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悪夢と希望③

 すでに日が暮れ、試験場は闇が覆っていた。

 その暗さでも、薄く雪が積もった広場、そこに滑り込んだかのように跡をつけた白銀の機体はぼんやりと視認できた。


 護衛兵を伴って駆け付けたシグルドリファとヘルガの指令で、投光器の光が当てられる。


 光に照らされたそれは、着陸の衝撃で半壊していた。

 前部の推進器と思われるプロペラは折れ曲がり、右の翼は着地の衝撃で吹き飛んで機体から離れて転がっていた。


 そのまま、シグルドリファは手に同行した兵士から借りた拳銃を持ち、物体の前方へと慎重に近づいていく。


 風防ガラスに覆われたそこに、安全ベルトにより席に固定されたエルフが、力無く横たわっていた。


 白衣を身に着け眼鏡をかけた、シグルドリファたちから見れば小柄で童顔の娘である。

 だが、彼女のあちこちには、魔素に汚染されたあかしの黄緑色の発光体が浮かび上がっていた。


「衛兵!」


 シグルドリファの呼び声に、ひとりの兵士が駆けつけてくる。


「私の戦車のクルーを見つけ、伝令を頼む。大至急ズィーに『生命の水』を作成し、ここに来るようにと」


「はっ!」


 兵士が走り去ると、ヘルガは不思議そうな顔でたずねた。


「シグルドファ様、『生命の水』とは……? もはや失われた技術では」


「すぐにわかる」


 ほどなくして、兵士は水筒を抱えたズィーとともに戻ってきた。


 その顔を見たヘルガの表情がこわばる。


「姉様、まさかあの子は」


「今は何も言うな」


 何かをたずねたいようなヘルガを制し、ズィーから「生命の水」を受け取ったシグルドリファは、慎重に操縦席から意識を失っているエルフを引き出すと蒼く光る水をかけ、そして飲ませていった。


 朝の光にさらされた霜が消えていくように、あっという間に黄緑色に光る汚染が消え失せていくのを目の当たりにして、兵士たちからどよめきが起きる。

 

 小柄なエルフの身体から黄緑の光が消えたのを確認して、シグルドリファは周りの人々に告げた。


「これでいい。衛兵、丁重に部屋に運べ。この方は帝国技術少将、マコト・インジェアーリン殿だ」




 翌朝。

 

 マコト、と呼ばれたエルフが目を覚ました、という知らせを受け、シグルドリファはヘルガを伴い、彼女がいる病室へと向かった。

 外に立つ衛兵を人払いしふたりきりになると、ドアを開ける。


「ご加減はいかがですか、()()()殿()


 儀礼を省いた挨拶に、ベッドに横たわっていたマコトは上半身を起こし眼鏡をかけなおし、驚いたようにシグルドリファを見る。


「その声は、シグルドリファさん……!? 負傷したと聞いていましたがその姿は。それと、ボクはどうなって」


「わたしの境遇はおいおい話します。それより、いまのヴェルイーンの状況を教えていただけませんか」


 その静かな声に察したかのように、マコトは自分の身に何があったか、ぽつりぽつりと話し出した。


 魔軍の侵攻により、ここマースンドルクフからヴェルイーンへと避難し研究を続けていたが、半年前の8月15日に防壁を突破され、城内を蹂躙されたこと。


 それから研究室に立てこもっていたが突破され、異形者(グール)と化した女王親衛隊に研究を強制されていたこと。


 ここまで話したところで、シグルドリファが口を挟む。


「マコト殿、研究というのは? あなたは機械工学に明るくはありますが、魔法体系はさほどでもないはずですが」


「エーテルの流れを機械的に1点に集中させる、という研究です。どうやら魔族はその方法がわからずにボクを安易に異形者にするのではなく、研究させたほうがよい、と判断したのでしょう」


「異世界の技術は、まだまだ我々にとって理解できないものが多いですからね。あなたは技術を我々に『わかりやすく』導入できるようにしてくれた」


 そう、これがエルフたちの持つ、隔絶した技術の秘密だった。


 召喚魔法を応用した異世界からの魂の召喚、そして事故や病で魂を失ったエルフにその魂を宿らせる。


 かつて異世界よりエルフは「勇者」を召喚し勢力を伸ばしていた。


 しかしあるとき、召喚した世界に通じる「門」が事故で閉じられなくなり、そこから流入した病原菌で人口の半数を失うことになる。


 その愚を繰り返さないように、エルフたちが新たに生み出した召喚法であった。


「いえ、生まれ故郷でリストラで職を失い、そのままトラックにはねられて亡くなったボクを引き立てていただいた、エルフの皆さんには感謝してますから。でも、ボクはそれに甘えて、『門』を開く手伝いをしてしまった……」


