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竜を屠れ④(挿絵あり)

 そして現在。


 渡河拠点を見張る偵察兵の報告から約30分後、魔族の隊列が姿を現した。


 照準器の視界いっぱいに、鈍色の装甲を身にまとった異形の怪物の姿が何頭も浮かび上がる。その背にリュックを背負うようにつくられた荷台には、何人もの緑肌をもち、子供のような体格のゴブリンが乗っていた。

 車内に戦闘前特有の、張り詰めた空気が満ちる。


大鬼跨乗(オルグ・デサント)か。近寄られると厄介だな。砲手、敵がこちらに気づいた様子はないか」


「……ありませんね。周辺を警戒している様子もないです」


 パウルは照準器越しに隊列を観察しながら、表示されている目盛りをオルグの一頭に合わせ、サイズの比較から距離、速度を割り出していく。


「戦闘を開始する。目標、最後尾」


 待ち伏せとしては先頭の目標を狙い、隊列の足を止めてからさらに攻撃を加えていくのがセオリーだ。


 しかし、シグルドリファはあえて逆をおこなう。


 こちらが圧倒的に少数かつ、奇襲に成功できたのなら、相手に情報を与えないことがより重要だ。


 相手が警戒をしていないのなら、最後尾を狙えば撃たれた側は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その隙に二撃目を行える。


 状況を鑑みて、あえてセオリーを無視するほうがメリットは大きい、と歴戦の指揮官は判断したのだ。


「可能な限り遠距離で仕留める。初弾黒、徹甲弾」


「おらよっ、と!」


 シノが砲弾を装填すると、暴力的な金属音とともに尾栓が閉まる。


「1時方向、弾種徹甲。目標、隊列最後尾。距離、1200m」


 最後尾、ゴブリンを鈴なりに乗せているオルグを狙うように、シグルドリファは指示を出した。


 パウルは移動している敵の速度を見越して手元のハンドルを回し、直接は狙わずに照準をオルグの前方へと動かす。

 

「発射します!」


撃て(フォイアー)

 

 号令とともに、虎の咆哮が響いた。

 笛を吹くような音ともに、尾部から視認をしやすくなるように仕込まれた魔力光の青い光を曳きながら、徹甲弾は吸い込まれるようにオルグに飛んでいく。


「命中!」


 照準器の狭い視界の中に、徹甲弾に装甲を貫通され魔力が暴走し、はじけ飛ぶオルグ、そして巻き込まれたゴブリンの姿が見えた。

 突然の攻撃に隊列が乱れたのを逃さず、シグルドリファは即座に命令を下す。


「装填手、黄色、榴弾装填。歩兵を掃討する」


 後ろから響く金属音とともに、パウルの目の前にある装填完了のランプが点灯する。

 手元の射角調整ハンドルでやや砲身の角度を下げ、平らになった手前の地面を狙う。

 狙いを定めると、発射レバーを押し込んだ。


 轟音とともに発射された榴弾は、地面に命中すると子どもの水切り遊びの石のように跳ね、空中で爆発し隊列のゴブリンたちをなぎ倒した。あちこちで魔素が暴走し、爆発した煙が上がっていく。


 追い打ちをかけるように、シグルドリファは車長用の操作盤に指を走らせた。

 カシィラワルマで補給をした砲塔上のリモコン式二連装機銃が火を吹き、榴弾の一撃で生き残ったゴブリンがなぎ倒され、爆発していく。


 いいぞ、これなら完璧な仕事ができる。

 そう、パウルが思った時だった。


 隊列の一番先のオルグに乗ったゴブリンが、杖を振り回した。


 それから発せられた魔力の渦は、あっという間にティゲールの周辺を霧で覆い、視界を閉ざしていく。


「ゴブリンシャーマンか! 対応が早い!」


 シグルドリファが歯噛みをする。


「視界不良のため、照準不能です!」


 焦るパウルの叫びに、黒衣の指揮官は将校用の制帽をかぶり直した。


「……魔力防壁展開。徹甲弾装填後、前進。近接戦闘用意」


 前進する、ということは距離という、数の暴力を無効化するイニシアチブを失うということだが、視界が狭められたまま無為に時間を浪費し、至近距離に詰め寄られて滅多打ちにされるほうがなお悪い。


「エールファントに支援要請は」


「まだだ、数を減らしこちらに引きつけないと。向こうをまず攻められたら、かれらはあっという間に撃破されるぞ」


了解(ヤー)


