↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/41

姫騎士の帰還⑧

 ファフニールの分厚い魔術障壁(マナ・シールド)すら貫通した徹甲弾は、あやまたず竜の心臓を貫いた。


 爆発で顔の半ばが吹き飛んだ竜は、それでもわかる驚愕の表情のまま、一歩、二歩と後ずさった。

 直後、光が溢れ、集積していた魔素が暴走し、大爆発を起こす。


 装甲板をも震わせる爆発のあと、ろうそくのように燃え落ちていく竜の体を魅入られたように見つめていたパウルは、突如鳴り響いた警報音に我に返る。


魔動機(エンジン)が暴走しかけている! こっちもじきに爆発するぞ!」


 ブルグミュラーの警告に、シグルドリファは叫んだ。


「総員、脱出しろ!」


 その号令に次々とティゲールのハッチが開いていく。


 砲塔の主砲薬莢投棄のためのハッチからシノ、そして操縦席真上のそれからブルグミュラーが脱出する。

 すでに魔動機(エンジン)からは不吉な黒煙があがっていた。


 パウルもまた、砲尾をくぐりぬけ右側にある砲塔のハッチから車外に出るがふと見ると、無線手席のハッチが開いていない。


 とっさに駆けつけると、がたがたと中から押し上げようとする音がする。

 が、衝撃のせいなのか、ハッチ固定用の留め金が引っかかっていて開けない状態であった。

 腰から肌身離さず身につけている、照準器調整用のドライバーを引き抜き、隙間に叩きこむようにして留め金を外す。そのとたんハッチが開き、くしゃくしゃに顔をゆがめたズィーが飛び出してきた。


「パウルくん、ありがとう!」


 そのまま野戦帽をかぶった少女の身を抱きとめると、その拍子にズィーの手にあったはずの守り人形がぽろり、と落ちた。そのまま人形はティゲールの中に転がり落ちていく。


「お人形が!」


「ズィーちゃん、ダメだ! 諦めて!」


 そのまま少女を抱え上げるようにして、ティゲールからパウルは降り立ち走り出す。

 煙がそこかしこに立ち込め、視界が悪い。


 先に脱出し、走っていたシノとブルグミュラーが立ち止まって振り返ると、ふたりの姿を認めて叫んだ。


「ふたりとも、早く来るんだ! コンテナの陰に……」


「危ねェ!」


 いきなりシノがブルグミュラーをかばうように抱きついた。そこに巨大な鞭のような何かが横切り、ふたりをはじき飛ばした。


「シノさん、曹長!」


 先に脱出した2人を跳ね飛ばした尻尾を波打たせつつ、煙の中から現れたのは、竜の成れの果てであった。


 燃える本体から離脱したのであろうか、それでも小型自動車ほどある四つ足の竜の背中から生えた、身体のあちこちが無理やり肉色の粘土のようなもので形成されたエルフの上半身をもつ怪物がそこにはいた。

 その目は憎しみに燃えている。


「この……、虫けらどもめ、死を賜ってやろう!」


 竜の口ががば、っと開かれ、魔力が収束していくのが見える。

 逃げられない。そう悟ったとき、パウルはズィーの体をかばうように抱きしめた。

 無駄だとわかっていても、そうしてしまった。

 光が収束し、目をつぶったそのとき。


 肉と骨、そして金属が絡み合い軋む音が轟いた。


 おもわず目を見開くと、視界いっぱいに竜を屠る虎のマークが飛び込んできた。

 煙を巻き上げながら猛進してきたティゲールが竜を跳ね飛ばしたのだ。


 砲塔上部の司令塔(キューポラ)には、白銀の髪を(あで)やかに煌めかせ、車長用操作盤を使いティゲールを駆るシグルドリファの姿があった。


「隊長!」


 パウルは叫んだ。


 ティゲールはふたりの前に、鋼鉄の壁のように立ちはだかった。

 竜は怒りに満ちた、声ならぬ獣の叫びとともに、再度口に魔力弾を形成しだす。


 そして、ティゲールの砲口にも魔力光が収束していく。


「隊長、シグルドリファ隊長! 脱出してください!」


 届かぬとわかっていても、パウルは絶叫した。


 ちらり、と黒衣の戦姫が振り返る。その唇は、確かにこう動いた。


「生きろ」


 と。


 次の瞬間、光弾が互いに放たれ、2頭の獣を同時に貫いた。


 声ならぬ叫びとともに、魔族の王、その成れ果ての肉塊が炎に溶け崩れていく。


 ティゲールもまた、車体前面装甲を貫通され、砲身をうなだらせ黒煙を噴き上げながら沈黙していた。


「シグルドリファ隊長!」


 誘爆の危険があるとわかっていても、パウルはくすぶるティゲールに走っていく。

 車体にのぼり、砲塔にくずおれていたシグルドリファに手をかけると、もう一人の手が見えた。白い肌のその手とともに、その体を司令塔(キューポラ)から引きずり出し、血に染まるその体を物陰まで運び床に横たえる。


