竜を屠れ⑥
3日後。
カシッラワルマ内の、かろうじて無事だった士官室の一室にシグルドリファはいた。
清潔なベッドに横たわり半身を起こしながら、ひび割れているが客船の名残である丸窓から、眼帯に覆われていない緑の瞳で外を眺めている。
そこに、ノックの音が3回響く。
「入れ」
簡単な返答のあとに、ひとりの女性士官が入ってきた。初めて出会ったときのように、流れるように敬礼をする。
「シグルドリファ大尉。お体の具合はいかがですか。医師は大威力の魔術を使った反動、そして過労だと言ってましたが」
手に木製のバインダーを持ったオリーヴィアは、そのままシグルドリファのベッドのすぐそばまで歩いてくる。
彼女のかけた眼鏡にはひびが入り、肌のあちこちに絆創膏が貼ってあるが目立つ負傷はない。
「問題はない。ティゲールの損傷はどうなっただろうか」
「摩耗が進んでいた変速機、履帯と転輪は砲が使用不能になったエールファントのものを流用し、部品交換しました。車体のゆがみも最低限で、これならティゲールの自己修復機能で補正できます。旅で便利になる機材も据え付けさせていただきました。ただ……」
そこまで言うと、技術士官の顔がやや曇る。
「抉られた前面装甲はここの設備ではどうにもなりません。重整備をおこなえる工廠でないと、以前のような耐弾力は期待できないでしょう」
「了解した」
シグルドリファはバインダーを受け取り、中の書類に目を通していく。
その姿を見つつ、いつも冷静な技術士官は、はじめて感情の込められた声を発した。
「それから、誠にありがとうございました」
彼女の言葉に、隻眼のエルフはちら、と顔を上げる。
「貴官もその場にいただろう。あなたたちの支援がなければ、奴は倒せなかった」
単に事実だけを確認するかのような冷静な言葉だが、そこには確かな気遣いが込められているようにオリーヴィアは感じられた。
数刻後、格納庫にて。
「うわあ、すごい!」
ティゲールの砲塔側面に描かれた絵を見て、ズィーが声を上げる。
その絵は伝説の獣、虎が竜に飛びかかり首に噛みつき、地面に引き倒しているという構図だった。
無邪気な声に、描いていたディリッヒは手をいったん止めて振り向いた。
「いよう、来たか」
あちこちに包帯を巻き、左腕の袖がだらんと垂れた姿ではあるが、格納庫に来たティゲールの乗員たちに笑顔を見せる。
「あの戦いにいたひよっこのひとりが思いついたものさ。どうしてもデザインしたいと言ってきてな。で、それを俺が描いてるってわけだ」
歴戦の砲手の意外な特技に、皆は感心した。
「ドラゴンスレイヤーの紋章ってわけか。ハクが付くねえ」
「そういうことだ。ありがとな、あいつらの親たちの仇を討ってくれて」
さらりと言われた礼に、皆がほほ笑んだとき、
かつ、かつ、かつ。
と硬い靴音が迫ってきた。
「ティゲールの整備は終わったか」
氷のような声が響く。その場にいる全員が、姿勢を正した。
「はっ、各部点検、修理は済んでおります。補給としては砲弾はありませんでしたが、機銃弾は補給済であります」
将校帽をかぶり、防寒のために外套をマントのように肩に引っかけたシグルドリファの問いに、ブルグミュラーはよどみなく答えた。
「よろしい。この絵は」
表情を硬くしつつ、さあ来たぞ、とブルグミュラーは思った。
公式上は国家のものである兵器を私物化することは禁じられている。
なので、ティゲールにこのような絵を描くことは、大げさに言えば軍規に反する。
「士気高揚のためであります!」
言い訳その他は考えず、ブルグミュラーは単刀直入に答えた。
それでも消せ、と言われれば、残念だが消すしかないが。
シグルドリファはブルグミュラー、そして隊員たちの顔を見渡し、そして砲塔前部に描かれたドラゴンを討つ虎の姿を現した絵を見つめた。
針を落としても聞こえるような沈黙が、格納庫内を満たしていく。
沈黙の中、シグルドリファは左腕の軍用時計をちらり、と確認した。
「明朝0800に出撃する。それまでに仕上げろ」
と伝え、そのままきびすを返して去っていった。
格納庫に、安堵のため息が方々から漏れた。
「しかし、よく通りましたね。消せ、と言われると思っていたのですが」
車長の去っていった方向を見ながら、パウルはほっとしたように言った。
「隊長も、以前のような性格に戻りつつあるのかもしれない。そうだったらいいんだが」
曇り空の中、まな板のような甲板の端に小さな箱を乗せたような船に、ティゲールは履帯をきしらせながら乗り込んでいく。
大重量の荷物を積載することに慣れている、飛行船の乗組員たちが補助についているおかげで、ほどなくして無事にティゲールは貨物用の重舟艇に搭載された。
半日前、歩兵をともなったティゲールが突入したとき、渡河拠点にはすでに魔族の姿はなかった。
その場には、魔素節約のために竜とリンクしていたのか、主の消滅とともに肉体が燃え尽きた、とみられる魔族の軍服のみがそこここに転がっているだけであった。
風が吹くたびに、装備品の重さで吹き飛ばされもせず袖口や裾だけがはためくそれは、一抹の哀れさを見るものに感じさせた。
「この度はまことにありがとうございます。カシッラワルマの全乗員を代表して、お礼を申し上げます」
マンフレート艦長の差し出した手を握ると、シグルドリファは軽くうなずく。
が、その直後に彼女は咳き込んだ。
「大丈夫ですか。まだお身体の具合が悪ければ、しばらく船に逗留していただいてもよろしいのですが」
心配そうに問いかける艦長に向きなおると、彼女は首を横に振る。
「お心遣いには感謝する。だが、我々は行かなければならない」
「軍務とあれば無理強いはしませんが、どうかお気をつけて」
「ありがとう」
そう礼を述べると、シグルドリファはティゲールに乗り込んでいった。
汽笛が3回、余韻をあらわすかのように鳴らされた。
見送りのために集まった男たちが歌い出す。
エルフィラント装甲部隊の歌、戦車とともにだ。
曲の1番が終わり、2番が流れていく。
先陣を切り、戦友たちを装甲で守るは我らの誉れ
魔動機は唸り、疾風迅雷の速さで敵陣を切り裂く
合唱のさなか、各部にあるティゲールのハッチから乗員たちが身を乗り出し、離れてゆくカシッラワルマの隊員たちに向けて敬礼を送る。
車体の左右にあるハッチからはブルグミュラーとズィー、砲身の後ろに立つのはシノ、砲塔からはパウル、そしてシグルドリファ。
かれらに答礼する男たちの中には、オリーヴィアとディリッヒもいた。去っていくティゲールを万感の思いで、彼らは見つめていた。
我らは敵の隊伍を貫き、潰乱させてゆく
敵陣のただ中を 我らとともに戦車は征く
歌にいざなわれたかのように、はらり、はらりと雪が降りだした。
今年初めての雪とともに、ティゲールは西へと進んでいく。
次回予告
命数を削るがごとき旅は続く。
黒衣の指揮官は尽きかけの蠟燭のように倒れる。
しかし、彼女は歩み続ける。
次回「妖精の鍛冶師①」
彼女から声が漏れる。ヴェルイーンへ。
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