竜を屠れ③
「こいつは……」
案内された格納庫に納められていた鋼鉄の巨獣に、パウルたちは絶句した。
ほぼむき出しのまま車台に積載された、ティゲールをも上回る巨砲。
使い捨ての盾として、幾重にも重ねられた防盾のような魔力障壁発生装置。
そして、巨砲を支える頑丈な足回り。
ティゲールとはまた違う凶暴さをもつ鋼鉄の猛獣が、そこにはあった。
「試作対空・対地自走砲『エールファント』。
半自動装填装置付き60口径104ミリ砲を装備、対空用特殊散弾を運用可能。対地用徹甲弾はドラゴンクラスの正面魔力障壁を貫通可能です」
後ろから声をかけられ、パウルたちは振り向いた。
「あなたは」
「改めて自己紹介します。オリーヴィア・マイヤー技術少尉です。エールファントの評価試験を担当する予定でした」
最初に出会ったときの歩兵として銃を持ち、疲労が色濃く出ていた姿とはうってかわり、栗色の髪を後ろでまとめ眼鏡をかけたその姿は、技術畑を歩むエンジニアとしての矜持がほの見える。
「担当者ってわけか。じゃ聞くが、こんなバケモノがあればオルグどころかトロルだって一撃だろうに、なんで倉庫で腐らせてたんだ?」
シノの無遠慮な物言いにかすかに眉をひそめるが、それでもオリーヴィアは丁寧に答えていく。
「まず第一に、この車両の砲弾は輸送してきたカシッラワルマ墜落時に予備は失われ、車両に積載していたもののみです。内訳は徹甲弾6、対空弾12。
第二として、エールファントは魔力障壁のみを装甲とする支援車両にすぎない、ということ。真正面からの攻勢は不得手です。
第三として、ドラゴンを迎撃するために選定された砲の重量に足回りがついていけてません。速度は出て時速32キロ程度、しかも路面の状況がよい場合に限り、です」
「つまりはこいつは待ち伏せ専門の、牙しかない獣ってわけだ。あんたがたの乗ってるティゲールとは違う種類の、オーガの嬢ちゃんの言う巨象さ」
「ゾルガー曹長!?」
突然聞こえてきた男の声に皆が驚く暇もなく、エールファントの車体のハッチが開かれ、ひとりの影が起きあがる。
あらわれたのは無精ひげを生やした、目つきの鋭い男だった。
「ディリッヒ・ゾルガーだ。こいつの砲手をやってる。よろしくなティゲールのクルー」
「いつからここに」
「ティゲールが来た、と聞いたときからさ。こいつの出番は確実に来るだろうからな」
かるく頭を抱えるオリーヴィアをよそに、ディリッヒと名乗った男は自身が点検をしていた巨獣を見上げる。
「こいつはヴェルイーンの外周砲の予備のパーツをかき集め、不採用になって倉庫に放り込まれていた車体に乗せてでっちあげられたものだ。
だが、威力は本物だ。精度だっていい。こいつが間に合っていたら、あんな爆弾だって落とされちゃいなかった」
「カシッラワルマによって運ばれてきたエールファントが到着したのは、オルニエデにあの爆弾が落とされた当日でした。あと3日、いや1日早ければ、少なくとも迎撃はできたはずなのです」
ふたりの浮かべる沈痛な面持ちに、パウルの心は痛んだ。
子供たちの親を守れず後悔を抱えたまま、まもるべき子供たちを動員してただ防衛するだけの日々。
それがどれだけ人の心をむしばむか。
過去の出来事から、彼はその辛酸に満ちた思いが理解できていた。
「出番は確実に来る、ということは、まだドラゴンはいる、と想定しているのですね」
パウルの問いに、ディリッヒは軽く顔を縦に振ることで肯定した。
「少なくとも、オルニエデを襲ったドラゴンは渡河拠点に戻ったのは確実だ。そこから別の場所に移動した、というのは監視していた哨兵からの報告にはない」
「最良なのは、コーモゥスからの魔素の供給が断たれたことにより、現地から湧き出るマナではまかないきれなくなって自滅、という想定ですが」
「それなら話は早ェけど、魔族どもがそんなことでくたばってくれてたらアタシたちは苦労はしないわな」
隊員たちの発言を聞き、考え込んでいたシグルドリファが顔を上げる。
「だいたいの事情は把握した。情報をまとめるとまずは、拠点から敵兵力を引きずり出さないといけない。
エールファントの性質上、単に拠点へ攻撃するとこの車両は遊兵になる」
「それについては素案があります。カシッラワルマ防衛計画からの派生ですが」
「あとで確認させていただきたい」
そこまで言うと、改めてシグルドリファは集まった人員を見渡し、告げた。
「たった2両だが、装甲化戦闘団を編成する」
5日後。
「ふええ、雑音が止まんないよう」
「あんまりチューニングをいじるな。無線とはそういうものだ」
エールファントの予備の無線機を積むことにより、ズィーは新たに無線手という役割を与えられていた。
手提げ金庫ほどの大きさの無線機の横には、サマリン村でもらった旅の仲間である守り人形がちょこん、とたたずんでいる。
かれらが乗るティゲールは刈り取ってきた草をあちこちにくくりつけられ、車体のラインを消すように偽装を施され草原に身を潜めている。
暇なのか、やたらと無線機のダイヤルをいじるズィーだったがシグルドリファにたしなめられ、しぶしぶながら指を止める。そのときだった。
「こちらウェイター。こちらウェイター。お客が出発した。数は6。シェフは対応を」
緊張に満ちた男の声が、無線機から流れた。
「魔軍はオルニエデに定期的に向かい、略奪をしています」
さかのぼること2日前、地図を指し示しながらオリーヴィアはティゲールの隊員たちに作戦の説明をしていた。
「魔素だけでは生きていけないからな。特に低級とされる魔物は」
シグルドリファがつぶやく。
「この略奪には不自然な点があり、単に略奪品を運ぶだけでは不必要なオルグの集団が、9月下旬より出てくるようになりました。
あなた方が達成したコーモゥスの『異界門』の破壊を考え合わせると、いまだ市街地に残留している魔素で不足分を補うために出てきている、と推定されます」
コーモゥスに開いた〈異界門〉からこの世界に流れ込む魔力は、この世界の地脈を通じて魔軍が占領した補給処へと導かれていたが、いまはもう〈門〉はない。
いままでシグルドリファたちが攻略してきた補給処も、高級とされる魔族は存在しなかった。
「ならば待ち伏せをおこなおう。適した地形は選定できているだろうか」
指揮官の問いに、オリーヴィアのそばにいたディリッヒが地図の一点を指し示す。
「ヴィール・ボロージュ村の側面、この街道を奴らは必ず使う。あたりは小規模な森林と牧草地が混在する地形で、視界は良好とは言えない。つまり、エールファントが潜むには最適な場所ってことだ」
次回予告
一頭、もう一頭。
照準器の中で獣が弾ける。
慈悲なく獲物を牙にかける鋼鉄の虎の前に、街を壊滅させた悪魔が忍び寄る。
次回「竜を屠れ④」
力にはさらなる力で対抗される。
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