竜を屠れ①(挿絵あり)
とにかく疲れた。
いまはただ眠りたい。
帝暦9145年 11月2日
ーーパウルの日記
「……なあ、聞いたか? ミズホノクニが大敗したってよ」
「なんでも飛行戦艦が何隻も墜とされたそうだ」
「まあ、東の国の蛮人が造ったもんさ。魔軍も墜としやすい相手だっただろ」
笑い声、そして苦虫を噛み潰したようなシグルドリヴァ少将の顔。
なぜ少将がそのような顔をするのか、あのときはわからなかった。
だが、今はわかる。
「ドラギウスが沈む! 北防衛ラインが維持できなくなるぞ!」
「命令、命令はまだか! 俺たちは一体どこに撤退すればいいんだ!」
無線から漏れる絶叫、至近弾の衝撃に震える装甲板。
空には炎上し、落ちる飛行戦艦を背景にして勝ち誇るかのように、魔軍の飛竜の群れ、そしてそれを率いるように巨大な影が飛んでいた。
それから、僕たちの撤退戦が始まったんだ。
「うわあ、おっきな川! それに、なにあれ!?」
森を抜け、視界が開けたと見るやさっそくペリスコープを覗き込んでいたズィーが叫んだ。
その素っ頓狂な声に、パウルは現実に引き戻される。
対岸がもやに覆われ、見えないほどの大河のそばに、破壊され「く」の字型に折れ曲がった巨大な構造物がそこにはあった。
「我が軍の武装飛行船だな。このほかにも何隻か墜ちているはずだ」
「ここも戦場だったの?」
「ああ、帝国軍の駐屯地があり、渡河点だったからな」
砲塔上部の車長用ハッチから顔を出し、油断なくあたりを見渡しながら、シグルドリファは答えた。
「この大河はオルニエデル川。ここが中間地点と言っていいかな。問題は川を渡る手段なんだが……」
そう、ブルグミュラーが返した時だった。
ぢぃん
ティゲールの装甲板に、鈍い音が響いた。
「戦闘準備!」
音が装甲板に当たった銃弾のそれ、と認識するや否や、頭を引っ込めハッチを水平に回して閉める。
車長の号令が響き渡り、車内の空気が一気に引き締まった。
速度を落としたティゲールの外部観測装置から外をうかがいつつ、シグルドリファが指示を飛ばす。
「砲手、砲塔11時。茂みの周辺を探れ」
「了解」
パウルは足元にある砲塔旋回用のペダルを踏みこみ、砲塔を回す。
視界に、塹壕らしき地面に沿った線が見えた。砲照準器の望遠を最大にして、あたりを探ろうとしたそのとき。
顔が見えた。
引きつった表情で、小銃を抱くことしかできない、石炭バケツ型と揶揄されるエルフィラント帝国軍のヘルメットをかぶった子供の顔が。
違う、あれは敵じゃない、と直感が彼にささやく。
「車長、確認を! 友軍の可能性あり!」
「はぁ? あっちから撃ってきただろうが。またグールじゃねえのか?」
シノが疑いの声を出す。
が、シグルドリファは速度を落とすように命じると眼帯をめくり上げ魔眼を露出させ、パウルに指示した方角を見つめる。
「砲手、信号拳銃を出せ」
しばらくの観測のあと、シグルドリファは手を差し出す。
パウルは側面にあるケースを壁から外し、後ろに座る車長に渡した。
彼女は受け取ると中から弾をひとつ選び、中折れ式の銃を取り出し弾を込めるとハッチを開け、真上に向け引き金を引いた。
ひゅうううううううう。
風斬り音とともに、緑色の煙が天に向かって昇っていった。
「安全」という意味を持つ信号弾だ
いつ撃たれるかわからない、ひりつくような空気が車内を満たす中、相手側から同じように信号弾の煙が上がった。
色は赤。
「停止セヨ」という意味だ。
「とりあえず、応答をする知恵はあるということか。操縦手、右手前の傾斜地で停止せよ」
「了解」
ブルグミュラーはステアリングを巧みに操り、後退すれば即、車体が隠れるような窪地の手前にティゲールを停止させる。
やがて、音質の悪いスピーカーで増幅されたらしい、割れた声が響き渡った。
「そこの所属不明車両、官姓名を名乗れ。こちらはエルフィラント軍所属、カシッラワルマ隊」
「えらく高い声だなオイ」
「ご指名とあらば出ないわけにはいけないな。操縦手、魔術障壁を薄く出せ」
車長の指令にうなずくと、ブルグミュラーは計器盤のつまみを軽く回す。
空気の震えるような感覚とともに、視認できない程度の、防御魔法を織り込んだ魔力が車体を覆っていく。
狙撃銃程度なら十分に無効化できる障壁が展開されると、シグルドリファは司令塔からゆっくりと上半身を出した。
魔術障壁でかすかにゆらめく、晩秋となりほとんど身を隠すことのできない、茶色に染まった平原を見据えながら、彼女は息を吸い込んだ。
「我はエルフィラント帝国軍特別挺身隊所属、シグルドリファ・ヴォン・ヴァルアー大尉。特殊作戦を終え帰投中である」
普段の抑えめな声とは違った、張りのある名乗りは平原に響き渡っていく。
やがて前方より、兵士らしき一団がやってきた。
その姿を見てパウルは心の中でつぶやく。
まだ子供じゃないか。
体に合わない軍服を身にまとい、あきらかに重そうな小銃を抱えたかれらは車上のシグルドリファを視認すると、口々にささやいた。
エルフだ。
すごい、本物のエルフだ。
そんな彼らをえへん、と咳払いして隊長らしき女性士官は黙らせる。
疲労で淀む顔で車上のシグルドリファを見上げ、それでも軍教育を受けたことを示す、流れるような敬礼をする。
「自分はオリーヴィア・マイヤー少尉であります。まず、我が小隊のひとりが早まって発砲したのをお詫びします。それと、お話をうかがえれば、と」
次回予告
地に堕ちた空の女王。
そこで語られる無道なる兵器。
任務を果たすため、彼女は瞳を上げる。
次回「竜を屠れ②」
ここでは珈琲の香りに優雅はない。
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