悪夢と希望②
機関銃の咆哮があたりに響きわたった。
雨あられと注がれるその銃弾は、不快な音を立てて戦車の装甲板で弾き返される。
「くっ、ここまで兵力を集めているなんて」
司令塔の狭い視界から外を観察しつつ、ヘルガ・ヴォン・シュライヒャー大佐は歯噛みする。
プラチナブロンドの髪をうしろにまとめた、エルフ族らしい整った顔立ちだが、戦場の重圧はその表情に昏い影を落としている。
ヴェルイーンの大規模マナ・ポイントの支流を擁し、それゆえに兵器試験場が造られているマースンドルクフ。
その周辺に配置された魔軍は、機関銃陣地に加えて、ところどころにオルグの体がすっぽりと隠れるような塹壕を掘っていた。
オルグたちはそこから半身を乗り出すようにして射撃してくる。
下半身が隠されていることにより味方の命中率は下がり、反対に遮蔽物がなく全体を晒さないといけない攻撃部隊は、徐々に被害が積み上がってきている。
「3号車、被弾!」
乗員の絶叫に、ヘルガは思わず右を向く。
砲を連射していたかたわらの戦車が、魔術障壁を貫通され、擱座していた。
乗員があわてて脱出していくのが見える。
エーテルのみの燃料では、やはり魔術障壁の出力が弱い。
このままではジリ貧だ。撤退して再編成するべきか。
シグルドリファ姉様を犠牲にしてまで、コーモゥスから撤退させた兵員を無為に失うわけにはいけない。でも……。
弱気が彼女を迷わせている、そのときだった。
塹壕にこもっていた1頭のオルグが、背後から砲弾に貫かれた。
さらに歩兵の展開を阻んでいた機関銃陣地もまた、榴弾により次々と吹き飛ばされていく。
「これは……、どこの部隊なの!?」
当惑するヘルガの耳に、通信機が通信を受信し、マイクから声が聞こえてきた。
その冷徹な声は、彼女に耳を疑わせるとともに、強烈な既視感を呼び起こす。
「こちらはシグルドリファ・ヴォン・ヴァルナー。指揮官は誰か」
「姉様!?」
思わず漏らした声に呼応するかのように、次々と部下の声が聞こえてくる。
「姫殿下!?」
「まさか、コーモゥスで戦死されたと聞いていたのに」
ざわめきを鎮めるかのように、美しい声が命じる。
「ヘルガか。正面の敵は撃破した。右側面の敵兵力は抑える。そのまま突撃せよ」
「……はい!」
無線機から熱狂的な歓声がこだまする。
マースンドルクフの敵兵力がすべて掃討されたのは、それから半日後だった。
黄昏迫るマースンドルクフの演習場に、攻撃部隊の隊員たちが集結している。
かれらは疲れ切っているにもかかわらず、奇妙な高揚感に包まれていた。
「コーモゥスでしんがりを務め、俺たちを帰還させてくれた姫騎士様が戻ってきた!」
「しかも、また俺たちを助けてくれた!」
畏敬に満ちたその表情は、戦車からシグルドリファが降り立ったことで歓喜のそれに変わる。
「西方の守護騎士、シグルドリファ・ヴォン・ヴァルナー少将に、敬礼!」
整列した兵士が一斉に、黒衣の指揮官に敬礼する。
そして、シグルドリファもまた、彼らに答礼した。
その光景を眺めながら、シノは彼女には珍しく、戸惑ったようにかたわらの同僚に問いかけた。
「オイ、あの指揮官サマってそんなに偉かったのか?」
何をいまさら、という顔でパウルが見返す。
「隊長はバウストポリエ要塞突破をはじめ、機甲部隊指揮官としてそうそうたる戦果をあげてきた方ですが。雑誌やニュース映画でも常連でしたよ?」
「本を読むのは苦手なんだよ……。それに、宣伝映画なんて前線じゃろくに見れなかったからな」
かれらが見つめている中、一人のエルフが前に進み出る。
ヘルガ・ヴォン・シュライヒャー。この部隊をまとめている指揮官だ。
その人は美しかった。
相対してわかる。たとえ戦争がその身を削ろうとも、エルフィラント西方鎮守の華とうたわれた姫騎士の心を削ることはできない。
ヘルガは夜のとばりが下りだした広場で、彼女の先輩であり何かと世話を焼いてくれた、姉と慕うエルフと向かい合った。
「姉様」
歓喜とうしろめたさが入り混じった感情が、自分を包んでいる。
でも、言わなければならない。そうでないと自分が許せない。
想いを込めて、ヘルガは口を開く。
