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第五章

そしてさらに最悪なことに、謝問自身も牢獄から脱獄してきたばかりの「一文無し」である。


一方は底抜けの世間知らず、もう一方は極貧の脱獄囚。

前途多難にもほどがある。この先、一歩進むことすら絶望的だった。


しかし、朔は未だに湯気を立てる香ばしい焼き餅を物欲しげに見つめたまま、一歩も動こうとしない。

そのお腹からは、ぐぅーっと情けない音が鳴り響いていた。


謝問はふと思いつき、尋ねてみた。

「なぁ、あんた、いつもお腹が空いた時はどうしてたんだ?」


朔は指をくわえながら、頼りなげにつぶやいた。

「いっつも、こうこうこうがくれたの」


(……そりゃそうか)


このおバカさん、顔はアレだが、身にまとっているのは絹の高級品だ。どこぞの貴族のドラ息子に違いない。

ならば、そいつが自分で気づいていないだけで、衣服のどこかに財布を隠し持っている可能性は高い。いつも男に財布を任せていたから、本人は何も知らないだけだ。


「ちょっとじっとしてろ」

謝問はそう言うと、朔の体をあちこち手探りで調べ始めた。


朔は謝問が何をしているのか分からず、「ひゃははっ、くすぐったいよぉ!」と身をよじらせてケラケラと笑い転げている。


(――ビンゴだ)


謝問の読みは外れなかった。

朔の衣服の内ポケットから、ずっしりとした革の巾着袋が転がり出たのだ。


紐を解いて中身を覗き込んだ謝問は、思わず目を見張った。


「おいおい、嘘だろ……?」


中には、眩い光を放つ大ぶりな銀塊と、いくつかの砕銀(※小粒の銀)が詰まっていた。

手の中に乗せると、ズシリとした重みがある。合わせれば少なくとも銀十両(※およそ普通の農家が半年間贅沢に暮らせる額)はあるだろう。


謝問も朔を抱えて数里を激走したため、いい加減腹が減っていた。

彼は砕銀を少し取り出すと、オバハンに放り投げ、焼き餅二つと、熱々の胡辣湯ウーラータン(※スパイシーなとろみスープ)を二杯注文した。


二人は路傍の粗末なテーブルに並んで腰掛け、それぞれ餅を頬張り始めた。


朔は本当に飢えていたらしい。

嬉しそうに焼き餅を両手で包み込み、ピリッと辛いスープをすすりながら、もの凄い勢いで貪り食っていく。


謝問は、彼のようなお坊ちゃんなら、こうした平民のジャンクフードを嫌がるかと思ったが、朔は少しも嫌悪感を示さず、美味そうに完食してしまった。


やはり、金は偉大だ。

懐に余裕ができると、人間、現金なもので底力が湧いてくる。


腹を満たした謝問は、次なる旅の必須「装備」を整えることにした。

朔の金を湯水のように使い、まずは市場で動きやすい上質な衣服を二着調達する。

続いて馬市へと足を運び、毛並みの素晴らしい立派な栗毛の駿馬を買い付けた。

最後に鍛冶屋へと向かい、自分の手に馴染む、漆黒に光る見事な『玄鉄剣げんてつけん』を選び抜く。


その時、鍛冶屋の片隅で、朔が一振りの『七星しちせい短剣たんけん』に目を留めた。

美しい宝石が埋め込まれたその短剣を、朔は宝物のように握りしめ、どうしても離そうとしない。

謝問はその愛着ぶりの激しさを見て、フッと鼻で笑い、ついでにそれも買い上げてやった。護身用に持たせておいても損はないだろう。

何せ、使うのは朔の金だ。謝問の財布は一ミリも痛まないのだから、遠慮する理由はどこにもなかった。


こうして食うものを食い、身の回りの最上級装備を揃え終えた頃、いよいよ出発の時が満ちた。


謝問は買い付けた栗毛の馬の手綱を引き、朔の細い腰をガシッと掴んで抱え上げる。

朔は、また謝問が先ほどのように空を飛ぶ(※軽功を使う)のだと勘違いしたらしい。

目を輝かせながら、謝問の首にギュッと抱きついてきた。


「お兄さん、またさくを飛ばせてくれるの!?」


「馬があるのに飛ぶわけねぇだろ。ほら、大人しく乗ってろ」


謝問は朔の頼りない頭を軽く小突き、そのまま馬の背へと押し上げた。


馬の背にちょこんと乗せられた朔は、不満げに太い八字眉をさらに歪め、口を尖らせた。

「さく、すごく良い子にしてたのに……お兄さんの嘘つき」


謝問は流れるような動作でその後ろへと飛び乗り、手綱を握りながら鼻で笑った。

「さっき店先で無銭飲食しようとしたのはどこのどいつだ? どの口が『良い子』なんて言ってやがる。……次にそんな恥ずかしい真似をしてみろ。今度こそあんたを一人で置き去りにして、悪い奴らに木っ端微塵の肉塊にしてもらうからな」


――『悪い奴』というパワーワードは、このおバカさんには効果絶大だった。


謝問に見捨てられると聞いた瞬間、朔は恐怖に顔をこわばらせ、慌てて振り返って謝問の衣の胸元をギュッと掴んだ。


「さく、これからはちゃんとお金払う! だからお兄さん、さくを置いていかないで……っ!」


謝問は内心で大笑いしたが、表情には出さず、生返事をしながらその醜い顔を無理やり前へと向け直させた。


(……まぁ、考えてみれば、この不細工な阿呆を守るのも、悪いことばかりじゃねぇな)


少なくとも、この旅路で衣食住に困ることはなさそうだ。

移動手段も武器も手に入った。

あとは一刻も早く朔の身元を突き止め、どこか安全な隠れ家にでも放り込めば、俺の任務はめでたく完了というわけだ。


謝問は手綱を引くと、栗毛の馬を力強く奔らせ、未知の思惑が渦巻く街道へと踏み出していった。

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