魔に喰われし村①
魔軍の非道は看過できない。
やつらを叩き潰すことに成功したのは、本当に意義あることだと思う。
しかし、すでにやつらの手にかかったひとたちには、祈ることしかできない。
帝暦9145年 9月20日
ーーパウルの日記
夢を見ている。
分かってはいるが、覚めることができない。
まるで始まってしまった映画のように。
「……ヴェルイーンだ! 要塞首都が来たぞ!」
兵士の歓声が聞こえる。
空を覆いつくすような威容とともに、空を飛ぶ巨大な都市が、あたりを睥睨するかのように迫ってくるのが見えた。その周囲には鯨についていく魚たちのように、装甲飛行戦艦が何隻も浮かんでいる。
空中都市の外縁に、無数の光がきらめいた。
流星が連なって落ちてくるかのように、兵士たちの目の前に布陣していた魔軍の前線に光は落ち、あっという間に陣地が吹き飛ばされていく。
「来たぞ、来たぞ! 空中艦隊だ!」
文字通り火力で均された陣地に、ヴェルイーンに随行していた飛行戦艦が何隻も突入してくる。
低空に降りた飛行船から濃密な弾幕が地上に投射され、残った陣地を制圧していく。さらには後部から種のようにぽろぽろと黒い点がこぼれていき、やがてそれらは空に白い花を咲かせていった。
「降下猟兵も降りてきた! これでバウストポリエ要塞も突破できる!」
勢いに乗るように、兵士たちは駆け出す。
それを装甲のスリット越しに見ながら、僕はごくり、とのどを鳴らして唾液を飲みこんだ。
「緊張しているか、新兵くん」
背後の車長席から声がかけられる。戦場に似つかわしくない、優しい声が。
「いえ、そんなことはありません!」
「大丈夫だ、訓練通りにやれば問題ないよ。ここまで支援をもらっているんだ。油断しなければ勝てる」
指揮戦車であるルフォスG型に乗る僕は振り返って応える。「緑の両眼を生き生きと輝かせ、長い金の髪をなびかせるエルフの上級指揮官であるシグルドリファ少将に」。
「了解しました、指揮官殿!」
「さあ、征くぞ。奴らに奪われていた、我らが父祖の土地を解放するんだ!」
いきいきとした声とともに、指揮官は号令を下す。
「戦車隊、前へ!」
「……おいパウル、そろそろ起きろよ」
乱暴に肩を叩かれ、パウルは目を覚ました。
「すみません、寝ていましたか」
「昨日はお前が夜の見張りだったから目ェつぶっていたが、次の補給処が近い。ドンパチやらかす可能性があるから気合入れとけ」
シノの声に、目をこすってパウルはまだぼんやりする頭を現実に戻そうとする。
雨が装甲板を叩く音、そして魔動機の音が響く車内は、あのころと比べて大きさは変わったとしても、本質的には変わらない。
変わってしまったのは。
パウルはそっと、背後の車長席をうかがう。
彼女の座る位置も変わらない。ただ決定的に変わってしまったのは、彼女だ。
日が落ち、月に成ったかのように変わってしまった指揮官。
彼女の姿に、パウルの心がうずいた。
僕があのとき、シグルドリファ隊長を無理に連れ出していなければ。
「クソ、せっかく見つけた箱ん中がこれかよ!」
シノの罵声とともに、軍用のコンテナが乱暴に放り出される。
雨でぬかるんだ地面にばらまかれた中身は、パレード用と思われる赤いベレー帽だった。
彼女は腹立ちまぎれに、足元に転がっていたトラックの部品らしき金属を蹴飛ばす。
「駄目だな、完全に荒らされたあとだ」
しのつく雨のなか、破壊された機器やひっくり返った連絡用の小型車両、焼け落ちた兵舎らしき建物を見まわしながら雨具を身にまとったブルグミュラーは言った。
雨でぬかるみ、ねばつく泥と化した地面のあちこちに散乱している魔軍の軍服は、この補給処が何者かに襲われ、破壊されたということを物語っている。
「先を越された、っつーことだな。しかしまあ、こりゃアタシたち以外にもコーモゥスから逃げてきたやつがいんのか?」
「それは考えにくい。おそらく、1年半前に戦線が押し戻されたときに撤退できなかった、わが軍の残存部隊の仕業だろう。コーモゥスが再起不能の大打撃を受け、弱体化した魔軍の隙を突いた、と予想される」
シノの推測に、同じく基地を捜索していたシグルドリファは答えた。
雨が降りしきる中、雨具もつけずに歩く彼女の制帽はじっとりと濡れ、つばから雫がしたたり落ちている。
