姫騎士の帰還⑥
重々しい機械の作動音とともに、ティゲールを乗せた貨物用エレベーターは上昇していく。
停止し、音を立てて扉が開きだすと、外からの光が鉄の室内に満ちていく。
飛行船用の貨物搬入用のクレーンや、コンテナが整然と並んでいる飛行船発着場は巨大な飛行船に対応し、屋根こそないが貨物集積場並みの広さがある。
差し込む光を背に、美しくも異形の姿がそこにあった。
妖しく明滅する飛行船用のエーテル補給管を背中に何本も取り付け、きらきらと白く輝く鱗を身にまとい、悠然とこちらを見下ろす竜のその眼には、驚いたことにほかの魔族にはない知性の輝きがある。
「ふぅん、ここまで来たんだ」
……そして第二の驚きは、その竜は女性の声とともにひとの言葉をしゃべっていた。
「お前が『偉大なる指導者』ファフニールか」
「そういうあなたはシグルドリファ・ヴォン・ヴァルナー。階級は大尉。敵前逃亡によって懲罰大隊に送られる前はエルフの貴族にしてお母さまより「騎士」を拝命した武門の一族であった」
司令塔より半身を晒し、問いかけるシグルドリファに、歌うように『偉大なる指導者』はシグルトリファの素性を述べた。
車内に、緊張した空気が走る。
「ああ、やはりこの格好じゃしゃべりにくいわ。下等なニンゲンの言葉は特に」
す、とドラゴンの瞳から光が消えると背がずるり、と盛り上がった。その塊はみるみるうちに人型の姿を取る。
形成された姿は、利発さがことさら目立つ顔つきをした、ひとりのエルフの女性の上半身。
その身にまとうローブは、かつてコーモゥスで保護されたズィーとまったく同じものだった。
「そこにいる子も、わたしたちの一人なんでしょう? 500年前に浄化の力を見出され、病気、という名の魔素の浄化のため、生贄に捧げられた巫女の一人」
ズィーが息を飲む。
嘲笑うような口調とともに、「偉大なる指導者」を名乗る古代のエルフの少女は語り続ける。
「あたしは贄にされてずっとずっと考え続けてきた。昏い封印の棺の中で、こんなことをさせられるなんてこの世はなんと不平等なんだ、って。そうしたらなんと! 新しい燃料が必要だ、ということで、欲望を丸出しにして封印を解いた人がいるの。そうでしょう? お母さま」
ごぼり、と沼から泡が湧き出るような不快な音ともに、ドラゴンの体の表面に顔、そして体が浮かび上がる。
それは、かつて女王と呼ばれたエルフの成れの果てであった。
「ち、違う! 妾はエルフの千年王国のために……」
「あら、まだ『教育』が足りなかったんだ。もう一回言うわ。そうでしょう? お母さま」
「おぼぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
不快そうな「偉大なる指導者」の言葉とともに、エルフの女王は絶叫する。瞳がぐりんと裏返り、浮かび上がった身体が病的に痙攣する。その震えが止まったとき、仮面のような笑みを浮かべ、成れの果ては言った。
「はい、『偉大なる指導者』のお言葉通りです。妾は愚かな女王で自らの欲望のために封印を解き、魔素をばらまきました」
「そうよねえ。お母さまが『教育』のやり方を整理してくださったから助かりました。じゃ、もう用はないわ」
そのまま、溶けるように女王だったものはドラゴンの体内に沈んでいく。
「……ダンビーゾ村の異形者と同じ表情だ。親衛隊はこれを研究していたのか」
魔素による人間のコントロールと身体強化。あの書類にはその研究成果と考察が書かれていた。
その非人道的な実験の内容に目を通したときの戦慄を、ブルグミュラーは思い出していた。
「どう? 力を使い、みんなを平等にしてしまうの。エルフも人間もオーガもオークもゴブリンも。そうすればもう、『わたしたち』みたいな生贄は現れない! そうでしょ? あなたたちも賛成してくれるでしょ?」
無邪気ともいえるような口調で、「偉大なる指導者」を名乗る女性、ファフニールは告げる。
その傲慢に満ちた宣告に、氷のような声でシグルドリファが応えた。
「自分は例外だが、か? お前の自称はそう語っている」
みるみるうちに女性の顔が歪んでいく。その表情こそが、図星を突かれたことを雄弁に物語っていた。
「なによ! あなただって自分の保身のために、妹を贄に捧げたくせに! その子がそうなんでしょう!」
くっ、とシグルドリファの口が閉ざされる。
それみたことか、とばかりにファフニールは勝ち誇ったように告げた。
「そうよ、他人なんてみんなそう! 自分のことしか考えてない! そうでしょうそこのあなた! だから一緒に、世界を平等に染め上げましょう!」
「否!」
いきなりティゲールのハッチが開かれると、ズィーは恐れることなく身を乗り出し、叫んだ。
その瞳は強い意志を秘め、目の前の竜を見つめている。
「あなたは間違っている! パウルくんだって、ブルグミュラーさんだってシノさんだってシグルドリファさん、そしてわたしだって、みんなみんな違っている! でも、みんな違っているからこそ、悪いところ、できないところを補いあっていろんなことを成し遂げることができるんだから! 無理やり平等にしたって何も変わらない、わたしはそう、信じている!」
目の前の、かつては自分と同じ境遇だった少女に否定され、一瞬ファフニールの顔が凍りつく。
だが、すぐにその表情は嘲笑を含む昏い感情に満たされたものに変わっていった。
「どうやらあなたたちには『教育』が必要のようね。いいわ。その鉄塊から引きずり出して、たっぷり教えてあげる」
そのまま、ずるり、と溶け込むように女性の姿はドラゴンの体に潜り込んだ。
ドラゴン側の瞳に、生気が宿る。
体につけられた配管を引きちぎりつつ、その頭部半ばまで裂けた口がくわ、と開かれた。
「近接戦闘開始! 魔力弾が来るぞ! 操縦手、急速発進!」
次回予告
爆発、そして弾かれる牙。
世界の命運を賭けた輪舞曲は最高潮を迎える。
そして指揮官は叫ぶ。
「戦友たちよ!」と。
次回、姫騎士の帰還⑦
回転するコインは、どちらの面を向くのか。




