妖精の鍛冶師④
それから3日が経った。
「パウル、そっちの工具を取ってくれ。ズィーちゃん、もらった食料はここに」
乗員たちは出発すべく、鍛冶場内に止められたティゲールに荷物を積み込んでいた。
「おう、皆ここにいたか」
そこに、シノがやってくる。
彼女の顔はどこか、決意を秘めた表情を浮かべていた。
「シノさん、どこに行ってたんですが。さぼっていないで手伝ってください」
パウルが非難の声をあげるがそれを制して、彼女は面を上げる。
「すまんみんな、アタシはここで抜ける。あの爺さんに誘われたんだ」
沈黙が、辺りに満ちた。
「もう魔族もほとんどいなくなったし、ヴェルイーンまで一週間あれば着く。アタシがいなくても大丈夫だろ」
「隊長には」
「もう話した。散々引き留められたが押し通した」
半ば呆然としたブルグミュラーの問いに、シノは不愛想に応じた。
そのとき、小さいがよく通る声があたりに響く。
「やだ」
ズィーだった。両目に涙をたたえ、きっ、とシノをにらみつけている。
「シノさん、わたしを立派な降下猟兵にする、って言ってくれたじゃない、あれはウソだったの」
「そういうわけじゃねェが……」
「やだやだやだやだ!」
今までこのような、子供のようなかんしゃくを起こしたことのないズィーの姿に、クルーたちは呆然とする。
口元をきっ、と引き締めた少女は、無言で小さな体を翻すと外に走っていく。
「ズィーちゃん!」
あわててパウルが引き留めるが、彼女はそのまま走っていった。
「嫌われちまったな」
沈黙に耐えかねたようにぼそり、とシノが言う。
その声に、パウルは顔を上げると、言った。
「僕、捜してきます」
「済まねェ」
まだ少年の面影を残す戦車兵は、小さな無線手を追って鍛冶場を飛び出していく。
雪に残る足跡を追えば、彼女を捜すのは難しくはなかった。
少女は、家の裏にある丘の頂上で傾きつつある日に照らされながら、倒れた木の上に座り込んでいた。
「ズィーちゃん、戻ろう。このままだと身体が冷えるよ」
「バウルくん」
顔を上げた少女の瞳は真っ赤に染まっていて、彼女がさんざん泣きはらしたことを無言で語っている。
「ごめんなさい、捜させてしまって。わがまま言ってごめんね」
ただ謝るズィーを、パウルは静かに見ていた。
そしておもむろに、彼女のそばに座る。
「パウルくん?」
驚いた声をあげるズィーの顔を、かれは見つめた。
「ズィーちゃん、前、サマリン村で僕にいろいろ話してくれる? と言ったよね。いま、ほんの少し、話してもいいかな」
「……うん」
ほんの少しためらってから、ズィーは答えた。
「何年も、僕たちは戦争を続けていた。僕がものごころがついたときからすぐ、戦争がはじまって、嫌なことがたくさんあった。戦争にいろんなものが奪われてきたんだよ」
ひゅう、と風が吹いた。
風を追うように遠くを見る彼の横顔からは、何の表情も読み取れない。
「シノさんはたぶん、『何か』を取り戻したかったんだと思う。戦争に奪われてきたものをね。この場所でその、何かを見つけたから降りたい、と言い出したんだと僕は思う」
とつとつと、決して滑らかではない言葉で、パウルは話していく。
ズィーはそれを、黙って聞いている。
「シノさんは僕の推測だと、この国の出じゃない。君のように、魔族にどこからかさらわれてきてむりやり兵隊にさせられ捕虜になって、エルフィラント軍に加わった。そういう境遇じゃないかな」
「そう……、なのかな」
「僕の想像だけどね。もう魔族はいなくなったのなら、彼女が降りるのも許してあげられないだろうか」
そのまま、パウルは口をつぐんだ。
沈黙が、辺りを包む。
「……パウルくん」
そう、ズィーは言うといきなり、隣のパウルにぎゅ、と抱きついた。
「わ……」
おもわずパウルは声を上げるが、真っ赤に染まったエルフの少女の頬を見て、それ以上何も言えなくなる。
「バウルくん、せめて……、せめてこの旅が終わるまでは、一緒にいて。ずっとなんて言わない。だから、どうか……」
「わかった、約束するよ」
そっと、肩を震わせる少女の背中に手を回し、なだめるように背中を撫でながら、パウルは自分の服がじっとりと濡れていくのを感じていた。
翌朝。
「世話になったな」
「まあ、今回の滞在費はツケにしておいてやろう。ヴェルイーンにわしが行ったときは盛大な祝宴を期待してとるぞ?」
「約束しよう」
出発の前に、館の主と話している隊長の姿を見て、パウルはひそかに安堵した。
1週間前と比べてもだいぶ顔色がよくなっている。この館にある鉱泉のおかげだろうか。
「それと、これは餞別のようなものじゃ」
ギムレントはかたわらに置いてある台車から、細長い木箱を取り出した。
「わしが手慰みに設計していた砲弾じゃ。貫通力を上げるために弾頭を矢のような形に加工し、ティゲールの砲、8.8の砲身に合わせられるようにカバーで覆ってある。発射するとカバーが外れ、弾頭だけが飛んでいく仕組みになっておる」
「感謝する」
「例ならこのオーガに言え。設計はできても魔法銀の弾芯加工はこいつの協力がないとできなかったからの」
ドワーフがかたわらにいるシノの方をちらり、と見る。作業服姿の彼女は、照れたようにそっぽを向いた。
「貴官のこれまでの助力を感謝する」
「ん、ま、まあ世話になったからな」
そのやりとりを、野戦帽を深くかぶったズィーは寂しそうに見ていた。
「では出発する。各自乗車……」
そう、シグルドリファが号令をかけたときだった。
西の空に、閃光が走った。
閃光の周辺からにじみ出るように、禍々しい光が満ちていく。
「あっちの方向、ヴェルイーンって街の方向じゃ……」
そう言いかけたズィーの声が途切れる。彼女の視界に映るクルーたちは、表情を一変させていた。
「あの光、まさか」
「間違いない、2年前の冬、コーモゥスで見た光だ」
シノの方に目を向けると彼女もまた、初めて会ったときのような険しい顔をしていた。
女オーガ、いや「鬼」は忌々し気に牙をむき出しにすると、呆然としているギムレントの方を向き、言った。
「すまねェ爺さん、用事ができた。どうやらまだ仕事が残っていたみたいだ」
そして、シグルドリファはその光をにらみつけつつ、誰にも聞こえないような小さな声で言った。
「やはり、終わってなどいなかったか」
確かにあの光は2年前の冬、僕たちがコーモゥスに一番近づいたときに、都から昇っていた光だ。
どういうことなんだろうか。
ヴェルイーンは、そして帰還したはずの挺身隊を含む、防衛部隊はどうなったんだろうか。
帝暦9145年 12月23日
ーーパウルの日記
次回予告
虚ろになった街、消えた軍、そして家族。
心が千々に乱れつつも、ティゲールはひとつの街を目指す。
途切れる無線から入った言葉は、何をもたらすのか。
次回「悪夢と希望①」
次なる戦いは、再開を呼び寄せる。
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