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第十五章

草庵の前を流れる川辺に腰を下ろし、謝問は退屈しのぎに小石を拾っては水面へ投げていた。


ぱしゃり、と小気味よい音が響き、静かな川面に幾重もの波紋が広がっては消えていく。


皇甫軻が前回の滞在を終えて山へ戻ってから、すでに一ヶ月が過ぎようとしていた。


いつもなら、そろそろ彼が自ら小舟を操り、さらさらと流れる水路を滑るようにしてここへやって来る頃合いだ。だが今回は違った。


謝問がこの河原で首を長くして待ち続けて、もう七日。あの見慣れた白衣の影は、いまだ一向に姿を現さない。


謝問が南華山の麓へ移り住んでから、およそ半年。


最初の一ヶ月は、父である謝雲がつきっきりで看病してくれていた。


一国の王たる父は政務に追われる身だったが、当時の謝問の病状はあまりにも重く、とても置いて帰れる状態ではなかったのだ。


やがて一ヶ月が過ぎ、謝問が奇跡的に持ち直したのを見届けると、謝雲は後ろ髪を引かれる思いで帰京していった。


それ以来、謝問の傍らに寄り添い、その身を深い慈悲で包み込みながら治療を続けてくれたのは、他ならぬ皇甫軻だった。


もっとも、皇甫軻とて一門を率いる掌門の身。


四六時中この草庵に留まっているわけにはいかず、激務の合間を縫って訪れるしかない。それでも彼は律儀に約束を守り、これまで一度たりとも遅れたことはなかった。


(師尊の身に……何かあったのだろうか……)


肉体の苦痛も辛かったが、それ以上に、ただ待ち続けるという精神の飢餓が、遅効性の毒のように謝問の心を蝕んでいく。


その時になって初めて、謝問は思い知らされた。


皇甫軻という存在が、いつの間にか己の生活の――いや、魂そのものの、最も大切な一部になっていたことを。


その日の体調は、この数日の中でも最悪だった。


身体が内側から焼けるように熱を帯びたかと思えば、次の瞬間には骨の髄まで凍りつくような悪寒に襲われる。


頭は割れそうに痛み、視界はぐにゃりと歪んだ。


それでも謝問は諦めきれず、夕暮れまで河原に座り続けていた。


やがて辺りが完全に夜の帳に包まれ、今日もまた、あの人が来ないのだと悟った時。


謝問は足を引きずるようにして、失意のまま草庵へ戻っていった。


この草庵は、元々は皇甫軻が俗世を離れ、医学の研鑽を積むために建てた私的な庵だった。


室内には、彼が普段使っている医療器具――あの細く鋭い銀針などが整然と並べられている。


ベッドへ倒れ込んだ謝問は、体内で激しくぶつかり合う「熱」と「寒」の二つの真気に翻弄され、脂汗を流しながら身悶えした。


だが、肉体の苦痛以上に、会いたい人に会えないという絶望が、彼の理性を焼き尽くそうとしていた。


(もし……もし、あの人が二度とここへ来なかったら?)


(俺はこのまま、誰にも看取られず、独りで朽ち果てて死ぬのか……?)


普段、皇甫軻が自分に施してくれる鍼灸の技を、謝問は退屈しのぎに具に観察していた。


どの経穴へ針を打てばどう作用するか、頭では理解しているつもりだったのだ。


「……師尊がいないなら、自分で打つまでだ」


朦朧とする意識の中、謝問は這うようにして起き上がると、記憶を頼りに皇甫軻の針箱を引き寄せた。


藁にもすがる思いで、震える手を使い、自らの主要な経穴へ銀針を深く突き刺していく。


しかし――医術とは、付け焼き刃の模倣で扱えるほど甘いものではなかった。


謝問は針を刺すべき大まかな位置こそ覚えていたものの、真気を制御するための繊細な力加減――すなわち「深度」と「角度」を、まるで理解していなかったのである。


誤った力で打ち込まれた針は、薬どころか猛毒となって彼の身体を襲った。


一瞬の後。


症状が和らぐどころか、体内の混沌は一気に暴走した。


上半身は火炉へ投げ込まれたかのように灼けつき、滝のような汗が噴き出す。


その一方で下半身は、万年雪の底へ沈められたかのように凍てつき、徐々に感覚を失っていった。


まさしく、氷と炎の地獄。


極限の責め苦の中、謝問の意識は抗う術もなく、深い闇の底へと沈んでいった。


――◇◇◇――


謝問が意識を失っている間、皇甫軻がどれほど焦燥に駆られながら山を駆け下りてきたのか、彼が知る由もなかった。


翌朝。


夜明けと共に草庵の扉が激しく開かれた時、皇甫軻の目に飛び込んできたのは、床へ倒れ伏し、死人のように生気を失った謝問の姿だった。


その肌には、歪んだ数本の銀針が痛々しく刺さったままになっている。


「謝問……っ!?」


皇甫軻の心臓が、恐怖に凍りついた。


一瞬の猶予もなく駆け寄り、謝問の身体から銀針を次々と素手で引き抜く。


そのまま細い手首を掴み、脈を診た。


脈象は今にも途切れそうなほど弱々しく、その細い経路の中で、暴走した「熱」と「寒」の真気が互いを喰らい合うように荒れ狂っていた。


上半身は触れることすら躊躇うほど灼熱を帯びているのに、下半身は赤黒く変色し、氷のように冷え切っている。


かつて彼を死の淵へ追いやった、あの凶悪な『瘴気』の再発。


しかも最悪の形での暴発だった。

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