竜を屠れ⑤
「しまった!」
キューポラから上半身を出したシグルドリファの表情が歪んだ。
彼女の視線は、地に墜ちたドラゴンが首をもたげ、発した魔力弾がエールファントの潜伏地点付近を吹き飛ばす光景をとらえていた。
翼が折れ、あちこちに傷を負っているがそれをものともせず、怒りに満ちた視線とともに、ドラゴンが霧を抜けてきたティゲールの方を向く。
オルグなど比較にならない、魂を震わせるような咆哮が辺りに響く。
それに負けじと、シグルドリファは叫んだ。
「停止! 11時方向、目標はドラゴン! 撃ち方はじめ!」
本能的恐怖を歯を食いしばり、それをも上回る闘志で打ち消しながら、パウルは車体が止まったことで揺れ動く照準を巧みに合わせる。
威嚇するように立ち上がったドラゴンに向け、発射レバーを押し込んだ。
放たれた弾は吸い込まれるようにドラゴンに命中し……、その魔力障壁を貫いた。
が、ぎらぎらと光る鱗に覆われた体表面で弾かれ、あらぬ方向に飛んでいく。
「硬い!」
パウルは驚愕の叫びをあげる。
「魔力障壁全開、全速後退!」
間髪入れずシグルドリファは命令を下す。
ティゲールの必殺の顎をしのいだドラゴンは、ティゲールをにらみつけるとくわ、と顔の半ばまで裂けた口を開いた。口内に魔力の収束する光があたりを照らす。
光は球状にまとまり、全速で後退する戦車に向け、ドラゴンは数々のエルフィラント軍車両を葬ってきた魔力弾を放った。
ぐんぐんと自身に迫る光弾を見据えながら、キューポラから上半身を晒したシグルドリファは手を伸ばし、指を伸ばす。
その顔を覆っていた眼帯はめくられ、魔眼が晒されている。
「穿て!」
指から放たれた黒い光はあやまたずドラゴンの魔力弾をとらえ、その半ばを削り取った。だが、軌道はわずかにしか逸らせない。
弾は、車体を傾けているティゲールの魔力障壁を全開にした蒼く輝く車体正面に命中した。
巨漢が銅鑼を全力で叩くがごとき振動が、車内を襲う。
空気を震わせる衝撃に、ズィーの意識が飛ぶ。
ティゲールの車体前面装甲は、命中した魔力弾により半ば抉られながらも、かろうじて敵弾を弾き返した。
それと同時に、パウルの背中に生暖かいなにかが降りかかる。
「指揮官殿!?」
驚いて振り返るパウルの視線の先に、口元を赤く染め、車内にくずおれたシグルドリファの姿があった。
かぶっていた将校帽が床に転がり落ちる。
しかし彼女の蒼い瞳は彼の瞳をとらえると、朱色に染まった生臭い液体を吐き出しながら叫ぶ。
「馬鹿者! 敵の方を向け! ……装填手、砲弾赤! 弾種、特殊硬芯徹甲!」
「何!? そんな弾あるのかよ!?」
「右前の収納の奥だ!」
ブルグミュラーの叫びにとっさにシノは砲弾ラックを確かめ、弾頭が赤く塗られた砲弾を引きずり出す。
照準の中で、ドラゴンがとどめとばかりに魔力障壁を解除してまでも魔力を集中しているのが見える。
パウルの目の前の装填済を示すランプが灯ったとき、光が照準器を覆った。
蝉の声がうるさい……、いや違う、これは耳鳴りだ。
光とともに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたことをオリーヴィアは思い出した。かけていた眼鏡は吹き飛んでいる。
それでも立ち上がった彼女の視線の先に、倒れ伏した乗員たち、そして着弾前に展開できた魔力障壁が全部吹き飛ばされ、それでもかろうじて原形を保っているエールファントの姿があった。
そして、全身を朱に染めつつも、砲に取りつき操作をするディリッヒの姿も。
「ゾルガー曹長!」
