ひとときの休息②
ごうごうと炉に炎が燃えている。
「掛けまくも畏きミズホの大神」
炉の四方には木の枝が立てられ、囲むかのように縄が張られ、その前に白い作業服に身を包んだ巨躯の人影がある。
「明曾の碧壁の櫻花の
始門の吾浪野に禊ぎ祓へ給いし時に生り坐せる
白祓の大神たち」
背筋を伸ばし、足を折りたたむようにして炉の前に座るシノの赤い肌が炎に照らしだされる。
さらに紅に染まる肌に、炎を写し取るがごとく。
「諸々の禍事、罪、穢有らんをば
祓い給い清め給えと申すことを聞こし食せと
かしこみかしこみもまもうす」
ティゲールの整備のために来た補給処にて。
簡単な部品を製造するための炉の前で朗々と謳いあげられる、エルフィラント語とは全く違う異国の呪言らしき詠唱を伴う儀式の光景を、ブルグミュラーは圧倒されたように眺めていた。
詠唱が終わると、シノは自身の身長の半分ほどもあろうかという長さの金属板を炉に入れる。
補給処に転がっていた、破壊された小型車両の部品である折れた板バネだ。
炉に入れられた板バネは、魔力をふんだんに注がれた炎により熱され白く輝く。
その変化を見極めつつ、シノは引き出した鋼を金床に乗せ片手でハンマーを振るい打ち据え、かたちを整えるとともに魔力を浸透させていく。
金床の上の板バネのかたちは次第に、反りのある剣のそれへと変わっていく。
ひときわ強く叩かれた刀身からばちん、と火花が散った。
ものも言わずに作業に没頭するシノの姿を、半ば呆然と眺めていたブルグミュラーはその音と光で我に返った。
首を振り、ティゲールの整備作業に戻る。
ここにいられる時間は限られているのだから。
「シノ軍曹、きみはこの大陸の出身ではないのでは?」
「なんだよヤブから棒に」
村の人が持たせてくれた弁当である、塩漬けのキノコと肉を具にして焼き上げた心づくしのミートパイを広げ、遅い昼食をとっているときにふと、ブルグミュラーは切り出した。
「アタシはアタシだ。過去に何があったかは関係ないだろ」
「12年前。戦争が始まる前の話だ」
眼鏡のレンズが光を受け、きらりと反射する。続くブルグミュラーの言葉に、切り分けたパイを口にもっていくシノの手が止まった。
「わたしがまだ大学院生だったとき、教授のお供で極東の島国、ミズホノクニに行ったことがある。そのときに見せてもらった儀式と、君がおこなっていた儀式と共通点が多い」
エルフィラント帝国より遠く離れた東の島国、ミズホノクニ。
約百年前、帝国で飛行船が発達し、世界の各地に探検に出ていた時に発見され、紆余曲折の上正式に国交を結びエルフィラント帝国の東の同盟国として発展していた新興国だ。
そこでは人間とオーガ、天狗と呼ばれる有翼人たちが共存し、独自の文明圏を構築していた。
特に勇猛果敢な戦いぶりはエルフィラントでは伝説となり、半ば恐れをもって語られている。
シノは手に持ったパイを口に押し込み、一口、二口で食べきった。
そのまま憮然とした表情でブルグミュラーの方を向く。
「これだから眼鏡かけたインテリはいけねえ。まあ、隠すつもりはないが言いたくはねえ話だ」
「捕虜、か」
コーモゥスが異世界から襲来した魔に呑み込まれ、各地に侵攻を開始したとき、極東も例外ではなかった。
特に緒戦では、ミズホノクニを構成する四つの島のひとつ、北方領に侵攻され、多数の捕虜を出すのみならず、住人までもが拉致された。
しかしミズホノクニは侵攻にかろうじて耐えた。
そしてエルフィラントよりもたらされた技術で、武装飛行船を何隻も建造し、それらを軸として攻勢に転じていた。
2年前までは。
「……まあ察しの通り、アタシはミズホの『オニ』だよ。こっちじゃオーガと言われているらしいけどな。あいつらの侵攻が始まってすぐに捕らえられてな。はるばる西まで連れてこられて使い潰されかけた」
黙ってブルグミュラーは、水筒に入ったチコルの実を煎じた代用茶をシノのカップに注ぐ。
魔軍はしばしば、亜人を尖兵にしていた。
ひとりのエルフの技術者による技術革新により、人間とエルフの勢力が増していたエルフィラント帝国の裏では、ゴブリンやオークなどの亜人と呼ばれる民は、迫害され生活の地を追われていた。
だからこそかれらは大多数があえて魔軍に身を投じ、魔素を浸透させられ、一部はエルフィラント帝国軍の装甲車両をも上回る強さを手に入れていた。
だが、それでかれらが幸せになったか。
「何やら体をいじくりまわされて、結局は使い捨てとして機関銃陣地や地雷原に突撃させられたよ。何度目か、弾を食らって転がっているところを親父殿に拾ってもらってまあ、ここにいるってわけだ」
シノは真剣な顔でブルグミュラーを見つめる。
「だから、アタシは魔軍のやつらを許さねえ。無理やり拉致したあげく、仲間をバケモノに変え、あげくに恩人の親父殿まで殺りやがったからな」
彼女の伝法な口調も降下猟兵仕込みか。
「彼らはナイフ一本あれば敵陣を制圧できる」とうたわれた精鋭無比の降下猟兵だが、その強さゆえに激戦区に火消しとして投入され続け、損耗もまた激しい部隊だった。
