その旅路は長く遠く②
捜索にかける時間は20分。
そう隊長に命じられ、無線機を操作していた男、ブルグミュラー・シュミット曹長とパウルは、何らかの庁舎として建てられたのであろう建物内を捜索していた。
魔のものが使う文字で、部屋名を記してあるらしきプレートを、ひとつひとつ確認しているブルグミュラーにパウルは問いかける。
「曹長、この文字、読めるんですか?」
パウルにとって、自分たちが使っている言語とあまりにもかけ離れた魔族のそれは、まったく理解できない。
「この文字は古エルフ語だよ。500年以上も前の言語だが、単語なら推測はできるかな。大尉殿がおっしゃられていたが、ここから先の区画は何かの研究所のようだ。期待はできるよ」
そう答えると、鹵獲した魔軍の短機関銃を構えながら、ブルグミュラーはひとつの部屋の前に立ち止まった。
慎重に扉を開け、中を確認していく。
室内は無人だった。いや、痕跡はあった。
魔力を強制的に遮断された結果、塵と化した上級魔族のものらしき軍服があちらこちらに落ちている。
それらは、いきなり生を奪われた生々しさを現しているようにふたりには思えた。
パウルは、モールや勲章が派手派手しく飾られた、軍服のかたわらに落ちている拳銃を取り上げた。
「銃は使えそうですね」
「とりあえず、予備の武装として持っておくか」
別の服を持ち上げ、転がり落ちてきたホルスターに入った拳銃をブルグミュラーに渡していたパウルが、ふと顔を上げた。
どうした、と言いかけた上官を手で制して耳を澄ます。
「子どもの……、泣き声が聞こえませんか?」
「おいおいパウル、いくらこの建物が不気味な雰囲気とはいえ、そういう冗談は……」
苦笑を浮かべ、そこまで言ったブルグミュラーの言葉が止まった。
魔族の、それも軍事施設に似合わない「人」の少女らしき泣き声が、彼の耳にもうっすらと聞こえたのだ。
彼らはうなずきあい、廊下に出るとその声が聞こえる方向に、足音を忍ばせながら歩いていく。
ふたりの行先には両開きの扉があった。
ここから、泣き声は聞こえてくる。
パウルが拳銃を構え、ブルグミュラーがドアノブに手をかける。かれらは目で合図を送りあうと、扉を一気に開いた。
会議室だったのだろうか、さっきまでの部屋よりふた回りは大きい部屋だ。
机と椅子が並ぶ室内のあちこちに、複数の火器から放たれたとうかがえる弾痕が無数にうがたれていた。
死して塵となった魔族の軍服や火器も、そこここに散らばっている。
中心に、ふたりの人影があった。
シノがまとっている迷彩服と同じ制服、すなわち最精鋭の歩兵の証しである降下猟兵の服を自らの血で朱に染めた男性と、そのかたわらで泣きじゃくっている少女がいた。
「あなたたち……はだれ? おじさんの仲間?」
少女が涙に濡れた顔を上げ、部屋に入ってきたふたりに問いかける。
その耳はぴん、と長く横に伸びていて、彼女が妖精……、エルフであることを物語っている。
「お願い! おじさんを助けて! わたしをかばって撃たれたの!」
慌てて、ブルグミュラーが降下猟兵のもとに駆けつける。
しかし、彼が横たわる床の絨毯に広がる染みを一目見て、手遅れと察した。
あまりにも血を失っている。
「よぉ……お仲間か。ちょっとばかり遅かったな。すまんが火をつけてくれるか」
火のついてない煙草をくわえた蒼白な顔を向け、降下猟兵はそばに来たふたりに言った。急いでパウルはライターを取り出し、火を付ける。
ふう、と男は煙を一息に吸い込んだ。
煙草の先端から、灰が床にこぼれ落ちる。
かれは最後の力を振り絞るかのように手を上げると、そばで涙に濡れた瞳を向けている少女の金色に輝く頭を撫でる。
「嬢ちゃん、俺はここまでだ。あとはこいつらに連れて行ってもらえ」
「だめ、駄目だよおじさん……」
