魔に喰われし村②
村は活気にあふれているように見えた。
一本の広い道に連なるように、風雪に耐えられるように造られた石積みの家々のあちこちを人が歩き回り、家々の軒先にはおしゃべりをしている、主婦らしき色とりどりの服をまとった女性が何人もいる。
しかし奇妙なことに、村の入り口にあらわれた軍服の、しかもひとりは現在でも恐れられるオーガ族が混じっている2人組に反応するものはいない。
「おーい、失礼します!」
警戒されないよう、シノに短機関銃を預けたブルグミュラーは、村の入り口で村人たちに呼びかける。
しかしそれでも、村の様子は変わらない。
「無礼なやつらだな。いいから入ってしまおうぜ」
「……そうしてみようか」
ふたりは町の入り口にある、丸太を組み合わせただけの簡素な門をくぐった。すると、ひとりの壮年の女性がおしゃべりをやめ、近づいてくる。
「いらっしゃいませ。ここはダンビーゾむらです。おつかれでしょう。おくにどうぞ」
その、下手な演劇役者の棒読みのような声に、ふたりは顔を見合わせ、小声で会話する。
「なんか妙だな。それになんかイヤな気配がする。首の後ろがチリチリするんだ」
「そうだな、いったん報告に戻った方がよさそうだ」
ゆっくりと、ふたりは後ずさりながら村の入り口に向かっていく。
「どうしましたか。どうかゆっくりとおくつろぎください」
じわりじわりと、女性が近づいてくる。同時に、村人たちもふたりににじり寄ってくる。
その顔は、だれもかれもが笑顔が張り付いたような表情をしている。
まるで人形の顔のように。
「こいつら、まともじゃない。合図したら一気に逃げるぞ」
「了解」
そのままふたりは門をくぐった。そのとき、一気に村人たちが獣のような声で叫んだ。
同時にむき出しになった皮膚のあちこちに、黄緑色の紋様が浮かび上がる。
「こいつら、異形者か!」
魔素に汚染され、自我が消え失せて魔族の操り人形となった異形、異形者の名前をシノは叫ぶ。
とっさに肩にかけていた短機関銃の一丁をブルグミュラーに投げわたし、ふたりは走り出す。
かれらを追いかけるように走り出した、ひとの形をした異形が門の扉に達したと見るや、シノはくるりと反転し発砲した。
反動をオーガの筋力で押さえこむことで、連続して着弾した銃弾の衝撃は、門をくぐろうとしていた異形者を後方に弾き飛ばす。その個体は後続の群れを巻き込み、少しの間だが扉の障害物になる。
わずかな時間稼ぎをしながら再度、ふたりは村に背を向けて走り出した。
「この村は異形者の巣窟か! とんでもねェところに来ちまった!」
ほんの少し前。
太陽は照りつけ 嵐に雪が我らを阻む
砂塵は顔を汚し 凍てつく寒さが我らを阻む
ティゲールの砲手席で、パウルは歌を口ずさんでいた。
アイドリング状態の単調な魔動機の音が響いている、鋼鉄の壁に閉じ込められっぱなしの状態での待機、となると眠気が来るのは必然と言える。
このティゲールにはなぜか、戦車特有の汗や体臭、弾薬の発射用魔力薬の残り香が混じりあった匂いはしないのだが、さりとて雨のあとの湿気に満ちた鋼鉄の箱に閉じ込められることが快適であるはずがない。
襲ってくる睡魔をごまかすために、砲手席についていたパウルはなかば無意識に歌っていた。
されども 我が心は相棒とともにあり
それは鋼鉄の鎧に身を包み 陽気な心を魔動機に宿す
暴風のただ中を 我らとともに戦車は征く
「おーパウルくんの歌、初めて聞いた!」
「わあズィーちゃん!」
いつの間にか横に来ていたズィーに、パウルは文字通り飛び上がった。ついでに眠気もどこかに飛んでいった。
「ねね、それって何の歌?」
にこにこと笑いながら、天真爛漫を絵に描いたように聞いてくるエルフの娘に、パウルはごまかすように褐色に近い金髪をかきあげ、照れた笑みを浮かべて答える。
「戦車とともに、という曲だよ。戦車乗りならかならず知っている行進曲なんだ」
「行進曲なんだ。勇ましい曲だね! ね、続きはあるの?」
「もちろんだよ! 2番はね……」
「ふたりとも、静粛に」
いきなり割り込んできた指揮官の声に、パウルは体を硬直させてしまう。
はしゃぎすぎたか、と後悔したとき。
「……銃声だ。しかも連射音。すぐ発進する。総員、席に着け」
シグルドリファは将校帽をかぶりなおし、手元の車長用操作盤を開いた。
指が操作盤を走り、アイドリングから運転モードへと切り替えられるとティゲールは発進する。
