竜を屠れ②
数刻後。
毛足の長い真っ赤な絨毯、黒檀のテーブルに飾られた、ミズホノクニより輸入されたと思われる青い紋様と雪のように白い地肌のコントラストが映える磁器、丁重になめされた革で作られたなめらかで座り心地のいいソファー。
そして、宝石のように貴重な本物のコーヒーとその香り。
豪華客船の一等船室もかくや、と思われる案内された部屋の雰囲気に、パウルの心は落ち着かなかった。
この居心地の悪さは内装のせいではなく、部屋が若干傾いているせいだと自分に言い聞かせながら。
こんこん、という音ともに、マホガニーの一枚板で出来たドアがノックされた。
「どうぞ」
シグルドリファの声とともに、座っていた隊員全員が起立する。そして、扉が開かれ入ってきた男に一斉に敬礼をした。
「遅くなって申し訳ない」
あらわれた男は、年は50なかばくらいだろうか。
太りぎみの体を仕立てのいい軍服に身を包み、ひげを蓄えたその姿は上級士官であることをうかがわせる。
しかし、その印象は生粋の軍人というより、客船の船長のように感じる。
そしてなによりも、指揮官という重圧に耐えるその姿は彼を、年齢よりもさらに老けて見せていた。
「徴用船カシッラワルマ艦長、マンフレート・ペルシュマン大尉です」
パウルはその飛行船の名前を聞いたことがあった。
大陸を横断し、西はヴェルイーンから東はミズホノクニまで行きかう定期航路に使われていた豪華客船だ。
雑誌に載っていたその雄姿に、軍に志願前の自分はいつか乗りたい、と憧れたものだ。
皮肉にも、夢がかなったわけか。
「エルフィラント特別挺身隊所属、シグルドリファ・ヴォン・ヴァルアー大尉です」
挨拶を交わしたあと、シグルドリファはこれまでの経緯を説明した。
敵首都への殴り込み。
元凶の魔力門の破壊。
そして帰還不能となり、鹵獲されていた戦車を奪取して帰途についていること。
一通りの説明を聞いたマンフレート艦長は大きくうなずいた。
「なるほど、それで魔軍は基地に逼塞しているのですな」
かつての客船の船長からそのまま艦長となった男の言葉に、シグルドリファは怪訝な表情を浮かべる。
「エルフィラント帝国軍総司令部からの連絡はないのですか?」
「それが、8月中旬からまったくないのです。こちらの長距離無線が墜落時に壊れているのもあるのですが、川を渡らなければならないとはいえ、連絡員も来ない」
「こちらから派遣できないのですか」
「我が軍の撤退時に、使える舟はありったけ後退のために使われ、その舟はそのまま魔軍が接収しました。我々もカシッラワルマを防衛するだけで手一杯でして」
そう、ここは撃墜され、地上に落ちた飛行船の一隻を利用した基地だった。
大河オルニエデル川のそばにつくられた交易都市、オルニエデはマナの湧出地でもある。
それゆえにエーテル加工所も兼ねた渡河拠点が設置されるほどの交通の要所だった。
何度も激戦区となったこの場所にて、半年前にエルフィラント軍は渡河撤退していった。
その際に何隻も撃沈された飛行船から、比較的損傷が軽度な飛行船に生き残った乗員が集まり形成され、基地はかつての空の女王と同じ名前、カシィラワルマの名がつけられていた。
「子供を動員するほど、兵が少ないと?」
暗に残存の軍は何をしている、という含みを持たせ、シグルドリファが指摘すると、ペルシュマンは目を伏せた。
「……オルニエデには魔素爆弾が使われました。あの子たちは大人たちに先立ち、疎開するはずだった子供たちです」
「なんですって」
思わず、ブルグミュラーが身を乗り出す。
魔素爆弾。
高純度かつ、大量の魔素を使い、広範囲の大地を魔素汚染させる悪魔の兵器。
耐性がない人間や亜人は即死、もしあったとしても変異し、魔軍の統制に組み込まれることとなる。
徴兵される前、魔素に関して研究していた友人から、そういう爆弾の可能性がある、とブルグミュラーは聞いていた。
しかしながら爆弾を形成している高純度の魔素は、魔族であっても危険なので運搬に制約が課せられているはずなのだが。
「ドラゴンですか」
そう、研究者の顔を持つ操縦手はつぶやいた。
「強力な魔素に耐えられ、重量のある爆弾を投下できるような魔族となると、奴しかいない」
コーモゥスに開いた門から最初に現れた原初の魔物、「偉大なる指導者」始祖ファフニールからの分け身ではないか、と推測されるその魔族は、強力な皮膚、それに倍する魔力障壁を展開し、それを利用して飛行まで行う。さらにはオルグのそれの数倍の威力を持つ魔力弾まで発する。
数こそ少ないが、1年半前にエルフィラント帝国軍を壊滅状態に陥れる一因となった上級魔族だ。
「ええ。目撃情報から言ってもそうかと。ドラゴンの投下した一発は守備隊を壊滅させ、我々の船団を地に墜としました。我が艦も姉妹艦のモイーズワルマもそのときに墜ち、かろうじて生き残った乗員と街の生存者で支えております」
だから艦長はこんなにも老け込んでいるのか、とブルグミュラーは思った。
国からの命令とはいえ、慣れぬ軍務をこなしつつ、守るべき子供たちを動員しなければならない手詰まり感。
同じ指揮官でも、エルフという種族に生まれ生粋の貴族である我が車長とは違うな、と感じながら、シグルドリファに目をやる。
彼女は苦悩の色を濃くするペルシュマン艦長を見据えながら、確認するかのように問うた。
「状況はわかりました。
そうなると、我々は今現在、敵の占領下にあるオルニエデル渡河拠点を攻略する必要性があるということですね」
「大任を果たした方々にさらに重荷を背負わせることになりますが、拠点のはしけにはあなたたちの戦車を積載できる重舟艇もあるはずです。どうか、友軍への連絡も併せてお願いしたい」
頭を下げるペルシュマン艦長を見つめながら、黒衣の指揮官はコーヒーのカップを取り、香りを吸い込み一口すすった。
かちり、とカップを受け皿に置く。
「承知しました。我々もヴェルイーンに帰還しなければならない。ならばあの基地は攻略する必要性がある」
「おお、やっていただけるか」
「ティゲールの各種点検、そして消耗品の補給をお願いする。それと、そちらからできる戦力抽出はいかほどのものでしょうか」
ペルシュマン艦長はおおきくうなずき、シグルドリファを見つめつつ言った。
「1両の装甲車両があります。このようなときのため、温存しておいた車両が」
次回予告
温存されるは一頭の巨象。
無為に待機を続ける男と巨象は、一枚のカードが配られると準備を始めた。
復仇をスペードのエースに賭けて。
次回「竜を屠れ③」
間に合わなかった後悔を、虎が喰らう。
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