ひとときの休息③
鈍い光が跳ね上がる。
軍服を着た異形者の上半身がおもちゃのようにくるくると空中を舞い、光りながら塵と化す。
「これで最後か。しかしまあ、あっちの補給処に比べてもヒデェもんだな」
刀を斬り上げ、襲いかかってきた異形者を文字通り一刀両断にしたシノがぼやく。
シグルドリファに率いられ、村に流れる川の上流に向かった彼らは、軍が廃村跡を基地にしたとみられる拠点を発見していた。
そこは荒れ果て、異形者が徘徊する廃墟と化していた。
さらに、村に侵入する前に側面を流れる川を魔量計で測ると、高濃度の魔素が検出されていた。
「村長と話し、以前村にやってきた軍がどこに行ったかを聞き出した。おそらく、ここが魔素の汚染源だ」
「この数値を見ると、大尉の推測は当たっているかと。あまり長居はしないほうがよいですね。それに、なんだこの化け物が暴れたような跡は」
あたりを見回しながら、かりかりと不快な音を立てる魔量計をにらみつつ、ブルグミュラーが答えた。
村の建物はあちこちに、巨大ななにかによる破壊の痕が生々しく残っている。
「トロルか、オルグの暴走かはわからん。魔素の大元を持参した『生命の水』で中和したら、すぐに撤退する。発生源を……」
「指揮官サマよ、その『発生源』とやらがお出ましだぜ」
腰を落とすことで低く姿勢を取り、肩にかつぐように刀を構えるシノの声に、シグルドリファは顔をそちらに向けた。
仮面のように無表情な表情に、わずかな動揺のゆらぎがみえる。
それは、闇の森の化身だった。
元は森の王である熊なのだろうが、魔素により変異し、ひとまわりは体格が肥大し異常に上半身が膨れ上がっていた。
魔素汚染によって成り、魔素をまき散らすそれは魔獣、と呼ばれていた。
魔獣はシグルドリファたちを自分のをなわばりを荒らすものと認識したのか、四つん這いの姿勢のまま、警戒しつつもゆっくりと近づいてくる。
「シノ軍曹」
「なんだよ」
「20秒保たせろ。わたしがなんとかする」
「頼むぜ指揮官サマ」
シノはす、と呼吸を整え、刀を肩に担いだ。心構えから守りを捨てる。
背後からは呪文だろうか、黒衣のエルフの低い声が響いている。
互いの距離が10メートルに迫ったころだろうか、魔獣が四足歩行から威嚇のために二足歩行にしようと巨大な体躯を持ち上げかけたそのとき。
裂帛の叫びが、シノの口から放たれた。
その鬨の声に鳥が一斉に飛び立つ。
同時に暴風の疾さでシノが跳んだ。人では到底かなわぬ距離を一気に詰め、刀が雷光のごとく魔獣の頭部に吸い込まれる。
がちん!
およそ生き物の体から発せられるとは思えない金属質の音が響き渡り、刃が弾かれた。
シノの態勢が崩れそこに魔獣の爪が振り上げられたとき。
そう、魔獣の注意が完全にシノに向き、他の人間から完全に離れたそのとき。
「穿て」
眼帯がめくり上げられ、こうこうと光放つ蒼き魔眼が一直線に魔獣に向けられる。その視線に沿って伸ばされたシグルドリファの人差し指より、漆黒をまとう光が放たれた。
光はあやまたず、魔獣の頭を吹き飛ばす。振り下ろされるはずだった鎌のような爪を持つ手が止まった。
鬼はその隙を見逃さなかった。
「つぅえええええええええええええええええええい!」
裂帛の気合とともに流れ星のように白い光が奔った。
一拍おいて、魔獣の体がずるり、と、斜めにずれる。
真っ二つになったからだが、重々しい音とともに大地にくずおれた。
「……と、いうわけで化け物は塵と化しました、おしまい」
「オーガのねーちゃんすっげぇ!」
あれから2日経ち、休暇を与えられたシノの周りにはズィーと村の子どもたちが集まり、彼女のつい先日の武勇伝に聞き入っている。
「それじゃ、もうむらに病気はおきないの?」
「ズィーの生命の水で清めてきたから問題ないだろ」
「みこさまのしゅくふくがあればだいじょうぶだね!」
「でもあの村には近づくんじゃねえぞ」
その様子を離れたところから、草原に座ってぼんやり眺めながら、ブルグミュラーはとりとめもない思考にふけっていた。
頬を撫でる風は、いつしか秋を過ぎ冬の気配を漂わせている。
「この件については口外するな」
後始末をしながら、そう命令したシグルドリファの言葉が頭に残っている。
彼らを襲ってきた異形者はエルフィラント軍、それも女王直属の親衛隊の制服を着ていた。
親衛隊がなぜこんなところに?