 す、とシグルドリファの残された瞳が細まる。


「やはり、あの光の脈動は『門』が開かれた、ということなのですね」


 マコトの唇がきゅ、と引き結ばれ、そのまま数刻の沈黙が訪れた。

 シグルドリファとヘルガは急かそうとはせずに答えを待つ。


 そして、彼女は罪を懺悔するかのように口を開いた。


「……はい。推測ですが、コーモゥスに比べてヴェルイーンのマナポイントは異界への門を開くのには狭かったのでしょう。だから、無理やりにでもエーテルの流れを制御し勢いをつけることで、門をつなげたのではないでしょうか。ただ」


「ただ?」


「それを悟ったとき、ボクはヴェイルーンのエーテル供給装置の各設備にロックを施していきました。それが発覚して汚染されかけましたが、何とか試作の飛行機で脱出して、いまここにいます」


 シグルドリファは窓の外に視線を移す。

 確かに、マコトが脱出してきてからはヴェルイーンからは、魔力光と思われる光は放たれなくなっている。


「ロックはどのくらい保ちそうですか」


「短ければ1週間……、ですね。ヴェルイーンには腕利きの魔術師が何人もいます。異形化で魔軍に操られているのなら、それくらいで解いてしまうでしょう」


 その言葉に、沈黙していたヘルガがたまりかねたように叫ぶ。


「1週間なんてそんな、短すぎます! まだ諸都市への説得すらできていないのに、兵力が足りな過ぎて」


「対抗手段は、あります」


 さえぎるように告げられた、いままでの弱気な口調から一変した強い言葉に、ヘルガは沈黙する。


「それを皆さんにお見せしましょう」




「汝は石。されど言葉をもって流水に変わる。それにより扉の封を解け」


 試験場の地下格納庫。

 隠されたその入り口である、魔法施錠をほどこされた鋼鉄の扉がマコトの詠唱によってロックが外されると、ひんやりとした空気を切り裂くかのように連動して手前から自動的に照明がついていく。


 そして、明かりが灯るたびにひとつ、またひとつと異なる鋼鉄の怪物が姿を現していく。


「これは……!?」


「エルフィラント帝国軍次期装甲車両、その試作兵器群です。試作、といってもパワープラントは、可能な限り信頼性が高い既存の魔動機(エンジン)の改良型を使っていますし、搭載砲も枯れた技術のものばかりです」


 明かりに浮かびあがった車両は、


 ティゲールを一回り大きくし、車体前面装甲を斜めにして砲塔を菱形にしたような重戦車。

 そのシルエットをコンパクトにまとめ、長砲身の砲をつけた中戦車。

 回転砲塔を無くし、かわりに斜めに形成された車体から牙のような砲身を突き出した突撃砲。

 砲塔に砲ではなく、昆虫の触角を思わせる細い機関砲をふたつ装備している対空戦車。

 中戦車から砲塔を取り去ったような兵員輸送車。

 そして、砲塔が無く、まるで三角の積み木を車体に置きそこから丸太の切り株を突き出したような自走砲。


 純粋な暴力の結晶が、そこには鎮座していた。


「これらは女王陛下にお披露目するために用意しておいたものですが、燃料・弾薬を補給し、点検を行えばすぐに出撃できるようになっています。また、増加試作の半完成品の車両も、何台かあります」


 マコトの自信に満ちた声に、シグルドリファはわずかに口の端をつりあげた。

 それをもしティゲールの乗員たちが見たら驚愕しただろう。

 隊長が笑った、と。


「コーモゥスでティゲールを見つけたときのことを思い出すな。あのときも、厳しい状況から1両の重戦車(ティゲール)を見つけたおかげで、帰ってこられた」


「では、シグルドリファ様」


「ヴェルイーンはいま現在、麻痺状態にある。

 この機を逃すわけにはいかない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 次回予告


 飛び散る火花、響き渡る喧噪、そして命を吹き込まれる鋼鉄の巨獣たち。

 さあさあ皆様ご照覧あれ。戦姫の一世一代の丁半博打を。

 賭けるは世界の運命さ。


 次回「悪夢と希望④」

 たとえ一振りといえども、その剣は鋭い。


 

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― 新着の感想 ―
まさか転生者の霊を呼び寄せて、異世界の技術を積極導入していたことがこの国の富国強兵の源の一つでしたか…グールになった親衛隊に無理やり研究を余儀なくされ、それでも遅延妨害をしかけて試作飛行機で飛んでくる…
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