妖精の鍛冶師③
翌朝。
作業場に入れられたティゲールを見上げながら、ギムレントは厳しい職人の目を眼前の戦車に向けていた。
その視線は正面装甲板を半ば抉り、周辺に破片が飛び散ったがごとき穿たれた傷に注がれている。
「魔力障壁を最大出力で展開していてこれか。しかも弾体をシグルドリファの魔術で削られながらも」
「まー、あんときはヤバかったな。相手はドラゴンだったし」
放棄された補給所で手に入れた、真白い作業服に身を包んだシノが応える。直々に「そのでっかいの、つきあえ」と言われ作業に加わったのだ。
ドワーフはそのまま戦車に近寄ると、その体躯を感じさせないしなやかな動きで車体前面に飛び乗り、穿たれた傷跡を調べ出す。
「こういうの慣れてんのかよおっさん」
彼の身のこなしを見たシノの声に、ふん、とドワーフは鼻を鳴らした。
「ティゲールはわしが設計した車両じゃ。こいつのことは隅から隅まで知っとる」
「はぁ!? そんなおえらいさんがなんで片田舎に引っ込んでんだよ」
「お主の指揮官が戦車長をやっているようなもんじゃ」
「言われてみれば、森にべったりなエルフが鉄の塊の戦車に乗っているなんて聞いたことネェな」
首をかしげるシノをよそに、ギムレントは身をかがめると舐めるように顔を近づけ、車体を観察していく。
「……ふむ、確かにこれは自動修復能力の域を超えとる。じゃが車体に歪みがないのは、被弾角が浅くて衝撃が全部伝わらなかったおかげか。そのせいで自己補正が働いたわけか」
「んで、アタシは何やりゃいいんだよおっさん」
長々と状態を確認するギムレントに、顔をしかめたシノが焦れたような声を出す。
「騒ぐな。まったくオーガは気が短いのう。ほれ、お主の仕事場はあそこじゃ」
かれが指さした先には、素朴な作業場に似合わぬ本格的な設備の鍛冶場があった。
槌が振り下ろされるたびに、部屋に金属音が響きわたり火花が薄暗い室内を照らす。
ゴーグルをかけたギムレントがこつこつ、と鉄床の上で、虹色にきらめく金属の一部分を小槌で叩く。それに合わせてシノが己の半身ほどもあるような大槌を振り下ろし、ドワーフが示した箇所をオーガの膂力をもって思いっきり叩く。
「いいぞ、魔力が浸透し活性化してきた。もう少しじゃ!」
ギムレントが叫ぶ。
何度か繰り返すとやがて、振り下ろされる槌に抗うような強さを見せていた金属が、ゴムのようにぐにゃり、と柔らかくなった。
す、とドワーフが槌を上げると、向こう槌を取っていたオーガもまた大槌を水平に持ちかえる。
それは作業の一段落を示すものだった。
柔らかくなった金属を台車に乗せ、それ……、魔力銀と呼ばれる希少金属をティゲールのそばに運んでいき、装甲板の抉られた箇所に押し付けると吸いつくように魔力銀は装甲に浸透していく。
「いい腕じゃ。息を合わせられるのも早かった」
こんこん、と音を立て塗布面を小槌でならしながら、ギムレントは独り言のように言う。
「ま、これがアタシの本業だからな。兵隊はついでよ」
「ミズホのオーガ鍛冶はいい腕をしている、と聞いたがよくわかる腕じゃ」
「マジかよ、なんでわかるんだよ」
ずばり、と出身地を当てられ、思わず漏れたシノの声に振り返ったギムレントはくくく、と笑う。
「親方を舐めるでない。だいたいの鍛冶場の流儀は頭に入っとる」
愉快そうに笑うドワーフとは対照的に、憮然とした顔をするシノは話題を変えようと口を開いた。
「しかしまあ、贅沢な工法だな。ミスリルのインゴットを丸ごと使うなんざ、屋敷が二軒は建てられるぜ」
「モノは退職金代わりに持ってきたものだし、昔ながらのやり方じゃからの。だからこんな田舎でも修理できるし、わしがここにいる理由でもある」
彼の言葉でシノは、目の前のドワーフの境遇が見えた。大量生産され消耗品としての兵器と、一品物の「使用者を守る」鎧。
職人としては「使用者を守る」側を造りたいものだ。
だがしかし、苛烈な近代戦は前者を求めたのだろう。
だからこそ、こんな片田舎に引っ込まざるを得なかったのだ。
「だが、それでアタシたちは命を救われた。兵隊にとっては自分の命を守ってくれる兵器が一番だからな」
「そう言ってもらえると、職人冥利に尽きるな」
かんかん、と、ほとんど傷が目立たなくなった装甲板を叩く音が作業場に響いていく。