 じっとりとした汗を背中に浮かべつつ、ブルグミュラーはクラッチをつなぎ、アクセルを踏んだ。

 魔法で作られた霧をかき分けるようにゆっくりとティゲールは進んでいき、視界が晴れた。


 向こうからは戦場の悪夢のように見えるだろう。

 蒼き光をまといながら霧の中からあらわれたその姿は、ただしく怪物の様相だからだ。


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


 しかし、ティゲールを視認したオルグたちは、ひるむことなく突進してきた。


 数は4頭。


 数の優位を生かし、犠牲を出しても至近距離まで詰め寄らないと自分たちに勝ち目はない、と骨の髄まで思い知っている動きだった。


「Urooooooooof!!!」


 血も凍るような絶叫があたりに響く。新兵なら体がすくんで動けなくなるほどの重圧だ。


 しかし、咆哮を切り裂くような眼光とともに、シグルドリファは叫んだ。


「左から仕留めるぞ。撃て(フォイアー)!」


 ティゲールが放った徹甲弾が一体のオルグを捕らえる。しかし、砲弾は片腕を吹き飛ばしただけで突進は止まらない。


くそっ(シャイセ)!」


 罵り声とともにパウルは照準を修正し、発砲。今度はあやまたず胴体を貫通し、そのオルグは時が止まったようにばったりと倒れた。


 走りながらも一斉にオルグたちが魔力弾を発射してくる。

 そのいくつかがティゲールの砲塔や車体に命中するが、すべて弾かれ虚空へと消えていく。


「すごい、フライパンの内で跳ねるエンドウ豆みたい!」


 ズィーが感嘆の声を上げるのと同時に、主砲が発砲した。発射の際に立ち込めた、気化した発射用装魔力の残りが換気扇に吸い込まれていく。


 やや上に逸れたその弾は、2頭目のオルグの頭を吹き飛ばした。


「距離500!」


 パウルの声とともに、矢継ぎ早にシグルドリファは号令を飛ばす。


「操縦手、7時方向に後退! 通信手、発信せよ!」


 それに応え、送信のスイッチを押し込みながらズィーは叫んだ。


「わかりました! 『夜明け』『夜明け』!」




 少し離れた場所にて。


「ティゲールからの支援要請、来ました!」


 片手でヘッドフォンの片方を持ち、耳に当てていたオリーヴィアの緊張で甲高くなった声が響いた。


「よし、ティゲールは完璧な仕事をしてくれているな。徹甲弾装填!」


 対照的に戦場で鍛えられた割れた声が命令を下す。彼の照準器の視界には、完全にティゲールに引きつけられている魔の軍勢の姿があった。


 かれらがいる、壕の中に半身を隠したエールファントは、ティゲールよりもさらに入念な偽装を施されていた。

 少し離れると草むらのようにしか見えない、伏せた獣が動く。


 車体後部に積まれたティゲールのそれよりひとまわりは大きい砲弾が、若い兵士により揚弾機に乗せられ持ち上げられ、後方から動力式の装填棒(ラマー)が伸びそれを押し込む。


「ティゲールに迫るのは2頭、その後方に1頭のオルグ!」


 通信機のかたわらで、大口径砲用の双眼望遠鏡を構え、状況を報告するオリーヴィアにディリッヒはうなずいた。


 緊張のせいでその声は上ずっているが、しっかりとした報告だ。

 技術士官ながら前線を渡り歩いてきたと聞いていたが、やるな、とベテランの砲手は感じた。

 ならば自分は、その働きに応えなければならない。


「手下を働かせて手前は高みの見物とは感心しないな。教訓を与えないと」


 そうつぶやくと、あらかじめ照準を合わせていた目標、後方にいる指揮官クラスのオルグに向け、ディリッヒは発射レバーを押し込んだ。



 オルグにまたがる、きらびやかな装飾をあちこちにつけたゴブリンシャーマンは焦っていた。

 とっさに霧の魔術を使い、一方的に攻撃されるのは防げた。

 が、「親方」の指令で放置していた人間の集落に、まさかあんなバケモノが眠っていたとは。

 しかし、あのバケモノであろうとも、「親方」には勝てない。なぶり殺しにあうのを特等席で見物してやろう、と暗い欲望をたぎらせながら、必死で念話を送る。


 「敵発見。()()()()()。至急援軍求ム」

 

 了承、の返事が来てゴブリンシャーマンは安堵の息をついた。そして次の息を吸う前に、彼の意識は途切れた。

 遅れて認識できた風切り音を耳にしながら。




 土を盛大に跳ね上げながら、ティゲールは後退していく。

 熟練の運転技術を見せるブルグミュラーは巧みにギアを切り替え、敵から狙いを定められぬように速度を変更し、ジグザグに車体を動かす。


 ティゲールの動きに業を煮やしたのか、一頭のオルグが停止した。すでに距離は200mを切っている。この距離なら最大火力を叩きつければティゲールの装甲と言えどもただではすまない。


