姫騎士の帰還①
2日前のことだ。
夜、大尉がわたしの部屋に訪ねてきて、あの書類……、サマリン村の近郊、魔獣が徘徊していた村で見つけた書類を渡してくれた。
「技術少将の力を借りて封印は解いた。この書類はブルグミュラー、お前に託す。これから情勢がどう転ぶかはわからない。お前はこの書類を使い、部下たちを守ってくれ」
いま、その書類はわたしの身体に結びつけてある。もし武運つたなく敗れることがあるなら、戦車ごと燃えてしまうように。
視界のよい運転席からは、ヴェルイーン王宮飛行船発着場、そこに仁王立ちする巨大な白銀竜の姿が見える。引き裂かれたような口をむき出しにし、嘲るように笑う竜に向けてアクセルを踏み込みつつ、わたしはつぶやいた。
神よ、わが隊にご加護を。
その前日。
ヴェルイーン攻略のために検討された進入路はいくつかあった。
開かれた軍議の席で、ヴェルイーン市街地に侵入するために検討されたルートは3つ。
第一は、ヴェルイーン市街地側面にある、飛行船へのエーテル補給のための配管が連なるドック部分。
第二に、裏門。
第三はいちばん守りが硬いと想定される、正門。
機甲部隊の各隊長の顔を順繰りに眺めてから、作戦会議に使う広いテーブルに広げられた市街地の地図を指し示しつつシグルドリファは告げた。
「側面の飛行船ドックは却下だ。あのルートは道が入り組んでいるうえに細い。装甲部隊の展開に一番向かない場所だ」
「では裏門から」
「同様の理由で却下だ。門の強度が弱いとわかっているからこそ、故意に路地を細くし迷いやすくして、さらには待ち伏せしやすい箇所を複数構築してある」
「まさか、正面から」
各隊の小隊長たちにどよめきが走るなか、シグルドリファは淡々と説明する。
「後詰が期待できない以上、最初の一撃で勝負を決めないといけない。ヴェルイーン市街に装甲部隊を展開し、飛行要塞部まで兵力を流し込む。鉄量というハンマーでヴェルイーンの門を打ち破り、『偉大なる指導者』を僭称する竜を討つ」
ざわめきが濃くなる中、ただひとりラングドルフだけは我が意を得たりとばかりに笑みを深くする。
「それに、だ」
ばん、と音を立てて作戦机に手を叩きつけ、静かに西方鎮守の華とうたわれた姫騎士は面を上げる。
沈黙があたりを支配する中、彼女は笑みというにはあまりにも凶暴すぎる表情を浮かべた。
「ヴェルイーンは私の城だ。城主が城に戻るのには、正門以外は使わない」
装甲部隊、大嵐と名づけられた部隊は、一路ヴェルイーンへと凍った道路を進軍していった。
がたがたと揺れる車内で、同乗しているマコトは装填手席に座り青い顔をしている。
「おいおい技術屋さんよ、吐いたりしないでくれよ?」
不規則に揺れる車内で明らかに体格に対して狭い車内なのに、あちこちにある突起物に身体をぶつけもせずに平然と立っているシノがからかうように声をかける。
頭を振りながら眼鏡をかけたエルフは答えた。
「だ、大丈夫です。この車両は変な臭いがしないし、外の風も入ってきますから」
彼女は出発直前に同乗を希望してきたのだ。むろん指揮官たちは大反対したが、
「ヴェルイーン内部のロックの部分的解除と、『門』への固形化エーテル注入による封印のためにはボクが必要です。どうか、連れて行ってください」
その気迫に押され、隊長車であるティゲールに乗ることで折り合いはついた。
「気持ち悪かったらお水をどうぞ!」
そして、ズィーもまた無線手席から水筒をマコトに差し出しながら笑いかける。その柔らかな笑みにほっとしたような表情を浮かべ、小柄なエルフはずれた眼鏡をかけなおし、受け取ると一口、二口と飲む。
シグルドリファはズィーも基地に残していく予定だったのだが、マコトの進言があったのだ。
「ズィーさんはその、ボクを救ったような不思議な力があります。何らかのトラブルがあったときに同行してもらえていると助かります」
そして、ズィーもまた、
「これまで一緒に旅をしてきたんだから、ここで降りるなんてありえない!」
と強硬に主張し、彼女はいま、ティゲールの無線手席にいる。
そのとき、司令塔から寒風をものともせず身をさらしていたシグルドリファが手を上げた。
彼女は戦車兵用の略帽をかぶり、さらさらと流れる銀髪が風に煽られている。
「全隊、停止せよ」
超えればヴェルイーンを見渡せる小高い丘のふもとに、魔軍に音で悟られないように魔動機の出力を絞り、低速で運転してきた部隊は次々と停止していく。
部隊が到着するのと同時に、先行していた偵察隊の歩兵が集まってくる。
黒衣のエルフはティゲールから降りると、かれらと二言三言話してから振り向いた。
「将校斥候をおこなう。シノ軍曹、ラングドルフ予備大尉、同行してくれ」
「おうよ」
「かしこまりました姫様!」
将校斥候とは、普通は兵卒によって行われる敵の情報を探るための偵察に、高級士官が同行することである。
指揮を執るものが危険に晒されることになるが、重要度が高い情報を手に入れ、分析するには極めて有効だった。
隊に警戒を呼び掛け、迷彩柄のポンチョを身にまとい、略帽を脱いで歩兵から借りたヘルメットをかぶったシグルドリファたちは慎重に歩を進め丘を登っていく。
やがて丘を越え、眼下にある門を見下ろしたそのとき。
かれらの目に飛び込んできたのは、魔軍の群れであった。
「こいつは、兵数が1000はいるな……」
ヴェルイーンは飛行要塞を有するがゆえに、万一の場合の事故に備え(という名目で)街の周辺には建物を建てることが禁じられている。
その市街地に通じる門の前に形成された広場に、魔軍は布陣していた。
急ごしらえの塹壕にこもる、オークに率いられたゴブリンの群れ。そして十数匹のオルグに加え、上位種であるトロルの姿まで見える。
そして、固く閉ざされた門の前には一頭のドラゴンが鎮座し、あたりを睥睨していた。
「旅団規模に若干足らず、といったところか。魔素の補給が断たれて5か月、向こうも相当に苦しいと見える」
雪が残る地面に伏せながら魔眼をさらけ出し、敵の数を計測しつつ、シグルドリファはつぶやいた。
「これにカチコミかけんのか? 数が違いすぎるがどうやって」
「何を言ってる」
シノの言葉に、振り向いたシグルドリファの表情は、地獄を幾度となく見てきたはずの降下猟兵すら戦慄させるものだった。
「もはや我々は、勝っているのだぞ」
それはまさに、戦姫の笑みだった。
「ラングドルフ」
「はっ!」
「間接砲撃だ。わが隊が丘の中腹まで達したとき、1発目は敵右翼側、2発目は左翼側にシュトルムティゲールで砲撃せよ。やれるか?」
「初弾で命中させてみせましょう」
「頼んだぞ」
のちに、戦史家はこう書き記す。
「シグルドリファ・ヴォン・ヴァルナー大将ほど、当時機甲戦に精通していた将はいなかった。ヴェルイーン攻略戦、ことに門前の戦いは、彼女の才がいかんなく発揮されたといえる」
次回予告
響く砲声、怒号、そして銃声。
戦場音楽が鳴り響く中、美しき戦姫は叫ぶ。
戦列を組め!
次回「姫騎士の帰還②」
戦姫の槍が、魔の心臓を貫く。




