第7話 悪い子ではなかったよ。良い子でもなかったかもしれないけれど。
少し足を使って頂くかもしれません。
クロードにそう言われて私がまず命令されたのは、とある先生の元へ行って2日前の時間割をチェックする事だった。
「その日授業があったクラスは……5年3組だけね」
それを聞いて望みが薄いと感じた私は、クロードから聞くように言われたもう一つのことを聞いた。
「あぁ、その日は放課後活動があったわよ。高校生のね」
「今日も活動がありますか?」
「うん。ちょうど高校生のがあるから、行けば会えるんじゃないの?でも、猫は——」
「終わってからにします」
「そうしてちょうだい」
先生は困ったように大五郎の頭を撫でた。
***
「ありがとう、エアリス。ちゃんと手拭いを返し礼を言うことことができた。
何かあったら今度はお前の役に立つ。いつでも呼んでくれ!」
大五郎にも礼を言われ、私は家に帰ってクロードに話をした。
「推理が合っていたようで何よりです」
「あはは、クロードさんの言う通り、私は子供の頃ちゃんとお手伝いをする子じゃなかったんです。
部活動を遅くまでやって帰ってきたら、ご飯食べてお風呂入ってさっさと寝て……」
言われてみれば、家で母がこれを使っていたことを思い出した。
「少し反省なさった方が良いかと。おまけに、用途は手拭いの方が近かったですしね」
「うぐ。ごもっとも……」
恥ずかしいが、このハンカチの正体を話そう。
これは和風な言葉で言えば手拭い。
一般名称で言えば、キッチンタオルだ。
このデザインのキッチンタオルは、安物として比較的流通している物である。
なのでクロードは、一目見てすぐにピンときたらしい。
「デザインでピンと来なくとも、ヒントはあります。
まず、男性がピンクと黄色の布を持っていること。
そして2枚持っていたこと。
朝の時点で、ひどく清潔であったこと。
ハンカチにしては薄かったこと」
ピンクと黄色の清潔なハンカチを2枚も持っている男性など普通はいない。
特別な理由がなければ。
そしてハンカチにしては妙に薄い布であることから、これはハンカチではないことに気づいても良かったのだ。
「その日家庭科の授業、もしくは料理をする部活で使うから、清潔なキッチンタオルを複数枚持って来ていたということですね」
「そうです。貴方がいかに料理をしないかが分かってしまいましたね」
「はい……」
「大人になってからも料理はしていなかったんですね」
「はい……社会人になってからずっとスーパーのお惣菜で……半額を狙えばその方が安いし……」
絶対に馬鹿にされているだろうなぁと思いながらクロードを見る。
「なぜそんなに申し訳なさそうなんです」
「えっ」
「仕事が終わってから料理を作るのは大変なことです」
「ですよね!そうですよね!」
私は思わず立ち上がってしまった。
こんなに賢くて完璧なクロードにもできないことがあるなんて!
「まぁ、料理をせずともキッチンタオルくらいは使うでしょうから、鈍いとは思いますが」
「上げて落とすようなことを……」
***
「エアリスお嬢様について、ですが」
食後に紅茶を飲んでいると、クロードからそう切り出された。
「何か分かったの?」
「服を少し捲ってもらえませんか?」
…………
「いや!普通に嫌だけど!?!」
「女性にこのような事を頼むのは良くないと思うのですが……腹部です。
そこに転生者としてのマークがあればどの魔法を使ったか確定します」
「マークはあります」
「何種類かありまして。少しだけですので!」
「勘弁して下さい!無理だってば!」
「……すみません。
自らで確認したくなってしまい……このマークの中で一番近い物を教えて下さい」
紙に書かれたいくつかのマークを見て指を指す。
「これ、かな」
「色は?」
「赤」
「……使った魔法が判明しました」
「どんな魔法なの……?」
「精神のみを別世界へ転移する魔法です。実行した人間はエアリス様自身……」
シンプルな結論だった。だが、クロードにとってはシンプルではなかったのだろう。
「なぜそんな事をしたのか……」
そう言われて、私はエアリスの記憶を探った。
来た時から疑問に思っていたことではあったが、その部分の記憶は固く閉じられていた。
今見たら、いつもは封印されているその部分の鍵が開いていた。
(……そういうことか)
「答えは貴方の中にある。
教えてもらえませんか?