いやいやをするように首を振る少女を優しい瞳で見つめながら、降下猟兵はかぶっていた旧型の野戦帽をとり、少女に差し出す。
「持っていけ、お守りだ。なあに、最後にエルフの娘っ子を救ったのなら、収支は合うさ、そうだろう、ヒルダ、アルバン……」
少女が差し出された野戦帽を受け取ると、かくり、と男の手が床に落ちる。それは、男が神のみもとに招かれたことを意味していた。
「で、ろくな武器は見つけられず、妙なガキを連れてきたってわけか」
玄関前に戻ってきたふたりと少女を、シノが呆れた顔で見渡す。
オーガの剣呑な雰囲気に呑まれて、「ズィー」と名乗った少女は、野戦帽をぎゅっと抱きしめながらパウルの後ろに隠れてしまう。
年の頃は、人間の目から見ると12〜14歳くらいだろうか。
パウルの肩くらいの背丈に、肩を超すくらいに伸びた金髪をもち、儀式に使われるような薄手のローブをまとった姿である。
「しかし、民間人ですよ。おそらく、魔族が実験材料にするために拉致してきたのでしょう。保護しないと」
ブルグミュラーの主張を裏付けるかのように、連れてこられたエルフの少女の肌のあちこちに、まがまがしさを感じさせる紋様が施されている。しかもその紋様は、生き物の鼓動のように一定の周期で青い光を放っていた。
魔族は、人間やゴブリン、オークなど他種族を配下にするとき、彼らの異世界由来の魔力である「魔素」をその体に「充填」する。
「魔素」を充填された生物は、身体機能が跳ね上がり、超常的な力を発揮するようになるが、死亡したときには魔力が暴走し、肉体は塵と化す。
そのときに肌に表れる魔力痕に似た紋様が、少女の肌には刻まれていた。
「時と場所と状況を考えろ、って言ってるんだよ。アタシらを骨までしゃぶろうとしているクソどもに囲まれてんのに、ガキのお守りをしながら歩いて突破は無理って話をしてんだよ」
「見捨てていけというのですか!」
シノの現実的な、だからこそ非情な言葉に思わずパウルは口を挟んでしまう。場の空気が張り詰めてきたその時だった。
「あるよ」
ズィーと名乗った少女が、言った。
「お兄さんたちの役に立ちそうなおっきな鉄の車、ここにあるよ」
かたわらで黙していたシグルドリファの瞳が、きらりと光った。
「で、信じるのかよ」
「すべてを疑っていれば、何も見えなくなる」
腰だめで即、射撃ができるように軽機関銃を構えつつ、先導する少女に続くシノの問いに素っ気なくシグルドリファは応えた。
「罠だったらどうすんだよ」
「罠はかかったら蹂躙する、がモットーのオーガ族、しかも降下猟兵の言葉とは思えんな」
エルフの将校の無感情な言葉に、何となく勘にさわったシノが声をあげようとしたとき。
「ここだよ! この扉の先!」
廊下を何回か曲がった先、行き止まりにある耐爆仕様らしき鋼鉄の扉をズィーが指差した。
男手のふたりがとりつき、引き開ける。
そこは、体育館ほどの広さの倉庫だった。中には雑多な兵器があちこちに放り出されている。
半ば分解された装甲車らしき残骸、棺のような鮮やかな彩色を施された箱、作業台に置かれた小火器。
それらはほとんどがエルフと人間の軍であるエルフィラント帝国軍のものであり、この建物が鹵獲した兵器の研究施設であったということを物語っている。
その中心に、鼠色に塗られた巨大な鉄塊があった。
「これは……ティゲールか!?」
Ⅴ号重戦車ティゲール。
伝説の魔獣の名である「虎」の名を冠したこの戦車は、日々増強される魔族軍の強化兵に対抗するために、エルフィラント帝国軍の究極の戦車としてつくられたものだった。
魔力を念入りに染み込ませ、魔力弾のみならず物理的な攻撃をも跳ね返し、ある程度の損傷なら自己修復までおこなうコルップ社製「ヴォルタン」浸魔力装甲。
いかなる魔術障壁をも貫通する、実弾、魔力弾、その双方が使用可能なレインエタール社製64口径88ミリ砲。
