妖精の鍛冶師②
通された家で持参の食料で夕食を取ると、隊員たちは鍜治場に集う徒弟たち用の宿泊設備に通された。
「戦争のせいで、若いもんはすべて軍に取られておる。しばらく使っていないが自分たちでなんとかせい」
そうギムレントは皆に告げると、さっさと自分の部屋に戻っていった。
「ひさしぶりのベッドだー!」
と、女性用に割り当てられた部屋からズィーの歓声が響いてくる。
女性はみんな一緒に、と男ふたりは進言したが、シノはさっさと徒弟用のベッドに寝転がった。
「指揮官サマと同室なんてまっぴらごめんだ。こっちのほうがいい。夜這いするなよ?」
そのとぼけた言葉に、パウルとブルグミュラーは顔を見合わせて苦笑いする。
布団は藁を詰めただけの粗末な寝床だが、旅のほとんどを野営してきた身としては屋根があり、風をしのげるだけでも天国だ。
雑嚢から一張羅ともいえる、洗濯をした服を出し着替えるとランタンを消し、3人は物も言わずに眠りについた。
魔素に汚染させられ、魔軍の尖兵と化したかつての戦友たちの怪鳥のような叫びが響いている。
「ダークエルフ女王親衛隊、敵中突破を図るとのこと! サラバを連呼しています!」
「あいつら、女王だけでも逃がす気か」
「第2堡塁、突破されたとの報告!」
通信施設が集中しているせいで、喧騒に満ちる地下壕につくられた司令部の中。
うなだれるシグルドリファにブルグミュラー曹長が詰め寄っている。
「少将、もはや守備隊は壊滅状態です。死守命令の期間は1週間だったはず。だが、すでに2週間以上経ってます。約束されていた増援が来ないなら、撤退すべきです」
「いかん、まだ新たな命令が来ていない」
いつになく歯切れが悪い隊長に、語気を荒くしてブルグミュラー曹長は叫ぶ。
「総司令部は我々を見捨てたんですよ少将! いま、あなたが決断しなければ我々も全滅します!」
それに言い返そうと隊長が口を開いたとき。
轟音が、壕を満たした。
吹き飛ばされた体を起こし、かすむ目であたりを見渡すと、赤いものとその入れ物だったものが転がっている。
急に匂いを感じ、生臭いそれに吐き気がこみあげてくる。
「おい、パウル! 早く、少将を運び出すぞ!」
先任であり、たびたび世話になっていたブルグミュラー曹長の叫びに、僕は揺れる視界に耐えながら彼のそばに行く。
砲弾の破片が抉ったのか、顔の半分を朱に染め意識を失った隊長を担ぎ、半ば崩れた壕からかろうじて這い出した僕たちは、後退する車両に乗せてもらって後方に着いて。
視界が暗転する。
「……被告パウル・ミュラー伍長、お前は敵前逃亡の罪に問われている」
待ってください、自分は負傷した隊長を後送しただけです。
天幕の中で、およそ戦争の最中とは思えない、茶番めいた裁判ごっこが繰り広げられている。それを第三者の視点で見つめている自分がいる。
「被告人は死守命令を無視し、口実をもって前線を離脱した。これは死刑に値する」
裁判官役の将校が、上滑りする重々しさで宣言する。
「しかし、戦局の容易ならぬ事態を考慮し、被告人を懲罰大隊に配置する」
そこで、目が覚めた。
時刻は深夜だろうか。酷く喉が渇いている。
真冬の冷気が体を包んでいるのに、額ににじんだ汗をぬぐう。
あのとき、司令所に飛び込んできた砲弾になぎ倒されていたら、いまの苦しみは無かったのかもしれない。
でも。
それでも僕は、隊長を助けたかった。
その気持ちは、いまも変わらない。
パウルは起き上がり、水瓶が置いてあるだろう台所へと足を向けた。
近づくと、台所から光が漏れていることに気付く。
「……そういうことか。たちの悪い呪いまで負わされて。それでも祖国に忠を誓うのはなぜだ」
泊めてくれた家主、ギムレントと名乗ったドワーフの声に、彼の足が止まった。
「わたしは義務を果たさないといけない。それがヴァルナー家に課せられた定めならば」
隊長がいるのか。
盗み聞きなんていけない。早く寝室に戻ろう、とするパウルの耳にふん、とドワーフが不満そうに鼻を鳴らすのが聞こえた。
「その義務とやらはお主の命を削ってもか。同じ妖精族じゃからわかる。いまのお主は枯れかけた花のようじゃ」
ギムレントの言葉に、パウルの心が凍った。
エルフである隊長が、弱っている?
