姫騎士の帰還⑦
指示を明瞭に伝えるため、喉につけられたマイクを押さえながら発せられたシグルドリファの声とともに、弾かれたようにティゲールは発進した。通信手席のハッチがぱたんと閉められる。
ブルグミュラーは乾ききった唇を舐め、ステアリングを巧妙に切っていく。
魔力がファフニールの口内に集まり、発射されたそのとき。
熟練の操縦手は壁面のリミッター解除ボタンを叩き、同時に思いっきりステアリングを切る。
ティゲールの向きが障害物にぶつかったかように変わり、そのまま加速し積まれているコンテナの影へと入る。光弾はむなしく空を切り、壁面で爆発した。
普通の戦車なら履帯が外れてしまう機動だが、ティゲールに使われているゴーレム技術の補正力を最大にすることにより、無理やり発揮できる荒業であった。
焦ったように連続で魔力弾を射出するファフニールだが、コンテナで視界が通らないため、すべてティゲールの後方で爆発する。
「次のコンテナの切れ目で撃て! 装填手、砲弾赤! 弾種、特殊硬芯徹甲!」
「おうよ!」
ちらちらと見える竜の体を目で追いながら、シグルドリファは司令塔から上半身を晒したままで命令していく。
リミッターを外された魔動機が回る轟音の中でも聞こえる金属音とともに、装填完了を示すランプが灯る。足元のレバーを倒し、砲塔を9時方向に回したパウルは照準器を覗き込み続け、揺れる視界の中、その一瞬を待ち構えていた。
「停止!」
火花が散り、履帯と床が擦れ合う音が響き渡り、押さえつけられるかのような力が身体を襲う。
滑ることまで計算に入れたタイミングぴったりの制動は、ファフニールのほぼ真横にティゲールを導いていた。
照準器いっぱいに広がった白銀の肌を確認し、パウルはハンドルをほんの少し回し、仰角へ振った。
狙うは竜の心臓。
「撃て!」
号令とともに、パウルは手元のレバーを押し込む。
ファフニールは反応しきれない、と見定めたとき。
強大な魔術障壁がドラゴンをも屠る特殊硬芯徹甲弾を阻み、一撃はむなしく虚空に弾かれた。
「あはははははははははははは無駄よ無駄無駄! そんな玩具なんかでわたしが倒せるとでも思っているの!?」
狂ったように哄笑しながらファフニールは停止したティゲールに飛びかかってきた。振り下ろされた白銀の爪はしかし、彼女の読みの裏をかき全速で後退をしていたティゲールを捕らえられずコンテナを引き裂いただけに終わる。
「装填手! 黄色、榴弾装填せよ!」
「黄色!?」
「早くやれ!」
急かされるままにシノは黄色の砲弾……、建物破壊のための榴弾を装填する。
飛びかかった慣性のまま、がりがりと床を削りつつようやく方向転換し、全力で後退するティゲールを見定め追ってくるファフニールをにらみながら、シグルドリファは命じた。
「砲手! 2時方向、目標、クレーン基部! 距離50m!」
「了解!」
即座に指揮官の意図をくみ取った砲手は手元のハンドルを素早く、正確に回し照準を定めていく。
その後ろでシグルドリファはタイミングを見計らっている。
そして、車体が停止し一拍おいて、戦姫の号令とともに猛獣が吠えた。
榴弾はあやまたず貨物搬入用のクレーン、その基部に直撃し、悲鳴のような金属音とともに倒壊していく。
戦いの興奮でティゲールしか見えないファフニールは、勢いのついたまま、その真下に吸い込まれるように飛び込んでしまう。
大音響とともに、竜の体が鋼鉄の枷により縫い付けられた。
「砲手、装填手! 徹甲弾連続発射! 砲身が焼きつこうが構わん! 撃ちまくれ!」
「「了解!」」
大重量のクレーン、その残骸の下敷きになり動けないファフニールに向け、ティゲールは驚異的な速さで砲弾を発射していく。