車体の振動をほぼ無効化し、砲を安定させ移動中の射撃を可能とし、最良の条件下では3000m先の敵兵を捕捉可能なクァイツ社製砲安定・射撃装置。
ゴーレムを運用する技術を応用し、弾道計算の補助および緊急時には車長一人で戦車を稼働させることのできるゼーツ式機械計算式統制・補助操縦装置。
これらの主砲・装甲に加え、攻では主砲用魔力弾を形成できる出力を備え、守では敵弾を減衰させる魔力障壁を発生させ、最高速度は時速60kmで鋼鉄の獣を走らせる、無補給で500kmを走破できるワイベッハ社製魔動機。
エルフィラントの技術をすべて結集した鋼鉄の虎が、そこにはあった。
パウルとブルグミュラーは駆け寄って、戦車の状態を外から確認していく。
車体に描かれていたはずの星を意匠した、光が八方に伸びるようなかたちのエルフィラント帝国章は塗りつぶされ、ドラゴン……異界の門から最初に現れた魔物を意匠した、魔軍の紋章が描かれている。が、その他には外観は問題ないように見える。
ふたりは前方から車体によじ登ると、天井に設けられたハッチを開けて中に滑りこみ、照準器や計器を点検していく。
「燃料残量は半分弱、操縦系統も無事です」
「各照準設備も問題なし。通信席前方機銃・通信機喪失。各種砲弾はほぼ使用されていません。特殊硬芯徹甲弾は1発のみ」
操縦席に着いたブルグミュラーと、砲手席に着いたパウルの報告を聞き、シグルドリファはうなずいた。
彼女も身を翻し、ティゲールの車体、さらに砲塔まで軽やかに登ると、司令塔のハッチを開けて中に入った。
手元にある車長用の操縦板を操作し、この戦車が放棄されるときに乗員によって操縦系がロックされていたことを確認する。
だから魔族は動かせず、現状のまま放置するしかなかったのだろう。
そこまで確かめると、壁面にかけてあるヘッドホンと、咽頭式と呼ばれる喉に巻くように装着するマイクを着けた。
「各自、聞こえるか」
すでに同じものを着用していたふたりは、片腕を挙げることにより車長の声に答えた。
「おい、戦車兵たち! そのバケモノは動かせるのか?」
外からシノの怒声が聞こえてくる。
すでに玄関の前の戦いから30分は過ぎている。彼女の声のトーンにはすぐにでも魔軍の再編成が終わり、今にも襲ってくるのではないか、という焦りがあった。
「隊長どのがロックを外せばいけます、シノ軍曹、ズィーちゃん。上がってください!」
「おい待て、アタシも乗るのかよ」
ハッチから顔を出して呼びかけるパウルの声に、思わず言い返すシノだったが、
「徒歩や戦車の上に乗ってついてくるつもりなら構わん。大鬼跨乗の運命を知っているならお勧めしかねるが」
と、キューポラから身を乗り出したシグルドリファの冷徹な声に顔をしかめる。
大鬼跨乗と言われる魔軍の攻勢時に使われる、オルグの体にしがみつき同時に行動するゴブリンの群れは脅威であるとともに、その損耗率の高さも知られていた。
帝国兵士たちの噂では、この方法で突撃してくるゴブリンの寿命は長くて1週間だ、ともささやかれている。
「わーったよ、ほら、行くぞちびっこ」
そうシノは答えると、まるで猫をつかむかのようにエルフの少女を持ち上げると、ぽん、と車体の上に乗せる。
「もう!」
乱暴に扱われぷう、とむくれるズィーにかまわずシノは、軽機関銃を持ったまま車体の突起部につかまり、どっしりとした体を引き上げるとハッチを窮屈そうにくぐり抜けてきた。
「機関銃も持ち込むんですか」
非難するようにパウルが声を上げるが、シノは意に返さない。
「商売道具だ。お前さんの扱う戦車みたいなもんだからな」
続いてズィーが車内に降りてきた。ペンキの香りがする、白く塗装された鋼鉄の内壁を興味深げに見渡している。
「乗員はそろったか。では、この戦車を『起こす』」
シグルドリファは静かに目をつぶり、眠る戦車を起こすために詠唱を始めた。