「隊長さ……、いや、違う、()()()()()!」


 その言葉に、おもわずパウルは目の前のズィーの顔を見る。

 彼女の顔からは蒼く光る魔力紋様は消え、美しい白い肌になっていた。


 ファフニールという名の竜が斃れたからだろうか。少年はそう感じた。


 地に倒れた戦姫は、その右目の魔眼は潰れ、顔は血にまみれている。だが、彼女は晴れやかな顔をしていた。


「ああ、ようやく頭がすっきりした。エイルも帰ったか。ああ、本当に、帰ってきたんだな……」


 シグルドリファは天を仰ぐ。

 彼女は手を伸ばした。青空をつかめると信じる少女のように。

 手が二、三度開かれ握られた。そして、力なく地面に落ちた。


「祖国、万歳……」


 つぶやくような言葉とともに、ゆっくりと、緑色の瞳から光が消えていく。


 それは、彼女が地上から旅立ったことを示していた。


「なんで、なんで忘れていたのわたし……、お姉ちゃん……、起きて、お姉ちゃん……」


 泣き崩れるズィー、いや、「エイル」という名の少女にそっとパウルは寄り添った。


「なんだよ、なんで死んでるんだよ。いけ好かない将校サマなのに」


 呆然としたその声に、パウルは顔を上げた。


 そこには、シノがいた。


 骨折したのか左腕がぶらんと垂れ下がっているが、かろうじて動けるようだ。そばにはブルグミュラーもいる。


「でも、アタシたちを敵のど真ん中から連れて帰ってきて、さっきはアタシたちを戦友たち(カメラーデン)だと呼んだだろ。なのに、なんで自分だけ死んでるんだよ答えろよ!」


 魂からほとばしるような叫びとともに、シノの両の瞳から大粒の涙がこぼれだす。

 流れる涙をぬぐおうともせず彼女は、ぎこちなくズボンのポケットからかつて預かった拳銃を取り出し、死せる黒衣の戦姫の上に置いた。


 鬼の目にも涙、か。


 かたわらに立つブルグミュラーはかつて、ミズホノクニを訪れたときに教えてもらったことわざを思い出していた。 


 その耳に、複数の靴音が迫ってくる音が聞こえる。


 ブルグミュラーが振り返ると、エレベーターを使ったのか挺身隊の隊員たちがこちらにやってくるところだった。その中に、ひとりの隊員の肩を借りて走るマコトの姿も見える。


「技術少将殿、御無事で!」


「マコトでいいです。下の魔族は消滅しました。ファフニールを倒せたんですね!?」


「はい、でも……」


 破壊され、くすぶるティゲールとクルーたちの様子に、すべてを理解したマコトの顔が歪む。


「シグルドリファさん……、最初に技術者のボクを、理解していただいた方なのに……」


 がっくりと肩を落とし、悲しみにくれるマコトからさみしげに視線を外し、ブルグミュラーは挺身隊のひとりに問うた。


「ヘルガ大佐はご無事ですか」


「大佐は乗車は撃破されましたが、かろうじて救出されました。今は治療を受けられております」


 装甲と将校帽が、彼女を守ったのだ。


 学徒としては非論理的な思考かもしれない。しかし、隊長は彼女をも守ったのだ。

 そう、ブルグミュラーは信じたかった。


 ……運命は弾丸の姿をとって訪れる

     そして我らは祖国の土を踏むことなく

       一塊の土塊とならん


 パウルの口から静かに、歌が流れ出す。

 戦車とともにミット・デン・パンツァー最後の章、斃れた戦車兵を送る歌を。


 戦車は墓標と化し 我らの栄誉を称えるだろう

   冥府のただ中を 我らとともに戦車は征く


 ティゲールから昇る、送り火のような黒煙。

 どうかその煙が、戦いの果てに到着すると語られる、すべてが安息に満ちた「喜びの森」に我らが隊長をいざなってくれるように。

そう、少年は願わざるを得なかった。


「西方の守護騎士、そして国家の英雄たる、シグルドリファ・ヴォン・ヴァルナー少将に、敬礼!」


 号令とともに、一斉に周囲の隊員たちが姿勢を正し、死せる姫騎士に敬礼する。


 そして、誰からともなく、戦車とともにミット・デン・パンツァーの合唱が始まった。


 合唱に加わりながら、パウルは思った。


 そうだ。

 隊長を送るのは、葬送歌じゃない。


 この歌だ。




 かくて、騎士は竜を打ち倒したのです。

次回、最終回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
邪竜は打ち倒され、姉は失った妹とようやく再会を果たし、全てを成し遂げたかのように…逝ってしまいましたか。どうか今度こそ安らかに。ティゲール、お前もよく頑張ったわ…そして彼女を送るのは葬送歌ではなく機甲…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。