「技術屋さんよ、気がついたか。すまんが砲角度の調整をやってくれないか」
その言葉で気がついた。彼の左手が半ばからなくなっていることを。
技術将校としての理性が叫ぶ。直撃ではないとしても、砲が損傷しているかもしれない。今撃つのは危険だ、と。
しかし、彼女は一歩を踏み出した。戦場の狂気、いやそのようなものでは説明できない何かが彼女を突き動かしていた。
技術士官として、様々な兵器に携わり、そして彼女が評価し採用された兵器を駆り、死んでいった男たちの執念が宿ったのかもしれない。
「角度はいくらですか」
「水平でいい。こいつの弾道は素直だ。徹甲弾じゃないから仕留められんかもしれんが、ダメージは与えられる」
オリーヴィアが手動ハンドルを回し垂直方向の角度を調整すると、残った右腕で水平方向を調整するハンドルを動かした。
完全に背後を向き、魔力障壁を解いた無防備なドラゴンの方に砲身を向けると、ディリッヒは発射レバーを握りこむ。
そして、すべての想いをこめて押し込んだ。
「吼えろ、エールファント!」
男たちの意地に応えるかのように、巨象が吼えた。
光が薄れたとき、パウルの照準器越しの視界には、ずたずたに引き裂かれたドラゴンの姿があった。
ドラゴンにとって、ティゲールにとどめを刺すために魔力障壁を解除し、魔力弾の形成を優先していたのが仇となった。
エールファントの放った対空榴弾の破片をまともに浴び、鱗に覆われた皮膚はずたずたに引き裂かれ、傷口から黄緑色の魔素が流れ出している。
その隙を、パウルは逃さなかった。
「フォイアー!」
あまりにも高価なため、1車両につき3発しか積載されない特殊硬芯徹甲弾。
ティゲールに残された最後の1発であった、魔法銀で芯がつくられた砲弾は、ドラゴンが死に物狂いで張った魔力障壁、そして表皮をやすやすと貫通し、体内に飛び込むと内部をずたずたにしながら跳ね回る。
そして、弾頭が魔素の集積する場所である、心臓を貫いた。
爆発がおきた。
竜の上半身が長い首とともに、くるくると空中を舞いながら飛んでいく。
どしゃっ、っと巨体が倒れ伏す鈍い音。それが戦いの終幕のベルであった。
「カタがついたな」
鋼鉄の床に横たわりぜいぜいと喘息のように荒い息をしながら、シグルドリファはつぶやいた。
「指揮官殿! 大丈夫ですか、負傷しましたか!?」
ヘッドホンを外しながらパウルが席から降り、指揮官のそばへと寄る。
その制服はあちこちが、彼女の血で赤黒く汚れていた。
「大丈夫だ。魔法の反動が来ただけだ……、最初から硬芯徹甲弾を使うべきだった。私のミスだ……」
「もうしゃべらないでください。シノさん、救急箱を!」
「おうよ!」
救急箱を受け取ったパウルは手際よく痛み止めのアンプルを注射器に詰めると、指揮官の制服の袖をまくり上げ、露出した白い腕に針を突き刺す。
「パウルくん、指揮官さん! 怪我してるの!?」
そこに、気絶から目を覚ましたズィーが、狭い車内をすり抜けるようにして近づいてくる。
「大丈夫だ……ああ、……」
心配そうにのぞき込んでくるズィーの顔を見ながら、シグルドリファは意識を失った。
ぐったりと横たわる血の気を失った指揮官を見ながら、パウルは最後に彼女から漏れた言葉を思い返していた。
エイルって、誰だ?
次回予告
竜は虎に首を取られた。
うつろな軍服が晩秋の風にはためく。
ひとつの因縁を解消し、虎は去っていく。
次回「竜を屠れ⑥」
別れの汽笛が川面に響く。
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