こん、と音を残し、槌が止まる。そして、ぼそりとギムレントがつぶやいた。
「なあ、お主、ここに残らんか?」
「ズィーちゃん、ズィーちゃん、どこだい? そろそろご飯だよ」
姿が見えないエルフの少女を探し、ブルグミュラーは屋敷の中を探していた。
午後はパウルと一緒に遊んでいたのを見かけたのだが。
家の中にはいないようなので、ふと思い返して作業場の方に足を向ける。
はたして、少女はそこにいた。
残陽を浴び、赤く染まる鋼鉄の猛獣のそばに、制服からサマリン村でもらった防寒着に着替えている少女は何かを持ち、たたずんでいた。
「あ、ブルグミュラーさん」
「ああいたいた。そろそろご飯だよ。と、どうしたんだい?」
「見て、うさぎを作ったの。人形さんとこの子に見せてあげようと思って」
ティゲールを見上げながら、彼女はブルグミュラーに両手を差し出す。
手袋に包まれたその手には、葉の耳と赤い小石の目を持つ雪のうさぎが乗っていた。
にこにことほほ笑む少女を見て、ブルグミュラーは改めて彼女を見た。
エルフは永遠ともいえる寿命を持つために、外観と年齢が一致しない場合が多い。
しかし、彼女は本当に子ども……、十代前半にしか見えない。
500年以上前、その長寿と優れた身体能力で大帝国を作り、栄華を誇ったエルフの間で致死性の疫病が流行り、エルフの男性が文字通り全滅した出来事があった。
それからエルフたちは相争い、人と交わって生きていくやり方を選んだダークエルフ、それでも純血にこだわったホワイトエルフと別れることになった。
だから、常識的に考えれば「ホワイトエルフの子供」はいるはずがないのだ。
そして、彼女の肌に表れている蒼く光る紋様。
それは、異形者に表れるものと同じように見えるが、彼女は理性を保ち操られている様子もない。そして、蒼い光は出会ったときより、だんだん薄れてきているように見える。
大尉なら何かを知っているのであろうが、彼女は話そうとはしないだろう。
「あれ、どうしたの? この子の砲塔? だったっけ、てっぺんに飾りたいけど手伝ってくれる?」
「あ、ああごめんね。それじゃ手伝おう」
少女の声に我に返ったブルグミュラーは、彼女を後ろから抱き上げ、車体の上に乗せる。
彼女は突起物があちこちにある装甲板の上を器用に歩き、ティゲールの砲塔の隅に雪のうさぎを置き、それからハッチに身を潜り込ませ、通信席から守り人形を取ってきてうさぎの隣に置いた。
「えへへ、かわいいでしょ!」
「そうだねえ」
「ね、もうすぐヴェルイーンという街に着くんでしょ? そして春になったら、おつかれさま、の意味を込めて、この子に花輪を作ってあげて飾ろうとおもうの! いい考えじゃない?」
屈託のないその微笑みは、やはり外見相応の少女のものだ。
その、夕日に照らされた笑みが、この世のものではないような気がして。
気がつくと、彼は問うていた。
「ズィー……、君は、何者なんだ?」
口に出してから、しまった、と思うがもう遅い。
問われた少女はひととき、きょとんとしたが、すぐにまた、笑みを浮かべて告げた。
「んー、わかんない!」
「わからない、って、君はそれでいいのか?」
「だってね、思い出そうとすると頭の中に霧がかかっちゃう。それなら、無理に思い出すんじゃなくていま、みんなと旅をしている、その思い出を作りたいの。もちろん、怖いこともいっぱいあったけど切り抜けてきたでしょ?」
笑みを崩さずそう言い切るズィーの姿に、ブルグミュラーはほんの少し、顔を伏せた。
この子は強い。だが、その心中を無遠慮に聞いてしまうのは大人として失格だ。
「ごめんね、変なことを聞いてしまって」
「いいよ。ブルグミュラーさんたちにとってはわたしはよくわからない、おかしな子だろうし。それより、呼びに来たのは何の用?」
「ああ、そろそろご飯だよ」
降ろしやすいように手を広げるズィーに手を伸ばし、小さな体を再度抱えて降ろし、手をつないで家の方に向かいながらふと、ブルグミュラーは振り向いた。
彼のひいき目だろうか。守り人形と雪のうさぎが乗ったティゲールは、どこか嬉しそうに見えた。
次回予告
少女は提案に叫ぶ。
わたしはどこに行くのか、わたしは何者なのか。
感情を露わにした少女に、少年は語りかける。
次回「妖精の鍛冶師④」
一つの決意は、悪意によって覆される。