黒衣の指揮官を横目で見つつ、迷彩柄のポンチョを身にまとったシノは腕を組んだ。
「ま、指揮官サマの予想が自然だな。となると厄介だな……」
難しい顔をしている彼女に、雨具を身に着けあちこちを見渡していたたズィーが問いかける。
「えっと、魔軍をやっつけた、ということは味方の人たちでしょ? なぜ厄介なの?」
「軍のパンを食ったやつじゃないとピンとこないだろうな。軍っていうのはお偉いさんから命令を受けてドンパチやるんだ。そのお偉いさんの命令がなくなって、自分勝手に行動しだすとどうなると思う? あっという間に武器を持った人殺しの集団の出来上がりなわけだ」
「え……」
「まーそういうやつらは大抵自滅していくんだが、どうもこのありさまを見ると望み薄、ってところだな」
「しかし、ここで補給できないとなると、食料が不足します。なんらかの方法で補充しないと」
ブルグミュラーの指摘に、シグルドリファは考え込んだ。
「リスクはあるが、村落で調達するしかない、か」
「で、お前と一緒にお買い物かよ」
ようやく雨が止んだ曇り空の下、補給処に向かうときにティゲールから見えた村落に向かって、シノとブルグミュラーは歩いていた。
無用な緊張を避けるため、ティゲールはほかの隊員とともに、1kmほど離れた後方で待機している。
いくぶんかは涼しくなってきているとはいえ、雨の直後の舗装もされていない道はむっとした湿気に満ちている。
何もしなくても滲み出てきて、額からしたたる汗を彼はぬぐった。
「さすがに指揮官に行かせるわけにはいかないし、パウルやズィーちゃんに交渉ができるとは思わないからな」
「交渉なあ。なけなしの軍票か、布地としての予備の軍服か、湿気り気味なタバコか、とはまあ、頼りないこって」
「ジャガイモ程度なら分けてくれる可能性はあるよ。少なくとも前はうまくいった」
苦笑しながらブルグミュラーはシノをなだめる。
破竹の勢いでエルフィラント帝国を占領していった魔軍だが、「門」から大量の魔素を供給できていたコーモゥス近郊はともかく、どうしてもその経路はエーテル補給所周辺に縛られることなった。
強力な魔族ほど、魔素の補給なしでは存在できない。
かれらが占領した補給処で、エーテルから転換された魔素は、まず第一に魔軍の将兵の生命維持に使われていたからだ。
なので、占領地でもエーテルの沸くレイラインから外れた場所なら、魔族の手が及んでいない村は多かった。
エルフィラント帝国軍の祖国奪還作戦では、そういう村々で食料を調達することも多々あった。
しかしいま、シグルドリファがこういう村々との交渉を渋っているのは単純に、「対価がない」からである。
元々、特別挺身隊のコーモゥス攻撃は、転移用の魔力を節約するために片道作戦を検討されていた。
それを士気が低下するから、という現場指揮官の強硬な反対意見で、かろうじて帰還可能にまで引き上げられたのだが、生還は度外視されていたことには変わりはない。
それゆえに、魔族に占領された地域でもまだ交渉可能な価値あるもの、すなわち金貨や宝石などは、まったく持参していなかったのだ。
最後の手段としては武力による略奪、ということになるが、それはシグルドリファが断固として禁じている。
「交渉にかかったらゲリラの皆さま方がコンニチハ、ということがないように祈るぜ」
「前から気になってたけれど、オーガ族なのに心配性だな、シノ軍曹は」
「あらゆる事態を想定している、と言ってくれ。親父殿がそのへん、常に考えろと発破をかけてくれていたからな」
「親父殿……、というと、あの降下猟兵の方かい」
「そういうこった。こっちに来てから親父殿には言葉含めさんざん世話になった……、と、見えてきたぜ」
「言葉含め……?」
ブルグミュラーは怪訝な顔をするが、早歩きになったシノに追いつくべくあわてて小走りになり、疑問は胸の中に溶けていった。
次回予告
村に到着したブルグミュラーとシノ。
しかし、彼らに危機が訪れる。
急行するシグルドリファたちであったが、ティゲールにトラブルが発生する。
次回、「魔に喰われし村②」
少女の決断は、重い。
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