悪夢と希望④(挿絵あり)
金属を断ち切る甲高い音、それに付随する火花、そして飛び交う怒号にも似た指示の声。
「あうう、音が頭の中でくわんくわんって鳴っちゃってる……」
「音に敏感なエルフの子にはさすがにつらいかな? まあわたしたちでも耐え難いときがあるが」
ばらまかれる火花を巧みに避けつつ、ブルグミュラーはズィーに微笑んだ。
あれから3日が経ち、乗員たちは、整備場に置いてあるティゲールの状態を確認しに来たのだが、そこはいま、装甲部隊を編成するための点検、整備の真っ最中だった。
魔力弾が直撃してもはじき返す、と噂されるコンクリートの屋根がついた室内整備場。その内部では通路にまで鋼材を切断する火花が散っていた。
あたりでは、台車に乗せた部品を運び、届いた砲弾を各車両に格納する作業で賑わっている。
「しかし、よく補給品が届きましたね。試験場には最低限の弾薬しかなかったのに」
「大尉が諸都市からもぎ取ってきたそうだ。それと避難民の中から志願兵も募集してきたと聞いている」
「志願兵を募る、ということは各都市の防衛隊は出さねェってことか」
不満げに言葉を漏らすシノに、ブルグミュラーは肩をすくめてみせた。
「馬鹿な話だよ。魔族に占拠されているヴェルイーンが動き出して、魔素を都市の上空からばらまいたらどうなるかは明らかなのに、それすらもわかっていない」
旅の途中で、魔素に汚染された地域がどうなっていったかを見て、自身もあやうく魔素に取り込まれる寸前だったパウルは、ひどく真剣な声で言った。
「僕たちの戦いが、世界の運命を決めるというわけですか」
「俸給分としてはちょいと過大すぎねェか?」
「まあ、足りない分はあとで大尉に請求しよう……、と、あそこだ」
ブルグミュラーが指さした先に、砂色を土台に赤茶色の迷彩を散らした周辺の車両とは違う、暗い灰色に塗られた重戦車があった。
そのかたわらには、シグルドリファとヘルガの姿もあった。
彼女が顔を上げるのと同時に、乗員たちは一列に並び、一斉に敬礼をする。
「ご苦労。ティゲールの点検は済んでいる、と先ほど整備中隊から報告があった。各自、自分の持ち場のチェックを……」
「 姫 様 ! ! ! 」
銅鑼を鳴らすがごとき大音量の塩辛声が響き渡る。
その大音量にズィーは目を回したかのようにふらつき、エルフのふたりも一瞬体がぐらつく。
「その声は……、ラングドルフか?」
戸惑ったように声の方向を向くシグルドリファの視線の先には、現在のとは違う、古い型の戦車兵の軍服をまとった顔中ひげだらけの老兵の姿があった。
指揮官の顔を見た老兵は、色気のある敬礼を送ってくる。
「覚えておられましたか姫様! 不肖、マックス・ラングドルフ予備大尉、老残の身なれどもこの身をもって最後のご奉公を遂げんと志願させていただきました!」
そこで、ラングドルフはまじまじとシグルドリファの姿を見つめる。
「姫様はずいぶんと戦塵にまみれたご様子。だがもう心配はいりませぬ。吾輩が粉骨砕身の覚悟をもって姫様の盾となり……」
「大尉、姫様が戸惑っていますよ。さ、御挨拶も済んだのだから行きましょう」
「ハンス、何をする、まだ話は終わっとらん! こら放さんか老人をいたわれい!」
いままさに老兵の演説が始まろうとしたそのとき、どこからともなくあらわれた度の強そうな眼鏡をかけ、戦車整備隊の制服を着た若者がラングドルフの腕をつかみ、引きずるように離れていく。
「……老人も動員することになるんですね」
騒動が終わったあと、ヘルガがため息交じりにつぶやいた。
「ああ、手持ちはなんでも使わなければならぬ。そうはいってもだ」
どこか楽しそうに、シグルドリファは言った。
「ラングドルフはあれで、腕利きの戦車兵だぞ?」
その夜。
