姉様ですか!?』


『ヘルガか。通信機が無いのでこちらで通信する。敵に鹵獲されていた我が軍の戦車を奪取した。そちらの状況はどうか』


 同じ部族であり、特別挺身隊の隊長であるエルフ、ヘルガ・ヴォン・シュライヒャー大佐に念話が同調した。

 シグルドリファは状況を確認する。


『予備門への接続はもう少しで終わります。けど、形成時間はごく短いと技術少将から通信がありました。姉様も早く戦車から脱出を』


『待て』


 ぎらり、とシグルドリファの魔眼が光った。


『お客が来た。処理をする』


『何を!? 姉様、ねえさ……』


 念話を切り、ハッチを開けて顔を出す。同時に、「偉大なる指導者」像をかすめて光る何かが飛来した。それは背後の建物に当たり爆発する。


 広場に通じる道路から、異形の怪物が侵入してきている。


 それは体長6mはあろうかという巨大な体躯に、灰色に塗りたくられた装甲鎧を身につけ、身体のあちこちに濁った黄色の魔力光を放つ紋章を持つ豚面の巨鬼だった。


 エルフィラント側に「オルグ」と呼称される、魔素によって強化させられたオークの変異種だ。


「オルグが来た。転移門(ポータル)を守る」


「おい、アタシたちはどうなるんだよ!」


 シノが抗議の声を上げるが、自分を向いたシグルドリファの右目が放つ蒼い光に、思わず硬直する。


「いま脱出しても、転移門(ポータル)を通る前にオルグどもに門を破壊されるぞ。装填手、黒、徹甲弾込め」


「えいくそっ!」


 やけくそのようにシノは砲弾を壁面のラックから取り外すと、砲に装填する。


 ほぼ同時に先頭のオルグ、その凶暴さのみが存在する知性を感じさせない目が、転移門ポータルを塞ぐように存在するティゲールを捕らえた。


 怒りの雄叫びとともに腕を突き出すと、魔力紋が刻まれたその周囲に黄色く輝く魔力が集まっていく。集まった魔力は球形となり、ティゲールに向かって撃ち出される直前、ティゲールから放たれた徹甲弾がその体を貫いた。


 絶叫とともに、暴走した自身の魔力がオルグを内側から吹き飛ばした。その爆発を合図にするかの如く、転移門(ポータル)が再生成された。


 挺身隊の兵士は我先にと転移門(ポータル)に駆け出す。それを追うかのように、オルグらが次々と狭い路地から広場に姿を現わしはじめた。


 ティゲールの主砲が再度咆哮する。

 それに負けじとオルグたちは、数の優位を生かさんとばかりに魔力弾を発砲した。

 一発が蒼く輝く、ティゲールの垂直にそびえたつ車体前面装甲に吸い込まれてゆく。


 ぎぃん。


 何枚も薄い金属板が入った箱を押しつぶすような異音とともに、魔力弾はあらぬ方向へと弾かれた。お返しとばかりに放たれた砲弾は、1頭のオルグ、その胸甲を紙のように引き裂いて爆散させた。


「2頭、いや背後からもう1頭出現!」


 このままではジリ貧であるという焦りをにじませながら、視界の良い運転席から見える敵の状況をブルグミュラーが叫ぶ。


 いかに下級魔族であるオルグとはいえ、接近され囲まれ、魔力弾を連打されたらティゲールでも耐えられない。


「装填手、装填やめ。砲手、魔術障壁(マナ・シールド)を切れ。魔力砲弾を生成せよ」


了解!(ヤボール)


 したたる汗をぬぐおうともせず、パウルは照準器をのぞきこんだまま、主砲発射レバーの隣にあるスイッチを押しこんだ。

 魔動機から直接砲に魔力を実体化した物質、エーテルが充填され、砲身先端のマズルブレーキから蒼い光が漏れ出した。


「左手の建物、その基部を狙え。あと1シュトリヒ右」


 渦巻く魔力の余波で短い銀髪を波打たせながら、シグルドリファは司令塔(キューポラ)から半身を乗り出し、直接照準を指示していく。


「60、80、100! 充填完了!」


 薬室に魔力が充填されたことを、操縦席の計器で確認したブルグミュラーが叫ぶ。


撃て(フォイアー)


