魔に喰われし村③
その夜。
結局、一行は破壊された補給処に戻ることにした。
すでに日は落ち、闇があたりを包んでいる。
鍋にひとつまみだけ胡椒を入れた、乾燥豆の塩煮という味気ない食事をとったあと、ランプの淡い光を頼りにパウルは黙々と機関銃を分解して整備をしていた。
それが終わってから、錆びた弾を磨く作業に没頭していたとき。
「よう、精が出るな」
「シノ軍曹」
声をかけられ、パウルは顔を上げる。
そこに真面目な顔をしたシノが立っていた。
「すまんが、ズィーのフォローに行ってやってくれ」
「自分が、ですか」
パウルは、昼の戦闘のあとの光景を思い出す。
あの戦闘のあと、戦車の中でこわばっていたズィーの体をシノは抱きあげると、本当にうれしそうな声で叫んだ。
「あっはは、助かったぞちびっ子、じゃないズィー! お前は本当の降下猟兵だ!」
「ど、ども……」
ブルグミュラーも微笑んでお礼を言う。
「ズィーちゃん、ありがとう。あのとき君が異形者どもを蹴散らしていなければ、本当にあぶなかった」
ふたりに交互に褒められて、ようやくズィーは照れたように微笑んでいた。
そうパウルが思い返していると、それを感じ取ったのかシノは首を振った。
「アタシたちはフォローはできるがな、初陣の新兵の心は動揺しているもんだ」
そこまで言って、シノは言葉を切り、パウルと視線を合わせるかのように座り込んだ。
「そういうときには絆を結んだ戦友が必要さ。パウル、お前のようなやつがね。特別サービスだ。あとの機銃弾の点検はアタシがやっといてやる」
「……わかりました」
立ち上がるとパウルはシノに敬礼をおこない、歩いていく。
その姿を見送ると、シノはものも言わず、機銃弾のひとつひとつを磨きだした。
ほどなくして、ズィーの姿は見つかった。
ティゲールのそばにぼんやりと座って、戦車を眺めている彼女に、パウルは声をかける。
「ズィーちゃん、今日はお疲れ様」
「バウルくん」
すっかり雲が晴れた夜空のもと、満天の星空がふたりを包んでいる。
いまにも星が降ってきそうな夜空の下で、何も言わず、パウルはズィーのそばに座った。こういうときに饒舌に語れる口が自分にあればいいのに、と思いながら。
「パウルくんは」
時が過ぎ、明るく光る星が何度またたいたか分からなくなったとき、ズィーが口を開いた。
「なんだい?」
「パウルくんも、あんなふうに魔物を撃ってるんだよね」
「そうだね」
「怖く、ないの?」
ふわり、と星明りの下でもきらめく金の髪が流れ、パウルにズィーが顔を向ける。その表情は夜の闇のように暗かった。
彼女の表情を見て、パウルは慎重に言葉を選んでいく。
「怖くない、恐れはない、と言ったら噓になる。でもね、人間に限らず、生き物がああいう風に魔素に侵されてしまうと、もう魔軍の操り人形になってしまうんだ。だから、もう心を鬼にするしかない」
「そう……、なんだね」
「何度も治療を試みられたけれど、結局無駄だった、と聞いている。だからああなったひとたちは異形者と言われているんだ」
ティゲールの若き砲手は星空を見上げる。今にも降り注ぎそうな星の群れの中に、答えを見つけたいと願うように。
「ズィーちゃんがショックを受けているのはすごくわかる。僕も前はそうだったから。
でも、ズィーちゃんは今日、ブルグミュラー軍曹やシノさんを助けた。そして、最初の補給処では僕も助けてくれたじゃないか。すごいよ」
「そう言ってくれると、嬉しいな」
ようやく、ほんの少しだけ彼女に笑みが戻ってくる。
夏が終わり、涼しさを感じさせる風がふたりの間をよぎっていく。
その清涼な感覚に、ふとパウルは問いかける。
「そういえば、あの僕を助けてくれた青い光、あれはズィーちゃんが使いたいときに出せないのかな」
パウルの言葉に、ズィーは少し考えこんだ。
「あのあと何回か試してみたの。でも、あの青い光が出るような感覚はなくって」
「何かが足りないのかな」
いや、違う。足りないんじゃない、何かを忘れている。
でも、パウルと話していると、自分では見つけられなかった「何か」がだんだん見えてくる。
夢の中をもがくように、「何か」をたぐり寄せる感覚。
そうだ、思い出した。
紡がれた言の葉を手繰り寄せて、ありったけの想いを込めて解き放つ。
「……おお、木漏れ日の光の祈りよ。我が生まれし巨樹を越え、風の如く飛んでゆけ」
そうだ、思い出した。
パウルくんを助けたかったときに、幻視した女の人の歌だ。
「祈りよ、遠き地の果ての同族の元へ。届け我が祝福の祈りを」
流れる歌とともに、体に刻まれた紋様からあふれた蒼い光がズィーの体を包みだす。
彼女が紡ぐ歌声とともにあふれる、優しい光は、辺りの草の露を包みこみ美しい青色に染めていく。
「これは……」
呆然と眺めるパウルは、ふと気づいて地面の水たまりを両手ですくって、その泥水を光にかざした。
