悪夢と希望①
光が、眩しい。
照明がぎらぎらと半減した視界できらめく。
意識がもうろうとする。ここはどこだ。
そうだ、わたしは負傷して。
「これが今度の実験体かね?」
男の声が聞こえる。実験体、なんのことだ。
「『元』英雄だそうで。敵前逃亡の罪で実験体にするように上から指示が出ました」
もうひとり、男の声が聞こえた。ちがう、わたしは、わたしは義務を。
「全く戦争さまさまだな。おかげでエルフの実験材料すら手に入る。一敗地にまみれたようだが、この実験で生まれ変わるさ」
「正気を保てれば、ですけどね」
やめろ、やめてくれ。からだが、うごかない。
「彼女に運があることを祈ろう。じゃ、始めようか」
失ったはずの右目に激痛が走り、シグルドリファは絶叫した。
熱い、右目が熱い。
凶暴な衝動が渦巻いている。
「保管されていた魔獣ティゲール、その瞳の移植手術は成功しました。これまでの被験者はことごとく狂いましたが、彼女は安定しています」
媚びを売るような声が聞こえる。
うるさい、わずらわしい、人の言葉がここまでうるさく聞こえるなんて。
「そうかそうか、西の姫騎士とうたわれたヴァルナーの令嬢もこうなっては獣と同じじゃの。まあ、魔法を使えぬ劣等種並みの恥さらしには過ぎた慈悲よ」
この声は、我を討ったもののかたわらにいた女。
そう、なのか。
自分の意識と、別の意識が混じりあう。
「それで、戦争には投入できるのかや。魔軍はオルニエデル川を渡り、ヴェルイーンまで迫っておる」
「もちろんでございます女王陛下。すでに五階級降格の上、懲罰部隊の隊長として使い潰せるように手配しております」
理解できない言葉が、外から聞こえる。が、いまはかまってはいられない。
ぎり、と食いしばった歯が鳴る。
自身の魂と混じりあい、乗っ取ろうとするもう一つの魂を強引に抑え込む。
西方守護を任じられたヴァルナー家は、国に忠を尽くす。
たとえそれが、史上最大の愚か者に率いられていようとも。
なぜなら私は、もはやそれしか残っていないのだ。
たったひとりの肉親を国に捧げた時に。
「ひどいなこれは」
雪がそこかしこに積もった、荒れ果てた街を歩きながら、ブルグミュラーはつぶやいた。
そのあとを、暗い顔をしたパウルがついてきている。
この都市の名はファンクフォート。
マナの一大湧出地であるヴェルイーンの門前町、そして街道の結節点として栄えた場所だった。
が、いまはそこかしこに銃弾や砲弾の痕が穿たれ略奪の跡も生々しく、かつては賑わいを見せていた街路も、ガラスの破片と煉瓦のかけら、そして凍った雪で酷く歩きにくくなっている。
そして、拭い去ったかのように人の姿がない。
ブルグミュラーは知っている。
この廃墟が、パウルの故郷であることを。
いきなり、パウルが走り出した。
ものも言わず、ある一軒の食堂だったとおぼしき店に駆け込んでいく。
「パウル!」
普段とは全く違う無謀な行動に、ブルグミュラーはおもわず声をかけた。
だが、その拍子に店にかけられている傾いた看板の名前が目に入り、足が止まった。
「雄鶏の喧嘩亭」
パウルが常々話していた、かれの実家の屋号だった。
銃を抱えつつ、慎重に店の中に入っていく。
1階部分は略奪にあい、テーブルなどの家具が無惨に打ち壊されていた。
ゴブリンの仕業なのだろうか、異臭が鼻をつく。
2階に続く足跡を追い、ブルグミュラーは階段を上っていった。
2階は居住用となっているらしく、ほうきやちりとりなどの生活のための物品がそこかしこに散らばっている。
半開きになったドアからすすり泣く声がするのを聞きつけ、ブルグミュラーは足を速めた。
「パウル!」
寝室らしき部屋だ。ベッドや書き物机が置いてあり、机の引き出しは乱暴に引き開けられそのかたわらで、パウルは床に座り込んでいた。
その周辺には手紙らしき紙が何枚か床に散らばっている。
最悪の状況を想定しながら彼が近寄るとしゃくりあげながら、少年は顔を上げた。
「曹長、無事でした……、西の親戚を頼って疎開するって、手紙がありました……」
「そうか、家族は無事か、よかったな」
肩を貸し、パウルを起き上がらせながらブルグミュラーはふと、手紙がしまってあったであろう机に目をやる。
埃の積もり方から少なくとも半年は経っている、と見当をつける。
つまり魔軍の侵攻を前に疎開もしくは避難したであろう、街の人々は戻っていないということだ。
今年に入ってから急激に押し込まれたとはいえ、挺身部隊がコーモゥスの門を破壊してから半年弱。
魔素の供給が切れ、弱体化した魔軍を叩く時間はいくらでもあったはずだ。
なぜ、防衛部隊は反撃できてない?