 空気を切り裂く音ともに、降り注ぐオルグの魔砲弾と同じものながら、より圧縮された魔力で作られた弾が主砲から放たれた。


 それは正確に通路のそばに立つ建物の基部に命中し、その基部を丸ごと抉り取った。

 支えを失った建物は、戦いの熱狂に我を忘れているオルグたちの頭上に崩れおちていく。


 無様な絶叫が木霊した。


「姉様、離脱いたします! お早く!」


 ヘルガの悲鳴のような念話が、シグルドリファの心に飛び込んでくる。

 階級が最上位であるあの子が離脱したということは、全ての生き残りは撤退できたということだろう。


「反転、転移門(ポータル)に向けて全速」


 がりがりがり、と石畳を削りながらティゲールは転回した。

 門に向けて走り出そうとした刹那、シグルドリファの耳は複数の空気を裂く音を聞き取った。


「野砲か!」


 即座にシグルドは司令塔(キューポラ)の中に入り、ハッチを閉める。


「進路変更、右のトルスカヤ通りに入れ。コーモゥスから離脱する」


「ちょっと待て、転移門で脱出するんじゃないのかよ!」


「無駄だ」


 不安そうな顔でこちらを向くパウルやシノの怒声を見返しつつ、シグルドリファは首を振り、司令塔(キューポラ)に据えられた外部監視装置であるペリスコープを覗き込む。


 限られた視界の中で、「偉大なる指導者」像に、何発もの砲弾が着弾し、崩壊していく。


 同時に、転移門(ポータル)の光も、弱々しく瞬き、消えていった。



 このとき、シグルドリファたちの旅は始まった。




 すでに西の空は紅く染まっていた。

 ほどなくして闇が忍び寄ってくるだろう。


「で、これからどうすんだよ隊長さんよ」


 魔軍の追撃を振り切り、コーモゥスから離脱できたシグルドリファたちとティゲールは、近郊の森にその身を隠していた。


 各部のハッチは開け放たれ、クルーはおもいおもいに身を乗り出し、外の空気を吸っている。


「帰るぞ、もちろん」


 司令塔(キューポラ)から上半身を出し、左手につけた無骨な軍用腕時計で時刻を確認しながら、こともなげにシグルドリファは言う。


 身長や体格からしてみれば狭苦しい戦車から抜け出し、体を伸ばしていたシノの片眉がつり上がった。


「はぁ!? こっからヴェルイーンまで何kmあると思ってるんだ、1500kmはあるぞ!?」


「正確には街道を通るなら1780kmだな。加えて道が整備されていないところを通る場合もあるからそれ以上だ。戦車(ティゲール)の燃料の魔素、そして弾薬も適宜補給の必要がある」


「そこまでヤバい状況で帰れるのかよ! まだ魔軍のクソどももあちこちいるだろうし」


「できるか、ではなくやる。このクルーならやれると私は確信している」


「それじゃ、みんなと旅をするんだね! 戦争のない世界に向けて!」


 そこまで聞いたズィーがハッチから顔を出し、無邪気な声で言った。男ふたりはさすがに苦笑する。


「あのな、ちびっこ、ピクニックに行くんじゃねえんだ。甘いことぬかすんじゃ……、ちょっと待て。お前その帽子、どこで拾った」


 ズィーがかぶっている野戦帽を見て、シノはぐ、と体を寄せてきた。

 女性とはいえ、いかついオーガの迫力におびえたのか、少女は車内に引っ込んでしまう。


「それは、ズィーちゃんと一緒にいた降下猟兵の方のものです。僕たちが駆けつけたときにはもう、手遅れでしたが」


 パウルがズィーと出会ったときの経緯を説明する。話を聞き終えたシノはふ、と顔を背ける。



 嗚呼親父殿、冥府の顎に囚われようともその運命から逃れられると信じておりましたが、逝ってしまわれたか



 ぼそり、とつぶやいたシノの異国の言葉は、誰にも聞かれないまま風の中へと消えていった。


「よしわかった! その野戦帽を持つってことはお前は降下猟兵だ! いいか新兵、アタシがきっちり育てるからな!」


「え、ええ……!?」


 またハッチから顔を出したズィーは、状況がよくわからないまま、目を白黒させた。その様子に、クルーたちにようやく安堵の笑いが起きた。


 その笑い声を聞きながら、シグルドリファは真っすぐに西を向いた。一点を見つめ、つぶやく。


「いざ帰らん、故郷へ」


 次回予告


 脱出地点を破壊されたシグルドリファたちは、ティゲールを駆り敵中突破を決めた。

 敵を避けるため、街道の裏道を行く。

 そのとき、シグルドリファの魔眼に何かが映った。


 次回「自由への突破①」

 蒼き瞳が捕らえるのは何か。

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