姫騎士の帰還②(挿絵あり)
「戦車隊・前へ!」
シグルドリファの号令とともに、アイドリング状態に落とされていた大嵐隊の車両が一斉に魔動機の出力を上げた。
皮肉なことに、ヴェルイーンに異界への「門」が開いたことで、マースンドルクフのマナポイントから湧出するエーテルは魔素に汚染され、大嵐隊の車両は最大の出力を出せるようになっている。
履帯が雪を踏みしだき、次々と装甲車両が丘を登っていく。
先頭車両であるティゲールが丘の中腹に達したとき、その頭上を空気を切り裂き、死をもたらす悪霊として知られる泣き女の叫び声のような甲高い音を立てながら、一発の砲弾が丘を越えていく。
それはあやまたず、魔動機音を聞きつけ攻撃を察知し隊列を整えている魔軍の陣、その右翼の中心部前方に着弾した。
何頭ものオルグがおもちゃのように空中に吹き飛び爆発し、それに倍するオーク、ゴブリンが爆風でなぎ倒される。
動揺する魔軍の陣に、駄目押しとばかりにもう一発が着弾した。
シュトルムティゲールの主砲、40㎝ロケット砲の攻撃である。
空中戦艦の対地攻撃用武器を転用したそれは、一撃でコンクリートで囲われた陣地を吹き飛ばし、高層建造物もなぎ倒す威力を誇る。
それだけの威力の砲弾が、粗末な塹壕くらいしかない陣地の両翼で炸裂した結果、魔族は大混乱に陥っていた。
全速力で丘を駆け下りつつ、司令塔から身を乗り出し敵陣の様子を確認していたシグルドリファは叫ぶ。
「樫1は平地に到着次第、先頭に集合。魔術障壁全開、パンツァーカイルを組め!」
「「了解!」」
返答が返ってくるのと同時に、巨獣たちは丘を抜けた。
開けた場所に出るとずい、と先頭にヘルガが駆るレヴァルト重戦車が突出してくる。その側面、やや後方にティゲール、ティゲールⅡが左右に位置取った。
それを見届けるとシグルドリファは車内に入る。
3両の前面に蒼い光が形成され、それは互いに補い合うかのように巨大な障壁を作り出した。
その障壁の後ろに隠れるようにしてファンテラ中戦車、アンケーリ対空戦車、そしてヴィルトカ兵員輸送車が追随する。
戦車による楔形陣形。
重戦車の分厚い装甲と魔術障壁を用い敵弾からの盾とし、装甲の薄い他の車両の損害を抑え、戦線を食い破る。
機甲師団を率い、数々の魔軍の強固な陣地を突破してきた、シグルドリファのお家芸ともいえる陣形であった。
慌てたように魔軍の陣地から魔力弾が飛んでくるが、統制が取れないその射撃は魔術障壁すら貫通できない。
さらに前方の陣が乱れているため射線が通せず、後方で門を守るドラゴンもまた、射撃を一瞬躊躇する。
それが致命傷となった。
「停止、撃て!」
黒衣の戦姫の号令に従い、発せられた鋼鉄の猛獣たちの咆哮とともに、その咢が魔軍に一斉に襲いかかった。
前方に展開していたオルグ、さらにトロルがあっけないほどに装甲を貫かれ、魔素が暴走し爆散していく。
後方のドラゴンの圧によって逃走もできないゴブリンたちが必死で小銃を撃つが、弾丸は装甲に届きもしない。
逆にファンテル中戦車の前方機銃と砲塔上のリモコン機銃が火を吹き、身を隠すすべもない歩兵は薙ぎ払われていく。
戦車による楔形陣形による、鋭い槍のように突き出されてくる突撃。
それを包囲、殲滅できるはずだった両翼は、シュトルムティゲールの一撃による混乱からいまだ回復できていなかった。
みるみるうちに壊乱していく自陣を眼前にして、ドラゴンはもはや味方の損害もかまわずに最大出力の魔力弾を射出した。
光弾は射線上の味方を巻き込み蒸発させつつ、一直線に先頭の車両、レヴァルトに向けて突き進んでいく。そして、魔術障壁を貫通し。
あっけなく、砲塔の正面装甲に弾かれた。
狙われたレヴァルトの車内では、割れ鐘を鳴らすがごとき振動に襲われたが、戦車の機構的には全く損害はない。
唯一の損害はヘルガが顔を司令塔にぶつけたことであったが、すでに戦いの興奮で痛みも感じない彼女は、流れ出した鼻血をぬぐい、シグルドリファから託された将校帽をかぶりなおしながら命じる。
「砲手! 12時方向、目標ドラゴン! 特殊硬芯徹甲、距離300m、撃て!」
エールファントの砲と同型である、60口径104mm砲がゆっくりとドラゴンへとその砲口を向け、発砲した。
ドラゴンの張った魔術障壁は濡れた紙のように貫かれ、竜は爆散する。
それを見た魔軍の士気は完全に砕かれた。ゴブリンやオークが武器を放り出し我先と逃げ出す様子を確認し、シグルドリファはつぶやく。
「やはり砲を含め、周辺の動力は復旧してなかったか」
そう、都市の各所にある門が開かない以上、コーモゥスの門が閉ざされたことによって上級指揮官を失い、マナポイントを求めてヴェルイーン近郊のあちこちに散らばっていたであろう魔軍の将兵を、秩序を保ちながら短期間で収容はできない。
ゆえに城に通じる市街地に籠るのではなく、外に配置せざるを得なかった魔軍の事情をシグルドリファは斥候の報告を通じて見抜いていたのだ。
「技術少将、お願いします」
「マコトでいいです。少々お待ちを」
小柄なエルフの口から朗々と、マナをせき止めていたロックを解除するための詠唱が流れ出す。
呼応するかのようにシグルドリファもまた、城主だけが知る扉を開けるための呪言を唱えていく。
「そが流れるのは水のごとく。我は来たり。閉ざされし汝の秘密を暴け」
部隊の全員が見守る前で、ゆっくりと市内に通じる大門が開きだした。
どよめきが回線を満たしていく。
「全隊、進撃せよ!」
門が開ききったことを確認すると、黒衣の戦姫は命令を下す。
丘の上にいた観測員を拾い、追いついたシュトルムティゲールも合流して大嵐はヴェルイーンになだれ込んでいく。
この間、30分も経っていない戦いだった。
次回予告
外門は暴風に屈した。
だが、まだすべてが素通しになったわけではない。
停滞してしまった風に魔の咢が襲いかかる。
次回「姫騎士の帰還③」
老兵の意地が、閉ざされた門を割る。
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