街のはずれに止めたティゲールのもとに、ふたりは小走りで戻っていく。
結局誰も見つけられないまま戻ることになった彼らの耳に、不吉な響きが聞こえた。
「Nastalo vremya dat' otpor, tovarishchi! Sobiraytes' v stolitse!」
同志諸君、反撃の時が来た! 首都に集結せよ!
不安そうなズィー、表情を凶悪にまで歪めたシノ、そして唇を真一文字に引き締めたシグルドリファ。
彼女たちが囲む中、車内から外に出され、アンテナを接続し感度を上げた無線機から聞こえるそれは、聞き慣らされた魔軍の号令そのものだった。
「戻ったか。状況は最悪ともいえる」
「これはやはり、想像はしたくもないですが」
ブルグミュラーはティゲールの背後を見上げる。そこには、紫の光を断続的にほとばしらせる、城を中心として壁に囲まれた要塞都市の姿があった。
「ヴェルイーンは、魔軍に占拠されている」
「これからどうする? アタシたちだけでヴェルイーンにカチコミかけるわけにはいかねェだろ」
全員がティゲールに乗り込み、席に着いたあとのシノの言葉に、黒衣の指揮官は珍しく隊員たちの前で考え込んだ。
魔動機の単調なアイドリング音が、車内を満たしている。
「……防衛部隊がすべて殲滅されたとは考えにくい。ヴェルイーン周辺の防衛基地のどこかに集まって抵抗しているはずだ。ズィー、無線の周波数を31.7に合わせてくれ」
「はい!」
大嵐作戦決行直前に設定された、共用周波数の数値をシグルドリファは伝え、少女が応じる。
細く白い指がダイヤルを回し、指定された周波数に合わせるが空電の音しかしない。
「やはり変えられていますね」
「もう半年以上経っているからな。となると……」
「意見具申です。周波数28.8を試してみたらどうでしょうか」
パウルの声に、ブルグミュラーの顔が苦笑いのような表情になる。
「なんだその番号。エルフィラントのまじないの数字か?」
シノがけげんな顔をして聞く。
「まじないと言えばまじないだな。この周波数はエルフィラント軍の最初の大攻勢のとき、使われたやつだ」
「やってみよう。ズィー、頼む」
シグルドリファの指令にズィーは、再度ダイヤルを動かした。
ダイヤルが28・8に合ったそのとき。
「……第二小……は陣地を迂回、攻勢を継続せよ。……三小隊に火……支援を……」
ざりざりと耳障りな空電が所々に入りつつも、人の声が流れ出す。
「入った! やったなパウル、大当たりだ!」
「設定した奴はずいぶんとセンチメントなやつなんだな。場所はどこだ?」
クルーの歓声を手で制すと、シグルドリファはエルフ用に小さくつくられたヘッドホンに手を重ねるようにして、無電から流れる音を聞き取ろうとした。
「……マースンドルクフだ。わが軍はそこに攻勢をかけている」
次回予告
堕ちたる姫騎士は部隊と合流する。
かつて彼女が魔の都から逃がした部隊。
かれらとの出会いは黒衣の指揮官、否、戦姫に何をもたらすのか。
次回「悪夢と希望②」
舞い降りる銀の翼は何だ。
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