第8話 転生して35歳OLになれて幸せです
どんな身分の人間でも悩みはある。
お嬢様学校に通って、成績も良くて、ゲームの中でヒロインと呼ばれるようなすごい人間と友達でも。
私のような——佐藤唯とか言うよくいる庶民的の方が良いと。
そうなりたいと思うくらいには、エアリスは思い詰めていたらしかった。
「大人っぽいエアリスも、所詮17歳だったってことね」
私のように仕事をしまくり、アホながらも大企業で課長をしている35歳とはそりゃ違うか。
恋愛経験のない私は、30代に入って結婚を諦めた。
そこから馬車馬のように働いて、バリキャリになって独身貴族を目指し始めた。
毎日「仕事面倒くさいな」と思いながらも、それ以外にやる事がなかった。
転生して、お金も美貌もあっておまけに賢い、私の憧れの存在のようなエアリスになった。
転生者なので結局恋愛はうまくいかないし色々と面倒なことがあるけれど、私とは違い元々持っているエアリスにはそれがない……はずだったのにね。
「バカね。自分の生活がどのくらい恵まれていたか気づくと良い。
何も持っていない私なんかになっちゃって……」
ベッドに転がって目を瞑る。
「私みたいなのになっても、あなたの夢が叶うとは限らないわよ」
***
私は彼女の許可を取ってエアリスの部屋へ入った。
いつか戻ることも考えて、何も弄っていなかったのだ。
一見すると、その部屋は以前入った時と変わらないように思えた。
しかし、机の引き出しを開けるとそこにはろくに物が入っていなかった。
(ここには何が入っていた?最近はさすがに机の中まで見ていなかったから、分からない)
次に本棚を調べる。
本棚には当たり前に本ばかりあったが、見慣れない真新しい本がちらほらとあった。
どれも最近買ったものばかりで、読んだ形跡がない。
もう少し調べてみてハッとする。
「写真や日記の類が全て無くなっている……」
新しい本達は、写真や日記で空いた本棚の穴埋めだった。
ショックで手が止まっていると、一緒に部屋にいた彼女も少し切なそうにしていた。
「これはどういうことか……」
「私からは何も言えません」
転生すると決めて、全て処分したのだろう。
でも、なぜわざわざ?処分せずとも良かった気がする。
カモフラージュをしているのも変だ。
エアリスのことだから何か考えがあってのことだろうが、彼女の気持ちが分かるような物は見つからなかった。
「クロードさん、エアリスがおかしな行動をした時期がありませんでしたか?」
「高等部2年に上がったばかりのことでしょうか。しばらく元気がなくなった時がありました」
「その周辺にヒントがあるのでは?」
「そう思ってエアリスお嬢様の予定を調べました。
でも特には……2年生になって環境が大幅に変わったくらいでしょうか。
虐めなど、学園で嫌なことがあったわけではないですよね?」
「嫌なことはなかった……と思います」
「……どういうことだ?学校で何かあったのか?」
問い詰めるように私は言った。
「いつものことです。エアリスは男性に告白されていました」
「……まぁそうだろう。エアリスは可愛くて賢いのだから」
「そして、初めてそれを受け入れました。すぐ別れましたが」
「私に言わないだけで、付き合っている男性はいると思っていた」
「そうでしょうね。
あとは好きに見てていいですよ。
私がエアリスになってからの持ち物はありませんから」
彼女がエアリスとなって三週間が経とうとしていた。
「君……」
それなのに、私は彼女の名前すら知らなかった。
私は彼女の肩を掴み、引き留めた。
「君自身について聞きたい事がある」
「私ですか?」
そうだ。あの転生の魔法は、転生相手の条件を指定する事ができる。
ということは、エアリスは彼女と入れ替わりたいと願ったということだ。
「名前はなんと言うんだ?」
「佐藤唯です」
「庶民と言っていたが、仕事をして長いような事を言っていたな。どういう生活をしていた?」
「一人暮らしをしていました」
「結婚は」
「していません。ただ仕事を懸命にやっていました」
「気に入っていたのか?その生活が」
「別に……それしかなかっただけです。
ろくに恋愛もせず、結婚のできそうにない私は仕事を頑張ろうと思って。
できるなら幸せな恋愛をして結婚したかったですけどね」
恋愛をせず、懸命に仕事をする生活。
それがエアリスが求めたもの?