おとぎ話でも語られているが、病気や外傷を負ったりでもない限り、永遠に生きると言われているエルフの隊長が?
ふたりの話は続いている。
「その体でコーモゥスからのう。それで、首都の情勢はわかっているのか」
「詳しくはわからない。だが、感じてはいる。まだ終わっていない、ということは」
出て行って問いただすべきかもしれない。
シグルドリファのこと、帰り着くべきヴェルイーンのこと。
でも、どうしてもパウルは踏み出せなかった。
ふたりの妖精たちの話に、割り込める勇気が出なかった。
そのまま足音を忍ばせて、彼は寝室に戻っていった。
「いいのか、あの若いものたちに説明しなくても」
廊下の板のきしむ音を敏感にとらえながら、ギムレントは目の前の銀髪のエルフに問いかける。
「正直、迷っている。どう伝えるべきか、そして私の感じていることを言葉で語れるかどうか」
りんごから作られた酒、シードルを前にしたシグルドリファの言葉に、ドワーフは顔をしかめると、目の前の陶器でつくられたジョッキを取り中の麦酒を一気に飲み干した。
「はん! いまだに他種族との交流に及び腰とは。これだからエルフはいかんのじゃよ」
あけすけな言葉に、無表情だったシグルドリファの眉間がわずかに寄せられた。
「察するにお前さんはまだ、若いものたちを戦友たちとも呼んだこともないんじゃろう。そういうところじゃよ」
黙り込むエルフの姿を見ながら、ギムレントはなおも言葉を紡ぐ。
「でもまあ、お主は他のエルフよりマシじゃよ。エルフの男が死に絶えたあの流行り病以来、白のエルフはどこかおかしくなっておる。300年前だったか、あの技師がこっちの世界に来てからはなおのことじゃ。自分たちを上位種と勘違いしてしまっとる」
「それは我々に対する侮辱か?」
「忌憚のない意見ってやつじゃ。お主じゃないと話さんよ」
対面からの鋭い視線を受け流すように、老いたドワーフは悠々と、凝った装飾が施された銀のピッチャーからジョッキに泡立つ麦酒を注ぎ、ぐい、と飲んだ。
「で、どれだけ『視えて』いるんじゃ。そこまで呪いに侵食されたらまともに見えんじゃろう」
「すでに輪郭が見えるくらいだ。人は魔力の色と声で認識する」
「まったく、もう一度聞くが、そこまでしてどうして忠を尽くす……、あの小娘か?」
ふと気付いたように投げかけられるギムレントの問いに、シグルドリファは身をこわばらせた。
追い討ちをかけるように老ドワーフは語りかける。
「あのエルフの小娘はどこで拾った。わしの知る限りここ500年はエルフに子はおらんだろうに」
「あの子は……」
そのまま、エルフは口をつぐんでしまう。
「言えぬか、わしにすら言えんか。これだからエルフは」
言葉とは裏腹に、ギムレントは彼女を気遣うように見ていた。
次回予告
ティゲールは技術者の手により修復されていく。
同時に出される一つの提案。
そして、少女につきまとう疑問を、かつての学徒は問う。
次回「妖精の鍛冶師③」
この世には、いくつもの謎が存在する。
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