姫騎士の帰還⑤
「1時間半、か」
左腕を上げ、時を淡々と刻んでいる軍用腕時計を見ながらシグルドリファはつぶやく。
突入より2時間が経過したら無差別に砲撃し、王宮ごと飛行装置を破壊する。
そういう取り決めをかわして突入していった挺身隊からはまだ連絡がない。そして、エルフ様式の庭園に必死に塹壕や戦車用の掩体壕を掘る部隊をよそに、不気味なことに壁の外も静まり返っている。
そのときだった。無線機から興奮した声が流れ出したのは。
「こちら挺身隊! 固化エーテルの注入は完了、異界の『門』の閉鎖には成功! ただし、マコト殿が負傷されました!」
朗報と凶報のふたつにざわめきが走る。
ほどなくして、挺身隊は数を減らしながらも地下より戻ってきた。
その中に、担架に寝かせられたマコトがいる。
彼女の右腕は、二の腕の関節の先から断ち切られていた。
「マコト殿、大丈夫ですか!」
シグルドリファがいつになく心配そうに声をかけると、マコトは汗を額ににじませつつもうっすらと目を開けた。
「ドジっちゃいました……。服を銃弾がかすめて、右腕の気密性が維持できてなかったんです。でも、仕事はちゃんとやれました……」
「汚染された部分はアタシがすっぱりやった。あとは手持ちの『生命の水』でなんとかしたが重傷だな。可能なら早く戻って医者に……」
そこまでシノが言ったとき、耳を聾する轟音が響いた。
「何事だ!」
「隊長、こちらヘルガ! 城からの魔力弾が複数着弾、前方の壁面が崩壊しました! 魔軍の大部隊が侵入してきます!」
無線の声と同時に、大ホールに張り巡らされたエーテル照明装置が次々と割れていった。細かなガラスが挺身隊員に降り注ぎ悲鳴があがる。
「これは……、まさか!?」
「マコト殿!?」
麻酔と負傷のショックでぐったりと担架に横たわっていた、エルフの技術者が跳ね上がるように起き上がると、大ホールの電気室に飛び込んでいく。
続いてシグルドリファやパウルたちが駆け付けると、マコトは片腕で操作盤を叩きつつ、無数の配管を通るエーテルの流量が表示されているメーターをチェックしていた。
メーターは一様に、振り切るように最低の数値を出している。
「地下の魔素が蓄積された魔法銀から、魔素が吸い上げられている!?」
眼鏡を光らせ、流量を示す数字を読み取ったマコトがつぶやくと、シグルドリファは厳しい表情で返す。
「奴だ。『偉大なる指導者』を自称する竜だ。場所は?」
「この流量を一度に流し込める場所は……、宮殿上方の飛行船の発着場です!」
ヴェルイーン要塞は、その上層部に旗艦クラスの飛行船を係留するための発着場も設置されていた。
そこに「偉大なる指導者」はいる。
「発着場に行くためには荷物搬入用の大型エレベーターが使えるが、そこのロックは外せますか?」
「大丈夫です。少し待っててください」
負傷の痛みのため顔を蒼白にしつつも、詠唱をおこない魔術的なロックを外し始めたマコトから離れ、シグルドリファは頭にかぶっていたヘッドホン、その通信装置のスイッチを外部通信に切り替えた。
「ヘルガか。命令を伝える」
「隊長!?」
「『偉大なる指導者』ファフニールの居場所がわかった。私は奴を倒しに行く。それまで現有戦力にてその場を死守せよ」
「……っ!」
ヴェルイーン帝国軍において「死守」は文字通りの意味を持つ。
たとえ全滅したとしても、敵を通すな。
命令は実質、「そこで果てよ」という意味であった。
「了解しました。姉様もご武運を」
震える声で返ってくるヘルガの声を聞きながら、シグルドリファは無線のスイッチを切った。
「おまえら、死守命令が出た! アタシたちが敵の親玉の首を取ってくるまで、ここには一歩も残りのクソどもを通すな!」
指揮官の命令を聞き取ったシノが、よく通る声で生き残りの挺身隊に命じた。
「忠誠とともに!」
かれらは敬礼とともに降下猟兵のモットーを叫び、外の兵員輸送車に乗り込んでいく。
同時にティゲールのクルーもまた、自らの愛車へと駆け寄り、乗り込んでいく。
それを見届けたシグルドリファは、自らもティゲールの砲塔に素早く乗り移り、車長席についた。
車内を見下ろすと、皆、こわばりがちだが笑顔とともにシグルドリファのほうを向いていた。
黒衣の車長は瞳を閉じると息を吸い、吐いた。
そして目を見開き、命じる。
「すべてを終わらせるぞ。戦車、前進!」
魔軍の攻勢の第一波は、すべて撃退された。
しかし、まだまだ攻撃は続くだろう。掩体壕に身を隠しているのにもかかわらず、すでに装甲の薄いファンテラは全て撃破され、生き残りの乗員は歩兵に合流している。
その光景に、ヘルガはつい、つぶやいてしまう。
「皆、すまない」
それを聞いたレヴァルトの乗員は、互いに目くばせをした。
かつてはヴェルイーンの音楽院で歌手をしていた、と常々自慢していた操縦手が、声を張り上げた。
我らの眼前に敵が現れしとき
そのときこそが命を賭すときである
戦車とともにの3番だ。
それに唱和するように、砲手、装填手、無線手も歌い出す。
我らは全力を以ってこれにあたり、
ヴェルイーンに栄光をもたらさん
通常の歌詞はエルフィラントだが、そうではなくヴェルイーン、とかれらが歌ったことで、ヘルガは遅まきながら気がついた。
ヴェルイーンっ子たちにとって、これは故郷を取り戻すための戦いなのだ。
たとえ敵弾に貫かれ、その身が燃え尽きたとしても、少なくとも故郷で死ねる。
そこまで思考がたどり着いたとき、ヘルガもまた声を張り上げていた。
敵を切り裂き 我らとともに戦車は征く
「……300mまでならこいつの装甲はびくともせん! 砲手、よく狙え! 装填手、連射にそなえい!」
歌い終わったとき、重傷を負った戦車長の代わりにティゲールⅡの車長に押しかけたラングドルフの塩辛声が、ヘッドホンを通じて聞こえてくる。
ヘルガは将校帽を深くかぶりなおす。眼前には2度目の攻勢をかけてくる魔軍の姿があった。
息を吸い込み、大声とともに命じた。
「砲手! 1時方向、目標トロル! 弾種徹甲、距離800m、撃て!」
次回予告
そびえたつは敵の首領。
嘲笑とともに発せられる言葉は、苦い過去を掘り起こす。
だが、戦姫は冷静に命じる。
「近接戦闘開始!」
次回「姫騎士の帰還⑥」
少女は、旅で確かに何かを掴んだ。
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