自分も大学の研究室から軍に引っ張られ、それなり以上に苦労はしてきたものだが、意に添わず大陸を横断させられ、地獄を何度も見せられてきた彼女の心中はいかばかりだろうか。
そう思いながらミズホノクニの「鬼」を見つめていると、彼女は顔をそむけ、照れたように言った。
「こういう話をするのは、お前が背中を預けあった戦友だからだぞ。ほかのやつらには言うなよ。特にあの指揮官サマには」
「『虜囚ノ辱メハコレヲ避ケヨ』か。誇り高きミズホノクニの人たちらしい」
「そういうこった。ああ、酒が飲みたくなった。今日は付き合え」
黙ってブルグミュラーは、シノのカップと自分のそれと打ち合わせた。
その夜、村からの(シグルドリファには黙って手に入れた)差し入れの酒をふたりで痛飲したブルグミュラーは、久しぶりに地面が回る感覚と、翌日の頭痛と吐き気に悩まされることになった。
そして、二日酔いもものともせずハンマーを振るうシノの姿に呆れ果てることになる。
「肉を塩漬けにするのはね、まずはたっぷりの塩を用意する。それからコショウと硝石も」
手慣れた手つきで、きれいに拭かれた作業用の机に、救出された女性、マーシャは解体された豚の肩から取ったひとかかえもあるような塊肉を乗せた。それから袋に入った粗塩、色とりどりのハーブ、胡椒を机に並べていく。
戦車兵たちが来て5日が過ぎ、明るさが戻ってきた村で、いつものように降下猟兵の帽子をかぶったズィーとパウルはともに、好奇心いっぱいでその光景を見ている。
今日の「生命の水」の作成を終え、暇になっていたふたりは彼女に誘われ、保存食料の作り方を見学させてもらっていた。
袋から大量の荒塩をテーブルにぶちまけるように出すと、粉状の硝石と挽いた胡椒、刻んだハーブを入れ、すくいあげるように混ぜ合わせる。
何回か繰り返され、ほんのり黒く染まったそれを、テーブルの上にあるひとかかえもあるような肉にまぶしていくと、肉をひっくり返しながら、かけた塩が全体を覆うように手ですりこんで、塩を肉になじませていく。
その光景をじっと見ていたズィーに、マーシャはにっこりとほほ笑んで話しかけた。
「塩は粗いもの、コショウは細かく挽いたものを使わないとダメよ」
「え、どうしてなの?」
「ハエがやってきたとき、コショウでくしゃみをして塩に頭をぶつけて目を回し、肉にたどり着きませんように、と言うおまじないね」
茶目っ気たっぷりにウィンクする彼女の姿に、おもわずふたりは笑ってしまう。そのときだった。
「おう、ふたりとも戻ったぞ」
声をかけられて、振り向いたふたりの瞳が驚きで丸くなる。
久方ぶりに戻ってきた、作業服姿のシノとブルグミュラーの油まみれ煤まみれの姿もそうだが、何よりも目を引くのがシノの手にある、長大な剣だった。
「なにこれすっごい……」
自身の身長ほどもありそうな、どうやら弾薬箱の木材を加工して作ったと思われる鞘におさめられた剣に、ズィーがおもわず声を漏らす。
「本式の『カタナ』には負けるが、まあモノにはなったな」
それとは対照的に、パウルはいくぶんか冷めた目でシノの手にある剣を見つめる。
「まさか車内に持ち込むんですか、その大きな剣」
「誰かさんがアタシの相棒を取り上げたからな」
涼しい顔でパウルのそこはかとない非難をかわし、シノは体をひねるようにしてすらり、と刀を抜いた。
燐光のような淡い光とともに、片刃の剣が姿をあらわす。刀身から発する魔力光に加え日光を反射し、それは秋の青空のもと、きらきらと輝いた。
「綺麗……」
「ふふん、昔ながらの武器でも悪くはないだろ」
そのとき、ブルグミュラーが号令をかける。
「傾注!」
パウルとブルグミュラーは直立不動、シノは悠然と刀を鞘に納め姿勢を正し、ズィーはあわてて背筋を伸ばす。
「ご苦労。総員直れ」
よく磨かれたブーツで道を踏みしめながら、悠揚迫らぬ様子で制服をきちんと着こなしたシグルドリファが姿を現した。
最近吹き出した北風の冷たさをまとうような声で、彼女は隊員たちに報告を命じる。
「ティゲールの整備の状況は」
「はっ、魔動機と足回りの整備は完了、あとはパウル伍長による砲安定装置の調整が必要であります」
「ブルグミュラー曹長と入れ替わり、補給処に向かいティゲールの照準関係の調整を行います」
ブルグミュラーの報告を受け、打てば響くようにパウルが応える。その様子にシグルドリファはうなずく。
「よろしい。パウル伍長とズィーはこれよりティゲールの整備に向かえ。ブルグミュラー曹長とシノ軍曹は新たな任務を命じる」
上官の言葉に、連日の整備で疲労の色が隠せないブルグミュラーの顔が引きつった。思わず抗議をする。
「大尉殿、我々には休息が必要です」
それに対するシグルドリファの返事はにべもないものだった。
「死んでから休めばよい。酒を飲む元気はあるようだからな」
次回予告
シグルドリファたちは、荒れ果てた村を訪れる。
サマリン村を襲う悪疫はここから発生しているという推測をもとに。
探索を続ける中、悪夢が彼女たちの前に立つ。
次回「ひとときの休息③」
「鬼」の刃が、廃墟に煌めく。
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