「……」
「私達には理解できないですよね。こんな大人になりたいなんて。
絶対に青春して裕福に暮らすこの生活の方が楽しいのに」
「そうだな。私がこの生活を楽しいと思えるのは、エアリスがいたからだ。
エアリスの成長を見届けるのが楽しかった。……それ以外にこれといった趣味もない」
もう私は人生の楽しみを奪われたも同然なのだ。
「はは、私達大概仕事人間だったみたいですね」
「君にも私にも、仕事しかなかったというだけだろう」
「違いないです」
「とはいえ、私から見れば君も若そうだがな。40代はいっていないだろう。30代だと思っているんだが」
「そうですね。クロードさんに比べれば若いです。ちょうどクロードさんみたいな上司がいるんですよ……」
チラリと私を見た眼差しが、なぜかエアリスと重なった。
今まで全く似ていると思えなかったのに。
「私は大人しく魔法のお勉強に戻ります。優秀なエアリスお嬢様でいるために。推理、頑張って下さい」
***
処分された日記や写真。
両親が長期間いなくて寂しい生活をしていた。
庶民になれば寂しく無くなると思った?
頑張り続ける生活が辛くて、人生をやり直したかったのだろうか。
男子生徒に告白されたことと、元気のない期間に勉強を辞めたこと。
仕事を懸命に頑張る佐藤唯。
将来仕事を懸命にやろうとしていたエアリス。
彼女が私に語らなかった夢は、佐藤唯になることで叶ったのか?
「……何も分からない。降参だ。佐藤唯、答えを教えてくれ。この通りだ。頼む」
頭を下げた私を見て、彼女は困った顔をした。
「答えを教えることはできません。ですが、大ヒントをあげます」
佐藤唯は私がサーブしたコーヒーを飲みながら、後ろめたさそうに目をそらして言う。
エアリスはコーヒーなど一度も飲まなかったなと思いながら聞いた。
「あなたの予定表には何が書いてありますか?」
「私の……?」
「エアリスが元気のなかったあたりの」
私の予定表には仕事の事ばかりだ。
自らの予定などほとんどない。
仕事以外といえば、これくらい……
「まさか……そんなことが……?信じられない……」
私が口を抑えた事で、真相に辿り着いたと佐藤唯は思ったようだった。
「この世界が嫌になった理由も、私になりたくなった理由も、それみたいですよ。
本当若いですよねぇ。私だったら考えられない」
“お見合い”
私の手帳にはそう書かれていた。
***
数ヶ月後
私はクロードに愚痴っていた。
「また事件があったんです。今度は私のクラスの担任が消えたの」
「忽然と姿を消したということですか?」
「授業をしていたら、急に教室を飛び出してどこかへ行った」
「何かに操られていたとか?」
「悪い呪いがかけられていたみたい。だから、追いかけて殴り飛ばして正気に……」
クロードが咳払いをする。
「……すみませんみなさん。退出してもらっていいですか?」
私はリビングにいたクロード以外の使用人を退出させた。
「すみません……私ってこう、力で解決したくなってしまう質で……」
「それで?今回私は何をすれば?」
「呪いをかけた人間を特定しなくちゃいけなくて」
「担任は無事なのか?」
「無事じゃないですね。普通に病んでました。その心の隙をつかれたようです」
「教師は大変だと聞く」
「話を聞いてあげました。休職を勧めました」
「さすが前世35歳バリキャリ課長だな」
「まだ20代で何となく見過ごせなくて。前世でもそういう部下の世話をしてましたし……。推理はお願いします」
私は足で調査した内容を書いたノートを広げる。
そこではたと思いついたことを聞いてみた。
「そういえば、お付き合いしていた女性とはどうなったんですか?」
「仕事が忙しすぎてフラれた……そんなことはどうでも良い。さっさと事件の話をしてくれ」
クロードは眉間の皺をもみながら呆れている。
私はケラケラと笑いながら話を始めた。
「今回の事件は……」
終
最終回まで見て下さった方ありがとうございました!
また何か書こうと思っていますので、その時はよろしくお願い致します。