白銀の竜もまたそれに抗うかのように魔術障壁を展開するが、その障壁も次々に叩きこまれる徹甲弾により目に見えて削られていく。
そして、5発目が命中したとき。
「舐め……るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
死の恐怖に駆られ、生物的なリミッターが外れたのか絶叫とともに竜は、その体を拘束していた残骸を弾き飛ばした。
「いかん、魔術障壁展開! 全速後退!」
後退するティゲールを怒りで血走った瞳でとらえながら、ファフニールは魔力弾を放った。
それはわずかにティゲールから逸れたがしかし、地面を抉り飛ばしクレーターを穿つ。
後退していたティゲールは突如できた穴を避けることができず、もろに落下してしまった。
乗員たちを、激しい衝撃が襲う。
勢いがついていたため車体が後ろ上がりに傾き、砲は最大まで仰角をかけても地上まで向けれない。
「エンジン停止!」
さらに悪いことに全力運転を強いられ続け、加えて衝撃が加わったせいか魔動機が停止し、それを認識したブルグミュラーが蒼白な顔で報告する。シグルドリファは叫んだ。
「復旧急げ!」
必死にスターターを回すブルグミュラーだが、その間にもずしん、ずしん、と迫ってくる。
音を立てて巨大な竜が迫ってくる。
壁の隅に追い詰めたネズミを嬲る猫のように、竜が迫ってくる。
そして、ティゲールの車体にのしかかるように、ファフニールの体が天を覆う。その口に、魔力光が収束していく。
「手こずらせて……、吹きとべ……!?」
勝利を確信して嘲笑う竜の瞳に、何かが映った。
それは、司令塔に佇む片目を蒼く光らせる、半身の影。
それは、悪夢に映し出される影のようだった。否、亡霊なのかもしれない。
それは、500年ものあいだ戦神に身を捧げ続け、身体はすでに抜け殻のようなものだったのだから。
亡霊はささやく。
「穿て」
突きつけられた人差し指から放たれた、渦巻きながら一直線に放たれる黒い光が、口内に収束しつつあった魔力弾を真正面から貫いた。
爆発とともに、悲鳴があがる。
同時に車内に向けて、シグルドリファは叫んだ。
「まだだ! 戦友たちよ、まだだ!」
その声に応えるかのように、風が巻くような音が車内に響いた。
後方からのごうごうという音はやがて、巨人の鼓動を思わせる響きへと替わっていく。
「魔動機再始動しました! 動け、動き続けろ!」
絶叫そのものの声でブルグミュラーは報告すると、クラッチをつなぎティゲールを発進させる。
動力を伝えられた履帯が床を削り取り、欠片を巻き上げながら車体を後退させた。
跳ねるがごとき勢いでクレーターから出ると、車体ごとファフニールの真正面へぴたり、と方向を合わせる。
「シノ! あの弾を使え! ギムレントの弾だ!」
「応!」
シノはかつてのヴィール・ボロージュの戦いのとき、特殊硬芯徹甲弾が入っていた弾庫から蒼く輝く弾を引き出し、ぽっかりと開いた砲の薬室に装填する。
パウルはふと、ズィーの祈りの声を聞いた。その祈りは心を研ぎ澄ませ、顔を押さえ悶え苦しむ竜の心臓をぴたり、と狙う。
「パウル、撃て!」
シグルドリファの号令に、砲手はレバーを押し込んだ。
そう。ファフニールには見えていたはずだった。
だからこそ、魔術障壁も展開できていた。
たっぷりと魔素を吸い上げ、魔力をふんだんに注ぎ込んだ魔術障壁は破れるはずがない、そう確信していた。
しかし、まるで羽根のついた杭のような砲弾は、その弾芯を削りながら障壁を侵徹し突破し、竜の心臓を貫いた。
馬鹿な。
その思考が、光に包まれる前の最後の思考だった。
次回予告
燃える。燃える。燃える。
少女が宿した理想も野望も、すべてが炎となっていく。
その代償を払うのは誰なのか。
次回、姫騎士の帰還⑧
旅はここで終わる。