なぜお嬢様が転移をしようとしたのか。
そうすれば精神を元に戻すことができるかもしれないのです」
こちらへ来て世話になりっぱなしのクロードだけれど……
「……言えません」
それを聞いたクロードは目を見開いて困惑していた。
「なぜです?」
「簡単に彼女の気持ちを話すことしたくありません。……誰にも」
「あなた自身の問題でもあるのですよ?
エアリスお嬢様と貴方の精神が交換された状態なのです。
貴方が戻るためには、お嬢様に交換を持ち掛けなければ……」
「私なりに思うことはありますが、今は交換する必要性をあまり感じていません」
私は突き放すように言った。
一方的な転生だった。異世界は思ったより大変だった。
だけれど、そこまで酷いものではない。
「クロードさん、エアリスの気持ちを知りたいならば彼女の気持ちを推理してみて下さい。
彼女の一番近くにいたあなたが」
***
「なぜだ、エアリス……」
バタンと閉まったドアを見ながら私は呆然としていた。
最初は、エアリスがいなくなったのはあの転生者の女のせいだと思っていた。
彼女はこの世界の知識があるように思えたからだ。
しかし、探偵としての役割に困っていたり、健気に事件を解いているところを見て彼女の言う事を信じた。
彼女は自らの希望で転生して来たわけではない。
魔法について調べを進め、最後のピースはエアリスの体に刻まれた転生者の証。
自らで確認したくて失礼な依頼をしてしまったことを恥じる。
けれど、私自身で確認したかったのだ。どうしても。
10年以上お世話をしてきて、私は彼女の悩み、苦しみに気づけなかったのか。
あの転生魔法は、失敗すれば魔力を消費し切り死ぬ可能性があった。
死を覚悟してでもやりたかった事。
エアリスが帰ってこないとしても、それを私は知りたい。
***
「エアリスは本当に優秀だ」
「クロードありがとう。……お父様とお母様は今でどうしてるかな?」
「それは……」
「お仕事忙しいもんね。私が良い生活をできるように、2人は頑張ってくれてるのよね」
エアリスは幼い頃からわがままを言うことなく毎日努力をしていた。
たまに帰って来る両親をに褒めてもらいたくて、懸命に頑張っていたのだと思う。
「エアリスはこの家の誇りだよ。こんなに優秀な子もそういない」
「本当?」
「本当だよ」
「私が頑張れるのはね、クロードのおかげもあるんだよ」
「私?」
「いつも側にいて、励ましてくれる。クロードがいるから寂しくない」
それはさすがに嘘だろう。
寂しそうに笑う彼女から、度々その言葉を聞いた。
だが、大きくなってきて——そう、高等部に上がると学校がとても楽しくなったようだった。
笑顔も増えた。
「新聞部に入ったの!学校で起こるいろんなことを記事にして、みんなを楽しませるの」
「それはすごいね」
彼女と出会った頃に39だった私は、もう49になっていた。
子供がいなかった私にとって、エアリスが16になりここまで世話をできたことが誇らしかった。
「エアリスは将来新聞記者にでもなるのかな?」
「それは分からない。とても大変そうな仕事だし」
「そうだね。エアリスには色々な可能性があるから、ゆっくり決めたら良い」
「一つだけなりたいものがあるの。今まで頑張って来たのは、それになりたいからなの」
「そう。できる限り手伝うよ」
「……まずは忙しく仕事をして、キャリアを積みたい!」
そんなに頑張らなくて良いのにと正直思った。
私や使用人のようにあくせく働かなくとも生きていけるのだ。
のんびりと仕事をして、結婚して退職して子供を産んで……そういう生活でも十分幸せなのではないかと。
けれど、エアリスにとってそれが幸せだと言うのならそうなのだろう。
応援する事を決めた。
今まで以上に彼女の期待に応えようと、勉強を教え、サポートをした。
学園生活も充実しているように思えた。
けれど、高等部2年生に上がったばかりの時に、彼女は一時的に勉強を止めた時期があった。
頑張り過ぎて糸が切れたように見えた。
「エアリス、どうしたんだ?」
「少し疲れてしまったの」
「休めば良い。ずっと頑張ってきたんだから」
「……そうね」
しばらくしてから彼女は探偵のような事を始めてまた元気を取り戻していた。
だから大丈夫だと思っていた。
次回 エアリスと主人公についてです。なぜエアリスは転生する際に主人公を選んだのか?




