妖精の鍛冶師①
流れる川面に反射するように、魔動機の咆哮が響き渡る。
「11時の方向に曲がって下さい!」
そこには氷点下の気温のなか、車体を半ば水に没しつつ、エルフィラント西部にて河を渡る鋼鉄の虎がいた。
曇り空の陽光で鈍く光る前面装甲は、削り取られたような傷を晒している。
パウルは司令塔から川面をにらみつつ、白い息を吐きながら進行方向を指示していた。
光が反射し、きらめく前方の水面下の地形をかれは凝視する。
泥が積もった脆弱な川床を避けつつ、ところどころにある急流に巻き込まれないようにティゲールを進めていく。
そこまで注意しても、履帯が小石が堆積した場所を踏んだ。
がりがりと音を立て、連なる金属の板が空転しパウルの顔がこわばる。
ティゲールの泣き所のひとつであるが、40トンにもなる車重は渡れる橋を極端に少なくしていた。
対策として、準備をすればある程度の深さの川なら渡河ができるようにはなっている。
しかし、それとて車体の背部、エーテルを分解するために必要な空気取り入れ口が水没しないように、1.5メートル程度の水深しか渡れない。
ティゲールの初期型は、車体を完全に水没させての潜行も可能なつくりだったが、戦況の悪化とコストは手間がかかる潜水設備をつけ続ける余裕を許さなかった。
さらに、コーモゥスからの魔素はすでに途絶えているため、補給処ではエーテル成分が多くなり、魔素を出力増加の源にしていたティゲールの魔動機馬力は落ちていた。
世界の浄化という面では歓迎すべきことだが、いま現在のかれらにとっては戦車の無理が効かなくなるのは問題だった。
加えてパウルの心を重くしているのは、彼らの隊長の容態だった。
「パウルくん、まだ岸につかないの? 指揮官さんの顔色がどんどん悪くなっている」
寒さに震える声で、ズィーが声をかける。
その手には、カシッラアルマで増設された魔力熱器で沸かされたお茶がある。
浸水まではしていないが、冬の川を進む鉄の箱ゆえに、車内は氷室のように室温が下がっていた。
彼女もまた、寒さで唇の色が青くなっている。
が、それよりも深刻なのがシグルドリファの容態だった。
毛布にくるまれ床に寝かせられた彼女の顔色は、紙のように白くなっていた。
目は弱々しくつぶられ、ぜいぜいと喘ぐ声が車内に響く。
その口から、ときおり単語がこぼれる。
ヴェルイーンへ、と。
オルニエデ川を渡り、エルフィラント西部に入ってからシグルドリファの体調は目に見えて悪くなっていった。
彼女の種族であるエルフは森の民だ、とブルグミュラーは語る。
それゆえに鉱物資源は多いが、金属加工のための燃料として森林伐採が進み、大規模な森が少ない西部では本調子ではなくなる傾向があった。
だが、それにしてもここまで衰弱するとは考えにくい、と元研究者は焚き火にあたりつつ、数日前の野営のときに話していた。
原因はあのドラゴン戦なのだろうか。
竜の魔力弾、通常ならティゲールの正面装甲を貫通してもおかしくない弾を迎撃したあのときの魔法が、彼女を急激に消耗させたとしか考えられない。
救いとしては川を渡り、立ち寄った補給処ではすでに魔族は姿を消していたため、戦闘指揮の必要がなかったことだ。
エルフィラント西部に入ってからはほとんど戦闘もなく、旅路は順調には進んでいる。
やはり、無理を言っても医療設備の整っているカシッラワルマで療養してもらうべきではなかったのか。
とりとめのない思考に陥りかけていることを自覚しながらパウルは、心配そうに見上げているズィーに向けて無理にでも微笑みかける。
「もう少し、もう少しだけ待ってくれズィーちゃん」
雪が積もり白く輝いている岸が、目の前に見えていた。
渡河から一日が経った。
すでに夕暮れとなり、日は急速に傾きだした。
このままではあと二刻もしないうちに道は暗闇に包まれるだろう。
さらに悪いことに、雲の厚みが増し、ちらちらと白いものが舞い出した。
「この道で本当に合っていますか? 道がかなり細くなってきていますが」
街道から外れた、山間の道に踏み入りながらブルグミュラーは問いかけた。その声は不安がにじみ出ている。
ぐったりと車長席にもたれかかるように座るシグルドリファの顔は、相変わらず青さを通り越した蒼白の顔色をしている。
そばでは、彼女が倒れてからつきっきりで看病をしているズィーが、心配そうな顔で見つめていた
「問題はない。このまま……、っ!」
がくん、と道の端がティゲールの重量に耐えかね、一部が崩れ車体が傾く。あわててブルグミュラーは魔動機をふかし、前進させる。
床が傾き倒れかけるズィーを、がっしりとした赤い腕が抱き留める。
「気をつけろよ、ズィー」
「わ……、ありがとう、シノさん」
疲労はあれど、旅が始まったときと同様の屈託のない笑みをズィーは浮かべる。
笑みを向けられたシノが唇の端を吊り上げ、不器用な笑みを返してきた。
シノさんも表情が柔らかくなってきたな。
たぶん、川を越えてから魔軍がいなくなったおかげだな、と少女が思ったそのとき。
「見えた……、あの家だ」
シグルドリファの声が車内に響く。
ティゲールの前方には、鍛冶場であろう作業場を接続した造りのかやぶき屋根の建物が、ちらちらと舞う雪を背景に迫ってきていた。
「散々聞いた音が響いている、と思って出てみたらどうだ。どうした兵隊。道に迷ったか」
簡単な柵に囲われた庭の手前に戦車が止まると、ばたん、と音を立てて家のドアが開き、古錆びた低い声が響いた。
部屋からの光にシルエットのように浮かびあがったのは、子供のように背が低いが、丸太のようにがっしりとした体格。
エルフィラントの工場や鉱山には必ずといっていいほど所属している、工芸品を作るのに長けた種族、ドワーフだ。
長く伸びたあごひげをしごきながら、彼はあからさまに不機嫌な声で叫ぶ。
「道なら教えてやるから、さっさとわしの敷地から出ていけ。ばかでかい鉄の塊を家の前に置かれると迷惑……」
「久しいな、ギムレント」
半ば罵声にも似たトーンになってきたドワーフの声は、ゆっくりと砲塔のキューポラから上半身を出した細い影を認めたとき、途切れた。
頑固一徹、という言葉を彫り上げたような顔の瞳が、驚愕に見開かれる。
「その声はお主……、シグルドリファか!?」
「貴方は変わらないな」
その幽鬼のような影を、ギムレントと呼ばれたドワーフはまじまじと見つめる。
「何があった」
問いには答えず、シグルドリファは、
「世話になる」
とだけ言った。
黒衣の指揮官から発せられた言葉に、たちまちドワーフの表情がしかめっ面になる。
「勝手なことを。これだからエルフは。だが、盟友が訪れたとあっては歓迎せざるを得んな。ドワーフとして」
次回予告
安らぎを得る一行。
しかし、過去は少年を苦しめ、妖精たちの独白にも似た会話は不穏を漂わせる。
種族が隠す秘密とは何か。
次回「妖精の鍛冶師②」
秘密は心の内にある。
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