あわててパウルもハッチをほんの少し開け、耳を澄ます。
その耳に、短機関銃らしき発射音が聞こえてきた。
「数が多い! こいつら、村丸ごと魔素に汚染されたのかよ!?」
手にもつ短機関銃を撃ち、近づく異形者を塵にしながら、シノは罵りの声をあげた。その視線の先には、さらに門からあふれ出てくるグールの集団があった。
「本当に、きりがないな!」
同じく発砲しながらブルグミュラーも叫ぶように応える。そのとき、シノの短機関銃の弾が切れた。
「くそっ!」
焦りながらマガジンに手を伸ばすシノに、弾幕を潜り抜けたひとりの異形者が、野犬のよう飛びかかってきた。
「このぉ!」
とっさに、ブルグミュラーはシノをかばい、歯をむき出しにした異形者を銃底で殴り飛ばす。
すると同時に、シノはこぶしを固め、彼に向って振り下ろす。
「わぁぁっ!?」
ブルグミュラーは悲鳴をあげた。だがその鉄拳は彼をかすめるようにして、いままさに彼の腕に噛みつこうとした、異形者の顔面に叩き込まれた。
壊れた人形のように異形者は吹き飛ばされ、塵と化す。
「すまんビビらせたか」
「いや、問題ない。ありがとう」
「お互いにな。しかしこのままじゃヤバいぜ」
「いや、大丈夫そうだ!」
急に輝くブルグミュラーの表情にシノが振り返ると、泥を盛大に跳ね上げながら、濡れて黒さを増したティゲールが全速力でこちらに向かってきているのが見えた。思わず歓声をあげる。
「騎兵隊の登場だ! さあ、派手にぶちかませ!」
ティゲールはシノの声が聞こえたかのように、砲に平行に取り付けられている砲塔同軸機銃が火を噴いた。
が、その射撃は1秒もたたないうちに止まってしまう。
「どうした、なぜ撃たない!」
「見えた、ふたりだ! 砲手、1時方向、機銃発射!」
「了解!」
ふたりを視認した指揮官の命令とともに、ティゲールが停止した。
ぬかりなく、大まかな砲塔の角度の調整を移動中に終わらせていたパウルは、車体の揺れが収まるのを確認して異形者の集団に狙いを定める。
巧みに手元のハンドルを操作し、先頭のそれに照準を合わせて足元にある機銃発射ペダルを踏みこんだ。
弾帯が機関銃に吸い込まれていき……、そして、いきなり止まった。
「えっ!?」
パウルは慌ててペダルをもう一回踏み込む。しかし、機銃は沈黙したままだ。
(弾詰まり!? 錆び弾のせいか!)
あの司令部跡で、かろうじて見つかった機銃弾。
すでにコーモゥスで、弾のほとんどを使い切っていた砲塔同軸機銃のために、ぼろぼろのそれをパウルはより分け磨いて使用していた。
が、点検をすり抜けた不良弾があったのだ。
それを見て取ったシグルドリファが叫ぶ。
「前方機銃手!」
「ひゃい!」
「前方の敵集団に向けて射撃せよ」
「待ってください! 自分が変わります」
「間に合わん、急げ!」
パウルの進言を払いのけるかのように、シグルドリファは命じた。
「は、はい!」
ズィーは焦りながらも、旅の道すがらシノに習った通りに機銃をかまえ、ティゲールに備え付けてある機銃用照準器越しに狙いをつける。
その視界に移ったのは、仲間であるシノ、ブルグミュラーに襲い掛かろうとしている「ひとのかたちをしたなにか」の集団だった。もしくはそう思い込もうとした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫とともに、手を握りこむようにして、ズィーは引き金を引いた。
かつての持ち主が丹念に整備したドラムマガジンから、弾が滑らかに銃に送り込まれ、機銃が死のかたまりを吐き出していく。
それらはあやまたず、異形者の群れに命中し、それらを吹き飛ばしていった。
異形者の群れは、あっという間に塵と化していく。かつてこの銃が殲滅した、コーモゥスでのゴブリンの集団のように。
ちがうちがうあんなふうににんげんはちりになったりしないあれはマモノなんだそうなんだ
顔を引きつらせながら、それでもズィーは引き金を引き続けた。
次回予告
破壊された補給処に戻る一行。
夜空を見上げるズィーの心は揺れている。
パウルはそんな少女に寄り添うが、その時蒼い奇跡が顕現する。
次回、「魔に喰われし村③」
彼女の力は、祈りか呪いか。
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