 猛進するもう一頭の陰に隠れるようにして、最大火力を出すべく腕に魔力を集中していく。それを放とうとした刹那。


 背中から、砲弾が叩きつけられた。エールファントの2射目だ。

 自分の腹に空いた大穴に、どういうことかわからない、という顔をしながら、オルグは倒れこみ、爆発した。


 同時に、ティゲールの主砲が最後のオルグを吹き飛ばした。

 



「カタがつきましたね」


 ふぅ、とパウルが息をついたそのときだった。無線機から緊迫した声が発せられた。


シェフ(装甲化戦闘団)へ。VIPがそちらに向かった。至急対処を求む」


 同時にシグルドリファが振り向いた。


「来るぞ、ドラゴンだ!」


 彼女はキューポラのハッチを開け、上半身を乗り出す。


 視線の先には胡麻粒のような黒点があった。その黒点は豆粒、そしてビー玉へと大きさが変化していく。


 すでにテニスボール大になったそれから、光が瞬いた。


「魔力弾が来る! 操縦手、急速発進!」


 即座に反応したブルグミュラーはクラッチをつなぎ、ティゲールを急発進させた。

 ステアリングを回し方向を変えつつ、ギアを切り替えながら速度を上げていく。


 ティゲールのすぐ後方で爆発音が響く。つい先ほどまでいた場所の地面が、文字通り掘り返されていた。

 黒衣の指揮官の号令が車内に響く。


「2時方向、霧の中に突っ込め! 奴を誘い込む!」




「来ました、ドラゴンです!」


「奴か!」


 オリーヴィアのレンズを通しての視界に、深緑色の体を日光にきらめかせながら空を舞うドラゴンと、放たれた光弾からの爆発を逃れ霧の中に逃げ込むティゲールの姿があった。


「霧が薄くなってきている。もう時間はないな」

 ディリッヒがひとりごちる。


 魔術はどうしても制限時間がある。すでにかけなおす術者がいなくなっていればなおさらだ。

 じわじわと端から薄れゆく霧の上を、悠然とドラゴンは旋回している。

 霧が晴れたそのとき、猛禽が地上の獲物を仕留めるかのようにティゲールを狩ろうとしているのだろう。


「そうはさせねえ。手前には貸しがあるからな」


「距離1500、高度200」


 オリーヴィアが機械式計算機を使い、空を舞うドラゴンへの距離、方向を割り出し知らせてきた。

 その数値が自分が割り出したものと、ほぼ変わらないことに満足そうに唇の端を吊り上げながら、歴戦の砲手は砲身の角度を調整した。

 蛇が鎌首をもたげるかのごとく、迷彩塗装を施された砲身が角度を上げていく。


「射撃用意。対空榴弾用意、三連射だ!」


 砲手の命令に従い、装填役に指名された学徒兵は丸太のような巨大な砲弾が並べていく。

 その1発が砲身に押し込まれた。


「射撃開始!」


 轟音とともに空に放たれた砲弾は、重力に引かれやや弧を描きながらもドラゴンに突き進んでいき、その直前で破裂し、中の散弾を竜の身体、そして翼に叩きつける。


 甲高い悲鳴が、辺りに響いた。


「もう1発!」


 半自動装填装置と呼ばれる機械による装填は、弾き出された薬莢が転がるのと同時に、人では困難な速度で大重量の砲弾を込めていく。


 空中でもがきながら、かろうじて浮いている緑色の竜を巧みに照準器にとらえつつ、砲身が発射の熱で垂れてくることを計算に入れて照準を修整し、再度レバーを押し込んだ。


 砲弾はあやまたず、再度空中で悶えるドラゴンの手前で炸裂した。

 そしてついに竜は地に墜ちていく。

 

 大質量のものが、地面に叩きつけられる音が響いた。


「やったか!?」


 後方で砲弾が再装填される音を聞きながら、照準を動かすための手動ハンドルを回す。

 照準器の先に地に伏せた竜を捕らえたその時、光るものが見えた。


 それが何なのか考えるよりも早く、ディリッヒは手元のレバーを引いていた。

 次回予告


 悪意は竜の形をとって顕現する。

 虎の牙は竜に届くのか。

 それとも。


 次回「竜を屠れ⑤」

 手負いの巨象と、男の意地が平原にきらめく。


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