「姉様、わたし、あなたを見捨てて」
「何も言うな」
静かだが、断固たる声に彼女の体が硬直する。
「お前は部下を連れて帰った。そして私はここにいる。なら、言葉にする必要はない」
「……はい!」
膝が崩れ落ちそうな感覚にとらわれていても、姿勢を保ち続けられていたのは、目の前のひとに無様な姿を見せられない、という矜持のたまものにすぎない。
「まずは状況を聞きたい。半年が経過して、魔軍がどうなったのか、反抗作戦は行われたのか。聞きたいことはたくさんある」
「わかりました」
状況は芳しくない。
でも、難局を分かち合えるなら、なんとかできるのではないか。
ヘルガはそう思いたかった。
「……なるほど、ここにきて諸侯の足並みがそろわない、と」
マースンドルクフにある兵器試験場の会議室で、シグルドリファはヘルガから説明を受けていた。
「大嵐作戦が成功したことで、確かに魔軍の魔素の補給線は切られたのです。しかし、やつらは手持ちの魔素が切れる前に自称『偉大なる指導者』ファフニールが自らヴェルイーンを強襲、占領し、マナの湧出源を奪いました。
我々は予備として設定されていた、城外の『門』に転移していたので難を逃れましたが、その時に女王陛下、そしてエルフの同胞の大半が、やつらの手にかかったようです」
女王が魔族の手にかかった、という言葉にシグルドリファの眉がほんの少し動くが、それを気取られないように視線で話を促す。
「民間人は周辺の諸都市と同様、ほとんどが事前に脱出し避難してます。ただ、一番の問題はヴェルイーンの陥落後、人の王国であるメンブレ王国、クルーハンブ自由都市は避難民による治安悪化を理由に交渉を受けつけず、自領から兵を動かしません」
「ヴェルイーン、という重しがあってこその西部領の安定だ。強権的に押さえつけることによって、紛争を抑止していたからな」
エルフたちの大陸統一という面において、彼女たちの大きな武器となったのはエーテルを利用した、他を隔絶するテクノロジーであった。
エーテルテクノロジーとそれを背景にした武力により、エルフィラントが都市国家が乱立していた西方諸国を併呑していったのが150年前のことだった。
それから人その他の種族の調停役、という名目でエルフが支配階層に収まっていき、エルフィラントは繁栄を続けていったのだ。
それゆえに、コーモゥスに続きヴェルイーンまで陥落しその重しが取れたとなれば、人の王国は自領の安全を優先し、さらには独立を考えるであろうことは、かつてヴェルイーンの城主であったシグルドリファには痛いほど理解できた。
「ゆえに我々は独自の戦力を持つべく、試作車両が残っているであろうマースンドルクフの攻略に踏み切りましたが、魔軍の予想外の抵抗に難航していました」
「ならばわたしは間に合った、ということだな」
「……はい」
ヘルガはほんの少し頬を染めたが、それを気取られないようほんの少しうつむいて続ける。
「大嵐作戦に参加した、ヴェルイーン都市防衛隊である姉様……、いえ、シグルドリファ様直属の部隊は統制を維持しています。これに加え、ヴェルイーンの鎮護をエルフィラント帝国の名のもとに命じられたシグルドリファ様が戻ってこられたのなら、いまは命令を聞かない諸都市も少しは態度を軟化させるのでは」
「政治の季節、というわけか。煩わしい話だが、やらねばヴェルイーンの奪還は困難を極めることになる」
そこまでシグルドリファが言ったとき、会議室のドアが激しくノックされた。
「入れ」
ドアのほうに視線を向け、隻眼のエルフが応えると、緊張に顔をこわばらせた兵士がドアを開ける。
「報告です。ヴェルイーンの方角より飛行物体が飛来、試験場の広場に着地しました」
「攻撃か? 被害は」
「爆発などはありませんが、その。
状況を確認するために物体に近づいた隊員がいるのですが、操縦席らしきところにはエルフの方がおられる、と」
次回予告
もたらされた情報。栄光の名に隠れた支配者の傲慢。
すべてを胸に秘めつつ、眠る巨獣の群れを前に姫騎士は決断を下す。
次回「悪夢と希望③」
その表情は一縷の勝機を見出した証拠。