「シグルドリファ様、これが今日の時点での稼働装甲車両一覧です」
副官として、部隊を取りまとめるかたちとなったヘルガから提出された書類に、事務机を前にしたシグルドリファは手早く目を通していく。そのリストにある稼働車両は、
ティゲール重戦車1両
レヴァルト重戦車1両
ティゲールⅡ型重戦車1両
ファンテラ中戦車3両
ファンテラⅡ型中戦車1両
アンケーリ対空自走砲2両
ヤークトファンテラ1両
シュトルムティゲール1両
ヴィルトカ兵員輸送車6両
となっていた。
そして、歩兵が100人程度。
コーモゥス奇襲から生き残ったベテラン揃いではあるが、これで要塞の攻略をする、とはいかにも頼りない数だった。
「戦車の種類はバラバラ、全体での訓練も行う時間はない、乗員は予備役兵か学徒兵が半分を占める。不安材料はあげればきりがありません」
「ここ1年はエルフィラント帝国軍はそういう話ばかりだ。我が隊ばかりの話ではないな」
「せめてシグルドリファ様はレヴァルトに乗ってください。最新式で装甲も魔術障壁も厚いですから」
「いや、私はティゲールに乗る。砲手も操縦手もあの車両の癖を知り尽くしているから、今になって変えるのは逆に危険だ。ヘルガが乗るといい」
「姉様!」
思わず声を上げるヘルガに、シグルドリファのおとがいがかすかに上げられ、緑色の瞳の視線がヘルガに向く。
「考えすぎるな。自信を持て、ヘルガ。お前はそれだけの能力がある」
「でも、わたしは……」
続く言葉を待たず、シグルドリファは立ち上がると、かたわらに置いてあった自身の将校用軍帽を取る。
そのままヘルガに近寄り、彼女の目の前に立つ。
「姉様……」
「ヘルガ。わたしが帰ってくるまで、明日をもしれぬ状況で隊を維持できたのは、お前の力量だ。それは事実だ」
その手を取ると、将校帽を握らせる。
「もはや私には渡すべき勲章も、名誉もない。だが、装甲師団を率いるとき、いつも私のそばにあったこの帽子は別だ。これをお前に託す」
帽子を持ったまま、ヘルガは震える声で言葉をかろうじて発した。
「姉様……、もう、いなくならないでください。お願い、ですから……」
その悲しみに満ちた顔を隠すかのように、シグルドリファはそっと彼女を抱きしめた。
「大丈夫だ。私はどこにも行かない」
翌朝。
格納庫に集まった隊員たちが訓示のあと、各自に割り当てられた戦車に走っていく。
さらに、迷彩が施された魔法銀製の胸甲をつけ、最新式の連射可能な銃、MK9145を装備した歩兵隊が兵員輸送車に乗り込んでいく。
「樫2、異常ありません」
「樫3、準備よし」
「こちら樫4、姫様、問題はありませぬぞ!」
最後の小隊の言葉にかすかに苦笑めいた表情を浮かべつつ、シグルドリファは喉に巻いた喉頭式マイクを片手で押さえた。
「さあ、征くぞ。奴らに奪われていた、我らが父祖の街を解放する。魔動機始動!」
その号令と同時に、一斉に装甲車両群は魔動機をかける。
暴力的な騒音が格納庫を満たしていく。
一斉に始動するのは、敵に車両数を悟らせないためだ。
黒灰色の戦車が、真っ先に格納庫から出てきた。
ティゲールの司令塔のハッチが水平に回され、ゆらり、と人の上半身が現れ、眩しい朝日に包まれていく。
決して大きくはないが張りのある声とともに、黒衣の戦姫、シグルドリファは片手を上げ命じる。
「戦車隊、前へ!」
号令とともに振り下ろされた手の指す先は、奪われたわれらの故郷。
いまは魔の城と化した、ヴェルイーン。
次回予告
賽は投げられた。
しかし魔族とて無為に時を過ごしてはいない。
盤上に並ぶ戦列は山と積み上げられている。
次回「姫騎士の帰還①」
戦姫の蒼い瞳が、獲物を捕らえる。
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