濁ったそれは、あっという間に澄んだ水となり、さらには深い湖のように蒼く光り出す。
「それは『生命の水』だ」
背後から声をかけられ、ふたりは文字通り飛び上がった。恐る恐る振り向く。
そこには夜の闇の中、亡霊のようにたたずむシグルドリファの姿があった。
「隊長、生命の水、とは……?」
おそるおそる聞くパウルの、その手にたまった蒼い光を放つ水を見つめながらシグルドリファ、という長命種のひとりは答えた。
「エルフ族に伝わる、生命を活性化させる聖なる水のことだ。先日お前を救ったように、魔素を分解し、体を正常に戻すことができる」
そこで言葉を切ると、彼女は腰から水筒を抜くと中身をあけ、パウルのほうに差し出す。
察したパウルは手を傾け、水筒に「生命の水」を注いでいった。
「明朝、あの村を捜索する。今日はもう休め」
夜光塗料によりおぼろげに光る、左手にはめた軍用時計の文字盤を確認すると、呆然とするふたりを残しシグルドリファは闇に溶け込むように歩き去った。
まるで最初からいなかったかのように。
翌朝。
「こりゃひでェな」
村の中央寄りにある、旅籠兼酒場と思われる建物、その地下室の入り口で短機関銃を構えたシノは顔をしかめる。
中には異形者に「成りそこなった」と思われる死体が山と積まれ、その傍らには魔素が入っていたであろう容器の黄緑色の中身がぶちまけられていた。
幾度となく見た魔族がおこなう「浄化」の場に、露骨に彼女は嫌悪感をあらわす。
「もうこれ以上近づかないほうがいい。数字が跳ね上がっている」
厳しい表情を浮かべ、片手に魔量計を持ったブルグミュラーの言葉に、シノは地下への階段から一歩、二歩と下がる。
魔量計は警告を発するかのように、がりがりと不快な音を立てていた。
「この村全体が罠か。アタシたち、というかウチらの軍が補給に来たところを引きずり込むための」
「そうだろうな。人間に対しての魔族の何らかの実験場だったのかもしれない」
「いけすかねェ話だ」
シノは忌々しそうに鼻を鳴らす。
「ふたりとも、彼女の意識が戻った!」
そこに、2階からパウルが声をかける。
急いでふたりは階段を駆け上がった。
かれらが村に再度訪れ、探索を開始してまもなく、その壮年の女性は見つかった。
村人らしき彼女が宿の入り口の扉から、建物から逃れるかのように上半身が出ているのをパウルが見つけたのだ。
床に残る痕跡は、彼女が家の地下室から離れるために這いずってきたことを示している。
しかしその努力にもかかわらず、彼女の肌には点々と黄緑色の魔素が浮き出ていた。
それを見たシノは無言で銃を構える。
「待て」
彼女を制したのはシグルドリファだった。
シノは不満そうに眉をしかめる。
「なんでだよ。こうなっちまったらもう暴れ出す前に『始末』しなきゃならないってことは知っているだろう?」
「試したいことがある。『処理』はそのあとでいい」
黒衣の指揮官は意識が混濁しているらしく、床に倒れたままうめくだけの女性に近づくと、水筒を取り出しふたを開ける。
あえぐ女性の口に中身を注ぎ、さらに残った青く光る液体をみずからの手に注ぐと、彼女の魔素が集中している発光部に摺りこんでいった。
見る間に村人の肌から黄緑色の発光が消え失せ、もとの肌色を取り戻していく。
「隊長殿、その液体はまさか、ズィーちゃんのあの光と同じもの……」
ブルグミュラーの言葉に軽くうなずき、シグルドリファは立ち上がった。
「おいおい、どっからそんな万能薬を持ってきたんだ……、ってズィー、お前が作ったのか?」
「う、うん、そうみたい……」
「お前も器用だな」
ぽふぽふ、とシノに頭を撫でられ、ズィーはまんざらでもない顔をした。
「これで様子を見よう。結果が出るまで隊員は捜索を」
悪夢から目覚めたように、ベッドの寝かせられていた女性が上半身を起こした。
うろたえる彼女に、できるだけ落ち着いてパウルは声をかけた。
「大丈夫です、ここは安全ですよ」
「あ、あなたは……、いったい何が」
「落ち着いて、我々はエルフィラント帝国軍です。まずは何が起こったのか話してください」
皆が集まり、動揺がおさまってから、女性はぽつりぽつりと話し出した。
自分の村に疫病が流行っていること、助けを求めてやってきたこの村もすでに手遅れで、同じ疫病に感染させられそうになったこと。
「疫病、と言ってますがこれは」
「ああ、魔素による汚染だな」
パウルとブルグミュラーは顔を見合わせ、確かめるようにうなずく。
「助けてくださって、ありがとうございます。それで、お願いがあるのですが」
ためらいながら口を開く彼女に、全員の視線が集まる。
「私の村を、救っていただけませんか」
次回予告
ティゲールの整備も兼ねて、隊は村に滞在する。
蒼き癒しの力は病に苦しむ村を癒していく。
次回「ひとときの休息①」
少女の奇跡は、心も癒す。
※感想、評価をお待ちしております