状況的に補給処を襲ったのはやつらだ。
だが、魔素を調達し、何をしていた?
かれらが司令部に使っていたらしき家から見つかった書類は、焼かれていたか魔素による劣化が激しすぎて読み取れなかった。
唯一見つかったのは、極秘の印を押され、魔術で封印された書類の束だった。
表題は「Projektplanung Fliegenpilz」
毒キノコの計画とはなんだ?
ティゲールの操縦系統をロックしていたものと同じ原理の封印は、シグルドリファの詠唱をもってしても開けられず、いまはティゲール内部の書類入れに収まっている。
無意識に煙草を一本取り出し、火をつける。
親衛隊の連中とは別に、大尉が使ったあの魔術。
呪言を物理的に撃ちだす攻撃用のものであったが、パウルの話ではかつての大尉は、エルフの中でも特異体質であり、魔法がほとんど使えなかったと聞いている。
だからこそ、魔法に頼らないために機械技術を学び、魔法を尊ぶエルフの中で異端ともいえる機械のスペシャリストとなったのだが。
なぜ、いまになって使えるようになった?
そこまで考えてから、咥えた煙草の煙を吸い込む。
ふぅっ、っと体の中のもやを押し出すように、ブルグミュラーは煙を吐き出した。
パズルのピースが足りない。全体像を探るにはあまりにも情報が少なすぎる。
思考することがかつての自分の仕事だった。だが、今の商売である兵隊は生き残ることが仕事だ。
ならば、面倒事は士官に任せた方がいい。
そう割り切ることで、心の整理をつけよう。
いったんは。
「ねえねえ、ブルグミュラーさん! あなたもこっちにきてお話聞かせて!」
明るく響くズィーの呼び声に、煙草をもみ消すと、ブルグミュラーは立ち上がった。
そして、到着から2週間後。
隊員たちは、ティゲールをサマリン村のはずれに寄せ、出発の準備をしていた。
周辺には、見送りに来た村人たちが集まっている。
「寂しくなるねえ」
「これから寒くなるから、スカーフをもっておいき」
村の老婆たちに、この日のために編んだであろう衣類や雑貨を渡され、ズィーは涙ぐみながらも感謝の言葉を伝える。
「おばあちゃんたちありがとう!」
「ズィーちゃんや、これももっておいき」
老婆の一人から差し出されたのは、様々な布の端切れで作られた人形だった。
村人たちが来ている服を模した服を着て、毛糸で作られた長い髪は三つ編みにされ、その顔には目鼻はなく十字型の刺繍が施されている。
「これは……?」
「あたしらの村に伝わる守り人形さ。顔は悪霊が憑かないよう、太陽の象徴である十字を施してある。ズィーちゃんや。この子は旅路でおまえさんを絶対に守ってくれる」
差し出された人形を両手で受け取り、ズィーは頭を下げた。
エルフの少女は、あの補給処から回収してきた軍服をサイズを合わせ、仕立て直したものを着ていた。
なにかと物が不足しがちな村の負担を避けるために、シグルドリファが依頼していたものだ。
ティゲールに搭乗した隊員たちはハッチから体を出し、その光景を眺めている。
「やっぱ生き神様と別れるのは辛そうだな、村の連中も」
「まあ、疫病に侵されて全滅しそうだったのを救われた、とあればそうなりますよ」
彼ら彼女らも、村人たちから心づくしのクッションをもらっていた。
兵隊の尻といえども、柔らかいものに乗せるほうがいいに決まっている。
ティゲールもまた、隊員たちの整備によって新品の輝きを取り戻していた。
それを象徴するかのように車体の魔軍の紋章は塗りつぶされているが、八方に光を放つ星を象ったエルフィラント国章は描かれていない。
いまだ魔族の勢力圏であるがゆえに、無用な軋轢を避けるためだ。
さらに物入れや砲弾庫の空きスペースには、村の人々が心を込めて作ってくれた干し肉、ソーセージ、乾燥豆、保存用に硬く焼き締めたパンなどがたっぷり入っていた。
村長と話していたシグルドリファが戻ってくる。
「生命の水で支払いは十分だ、と村長は言ってた。よって、これより行軍を再開する」
「「了解しました、隊長殿!」」
隊員の返事とともに、魔動機がうなりをあげ、ゆっくりと戦車は動き出す。
「みこさまー! また来てね!」
「よい旅を!」
村の人たちの歓声を背を受けながら、ティゲールの旅路は再開する。
彼女たちが向かう西の空は、鉛のような雲に覆われていた。
次回予告
累々と横たわるはかつての巨鯨。
それに続く大河を前にしたとき、ティゲールの装甲板が鈍い音を立てた。
平原に指揮官の命が響き渡る。
次回「竜を屠れ①」
期限なき待機は、心を削る。
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