第8.1話:夜空の下と花火の輝き : 後編:水族館の青と夜空に響く誓い
清陵グランド水族館の中の、涼しげで薄暗い空間は、真夏の昼の厳しい日差しとは打って変わって最高のコントラストだった。巨大なガラス壁が深海の青い光を反射し、揺らめく水面が光の顔を美しく照らし出す。
「わあ……浅美くん、見て!」光は大はしゃぎしながら巨大なメイン水槽に近づいた。アカエイやウミガメが頭の上を優雅に泳いでいく。「すごく綺麗だねぇ! 本当に海の底に立ってるみたい!」
浅美は光の少し後ろを歩きながら、嬉しそうにはしゃぐ彼女の横顔を見つめていた。その青い光の中で輝く光の茶色い瞳は、館内に展示されているどんな珍しい魚よりもずっと眩しく美しかった。
「うん……すごく綺麗だね、話さん」浅美は声が震えないよう必死にこらえながら呟いた。
「『光』って呼んでって言ったでしょ」光はふっと振り返り、浅美の目を真っ直ぐに見つめた。
青い照明の下で、彼女の頬がうっすらと染まっている。「デートなんだからさ。それに……いつまでも『話さん』なんて呼んでたら、私との間にまだ壁を作ってるみたいで嫌だな」
ドキッ。
浅美の心臓が大きく跳ねた。「ひ、光……さん……じゃなくて、光……」
「うん、それでよしっ!」光は満足そうに花を咲かせたような笑顔を浮かべ、自然に浅美のライトブルーのシャツの袖をキュッと掴み、クラゲの幻想的なトンネルへと彼を導いた。
腕に伝わる柔らかな感触に、浅美の体は一瞬で硬直した。温かい感覚が血管を駆け巡る。(神様……こんなこと続けられたら、最初の花火が打ち上がる前に僕の心臓が本当に爆発しちゃうよ!)心の中で大騒ぎしながらも、心の底ではこの時間が終わってほしくないと願っていた。
しかし、水族館の青い光に包まれた甘い平穏は、長くは続かなかった。
水族館を出て、夕暮れ時の屋台でかき氷を買うために街の公園へと歩き出すと、浅美のうなじに不気味な悪寒が走った。朝からずっと感じていた「見られている」という気配が、いよいよはっきりと輪郭を帯びてきたのだ。
イチョウ並木の陰から、バスケ部のジャージを着た3人の男子生徒が腕を組んで立っていた。そしてその中心には、冷徹で殺気立った目を光らせる藤島涼太がいた。
「浅美くん? どうしたの?」歩みを止めた浅美を見て、光が不思議そうに振り返った。
浅美はズボンのポケットの中で拳を強く握りしめた。第6話の教室の廊下で自分を金縛りにした古い恐怖が再び這い上がってきた。しかし、ふと隣を見ると、自分を心配そうに見つめる光の澄んだ瞳が目に入った。浅美の中で、何かが音を立てて切り替わった。
(もう二度と逃げないと誓ったんだ……彼女の涙を二度とこぼさせたりしない!)
「光、後ろに下がってて」浅美は低く、しかし落ち着いた声で告げた。
光が何かを聞き返すより早く、涼太とその取り巻き二人が木陰から踏み出し、お祭りで賑わいはじめた公園の小道で彼らの進路を塞いだ。
「やれやれ……仲良くデートの真っ最中ってわけか」涼太は冷笑を浮かべ、腕を組んだまま見下ろした。
「まさか、あの西条浅美が学校一の人気女子を連れて夕方までデートするなんて度胸があるとは思わなかったぜ」
「藤島先輩?!」光はぎょっと目を剥き、美しい顔を不快感で歪ませた。
「なんで先輩がここにいるんですか?! 私たちをつけてたんですか?!」
「お前がこいつみたいな陰気な奴に利用されてるのが見てて痛々しくてな、光」涼太は浅美を頭のてっぺんからつま先まで蔑むような視線で一瞥した。
「こいつを見ろよ。デートに来たってのに怯えきった顔してやがる。お前はふさわしい、釣り合う奴と並ぶべきなんだよ……こんな、ジャンクな噂しか撒き散らせない学校の足枷じゃなくてさ」
涼太の取り巻きの二人品のない笑い声を漏らす。
光は怒りで息を呑んだ。今にも一歩踏み出して言い返そうとしたその瞬間、彼女の前に一人の背中が割って入った。
浅美がふっと一歩を踏み出し、光と涼太の間にしっかりと立った。いつもは猫背気味だった肩がまっすぐ伸び、丁寧にセットされた前髪の隙間から、怯えの色が完全に消えた鋭い眼光が放たれていた。
「そこまでだ、藤島先輩」
浅美の声が、夕暮れの公園の風の中にハッキリと響き渡った。
涼太は予想外の浅美の態度に、少しだけ眉をひそめて驚いた。
「なんだと?」
「そこまでだと言ってるんです」浅美はバスケ部の王子の瞳を一切逸らさずに真っ直ぐ射貫いた。
「僕に文句があるなら、僕に直接言いなさい。でも、光を『利用されている』だなんて侮辱したり、彼女の気持ちを貶めたりすることは絶対に許さない! 先輩は僕たちのことなんて何も知らないくせに!」
騒がしかったはずの公園の一角が、急に静まり返ったように感じられた。光は目を見張り、自分の目の前で大きく、頼もしく立ちはだかる浅美の背中を見つめた。胸の奥が熱くなり、どうしようもないほどの感動がこみ上げてくる。
プライドを傷つけられた涼太の顔が怒りで赤黒く染まった。「き……貴様、よくそんな口が利けたな、西条!」




